「複数の“物流メーカー”のシステムに対応しています。」
先日、ある企業で「“言葉を磨く”研修」をさせていただきました。そのとき、ある受講者が、自分の担当する製品を説明するときに使った言葉です。
「“言葉を磨く”研修」とは、営業や販促の人たちが、展示会でお客様に自分の担当する製品を限られた時間の中で、確実に、そして魅力的に伝えられるよう、資料や説明の言葉を磨くために行われた研修です。まもなく開催されるプライベート・セミナー&展示会を控え、ご相談を頂き実施しました。
さて、件の“物流メーカー”という言葉を聞いた私は、運送会社や倉庫会社などの物流会社のことを話されているものと思っていたのですが、それではつじつまが合いません。そもそも物流会社に“メーカー”とつけること自体不自然です。そこで、「“物流メーカー”って、なんですか?」。この分野では門外漢の私は、ぶしつけに、こんな質問を彼に投げかけました。「それは、倉庫の設備機器を造っている会社ですよ。」・・・ならば、最初からそう言って欲しいですね(笑)。
「伝えたという自分の満足で終わらせるのではなく、伝わったという相手の真実を確認すること」
「伝える」とは、これを実現することにあります。それは、とてもシンプルな原理原則に裏打ちされています。
- 相手の関心に応える
- 相手の分かる言葉を使う
- 相手の分かる順序で説明する
1.相手の関心に応える
相手の立場、役割、仕事の分野について、まずは確認することです。そこから相手の置かれている状況、業務上の課題を想像します。そして、「・・・ということですと、こういうことにご関心をお持ちなのでしょうか?」と聞いてみるのです。正解かどうかは分かりませんが、あなたが立てた仮説を相手にぶつけ、イエスかノーの確認を求めることが大切です。それを切っ掛けに、相手の関心の所在を確認します。その上で、「・・・ということにご関心をお持ちなんですね。」と確認し、合意を取り付けます。そして、「では、その点について、ご紹介させていただきます。」とすすめてゆきます。
なかなか相手が本音を言ってくれないこともあります。そんなときは、あなたの想像した仮説に基づいて、説明を始めて見ることです。そして、途中で「このような説明でよろしいですか?」と、相手に確認し、小さな合意を積み重ね、時には話の展開を修正しながら説明してゆきます。
厳に慎むべきは、こちらの勝手な思い込みや想像による一方的な説明です。いつの間にか自分の話していることに酔いしれ、相手の反応を確認しないままに話しきってしまい、その達成感に自分ひとり満足する。相手は、きっと不快と不満を感じることになるでしょう。
まずは、相手の関心を確認し“合意”することです。
2.相手の分かる言葉を使う
自分たちの会社では普通に使われている言葉であっても、相手の会社や業界では使われていない言葉や意味の違う言葉は、少なくありません。先の“物流メーカー”も私にとっては、初めての言葉でした。これは、相手に間違った解釈を与えるばかりでなく、その意味がすっと理解できないが故に、大きなストレスを相手に与えることになります。
以前、こんなケースもありました。ある家電メーカーで生産管理業務を改善するための打ち合わせでファシリテーションをさせていただいたときのことです。製造部門、生産管理部門、購買部門で、大日程、中日程、小日程の期間が微妙に異なっていたのです。同じ会社で長年一緒に仕事をしていながら、こんなことが起こっているとは、そこにいた参加者全員が苦笑いでした。
自分の伝えようとしている言葉の意図は、相手に正しく伝わっているでしょうか。相手の話している言葉は、自分の理解と一致しているのでしょうか。疑問に思ったら別の言葉に言い換えてみるべきです。相手に確認を求めてみるべきです。例えプレゼンテーションであっても、このようなインタラクションを積極的にはさみ、確認をしながら話を進めてゆくと、相手も安心し、ストレスを感じずに話を聞いてくれます。
自分の使っている言葉は、本当に相手の使っている言葉と同じでしょうか。そんな問いかけを絶やさないことです。
3.相手の分かる順序で説明する
あなたの頭の中には、日本全土の地図が入っています。しかし、相手には、東京都の地図しかありません。あるいは、相手は、日本地図を全く持たず、スリランカの地図しか頭の中にないかもしれないのです。そういう相手に、札幌、福岡、名古屋について唐突に話をしても、いったい何のことを話しているのやらです。
相手の知っている東京駅から出発し、横浜を経由すれば名古屋にゆくことができることを伝える必要があります。あるいは、横浜、小田原、熱海・・・と、もうすし細かく伝えなくてはならないかもしれません。
