「クラウドは、ITエンジニアの72%がユーザー企業に所属するアメリカで生まれた、ITの“デリバリーモデル”」
この事実を踏まえ、中田氏は次のように解説しています。
クラウドは、リソースの調達や構成の変更など、ITエンジニアの生産性を高め、コスト削減に寄与するものです。とすると、ITエンジニアを多く抱える米国では、クラウドはユーザー企業の生産性を高めることになります。
ところが我が国では、そのような仕事はシステムの構築や運用を受託しているSIerなどのITベンダー側に任され、そこにITエンジニアがいるわけですから、彼等の生産性向上に寄与することになります。
一方、これはITベンダーにとっては、案件単価や単金の減少を意味します。また、調達や構成の変更はリスクを伴う仕事です。米国では、そのリスクをユーザーが引き受けることで、自らの生産性の向上を享受できるわけですが、我が国ではITベンダーが背負わされることとなります。
そう考えるとITベンダーにとってクラウドは、案件単価や単金が下がりリスクも大きくなることを意味し、利益相反の関係となります。
この話を私なりの解釈も交えながらまとめたのが以下のチャートです。
中田氏の考察を踏まえ、我が国のクラウド・ビジネスの課題を整理してみました。
クラウドにおけるソースの調達や構成の変更は、「セルフ・サービス・ポータル」と言われる画面を使って行われます。必要なシステムの構成や条件を入力することで、仮想リソースを直ちに手に入れることができます。
従来、このような作業は、業務要件を洗い出し、キャバシティ・プランを行い、システム要件を決め、それにあわせたシステム構成と選定を行い発注します。そして、物理マシンの調達、キッティング、据え付け、導入作業、テストを行っていました。
このような作業が、物理的作業を必要とせずWeb画面から簡単に行うことができるわけですから、生産性は大いに向上します。
しかし