「全体から部分へ」。これが原則です。まずこれから伝えようとする内容の全体を相手に伝えます。テーマと目次を伝えます。あるいは、システムやサービスの全体イメージを伝えます。相手の関わっている業務プロセスの全体を示すことも効果的です。その中で、これから話すこと、今話していることの位置づけを具体的に示しながら話をすると、相手の記憶にすっきりと収まります。
まずは、相手にこれから話す言葉のメモを仕舞う引き出しをこちらから用意してあげておくと、相手は安心して話を聞くことができるはずです。
この原則を前提に、いろいろと応用を利かせることができます。例えば、「御社ではこんなことでお困りではありませんか?ならば、こんなふうに改善できたらいいと思いませんか?」と、途中の手順を全て省略して、現状と結果だけを示し、その途中経過を是非聞きたいと思わせることができれば、相手は身を乗り出してあなたの話を聴こうとしてくれるでしょう。
相手の地図と自分の地図は同じではないことを念頭に置くことが大切です。その上で、全体から部分への流れで話をすれば、相手はあなたの話を記憶にとどめてくれるはずです。
こんな内容を講義で紹介しながら、次の3つの資料をまとめてもらいました。
- 自分の担当する製品やサービスの前提となる業務プロセスの全体
- その業務プロセスの中で自分の担当する製品やサービスのカバーする範囲
- 自分の担当する製品やサービスによって、その業務プロセスのどのような課題が解決できるのか
このような課題を差し上げたところ、自社の製品やサービスがカバーする業務プロセスは描けても、全体の業務プロセスが描けない方が何人もいらっしゃいました。業務プロセスは全体を通じてスムーズに流れてこそ意味があるのです。全体を知らず、自分のところだけを説明できても、それが全体の中でどのような役割を果たし、前後のプロセスにどのような影響や改善をもたらすのかを説明できないようでは、本当の顧客価値を伝えることはできません。
お客様はシステムの機能や性能が欲しいのではなく、自分が抱える課題を解決したいのです。それは、必ず前後のプロセスとの関係を意識しなければ、なしえないことなのです。
「オブジェクト指向営業」と「プロセス指向営業」という言葉を使って、両者の違いを説明するとわかりやすいかもしれません。「オブジェクト指向営業」は、自社の製品やサービスの機能や内容を理解し、その魅力を遡及する営業スタイルです。一方「プロセス指向営業」は、お客様の業務プロセスを理解し、その課題を解決できることを遡及する営業スタイルです。もちろんオブジェクト指向の視点も必要ですが、まずは、プロセス指向でお客様の立場を理解し、そこにこたえることからはじめなくてはなりません。
さて、結局はこれが描けないままに、受講者は悶々としながら初日の研修を終えました。そこで、課題を差し上げました。まずは、この3つの資料をまとめること。そして、2ページ/3分間で説明できる資料を2週間後の次回の研修までに用意してもらうことをお願いしました。
2週間後、みなさんは苦労されて資料をまとめてこられました。多くの方が、普段使っている何十枚もある資料を2枚に納めるために相当苦労されたようで、言葉や図のみっちり詰まった濃密な資料でした。「これ本当に3分で説明できるんですか?」と思いましたが、案の定、多くの方は大幅に時間超過でした。
展示会の中の限られた時間で説明するには、「理解させることではなく、興味を持たせる」ことに注力すべきです。ところが、多くの資料は、説明して理解させることに力点が置かれていました。これでは、限られた時間の中では限界があります。「興味を持たせる」ためには、どんな言葉がふさわしいかを、原点に立ち返って考えなくては、たった2枚に納めることなどできないのです。
また、資料のタイトルや切り出しの言葉はことごとく「XXXシステムのご紹介」でした。これでは、相手に興味を持っていただくことはできません。「エネルギーを半減できるソリューションのご紹介」、「複数ベンダーで構成される製造装置の情報を一元的に収集・把握できる仕組み」、「保守・運用コスト半減のご提案」など、お客様の価値を伝える言葉にすれば、関心のあるお客様なら、是非聞きたいと思うはずです。お客様はシステムを欲しいわけではありません。価値がほしいのです。そんな言葉をまずは伝え、お客様の関心を引き出すことが大切です。
こんなことを講義やワークショップを通じて気付いていだく2日間の研修を通じ、あらためて言葉の持つ世界観がどれほど自分の都合のいいようにできあがっているかを実感しました。
伝えるための手段である言葉は、世界観を自分の都合のいい小さな範囲に留まらせる手段にもなっているのです。この壁を壊し、相手の世界観に拡げて、相手の分かる言葉を綴ることが伝えると言うことの本質なのだと思います。
さて、まもなく始まる彼等のプライベート・セミナーで、この研修は効果を発揮してくれるでしょうか。楽しみです。
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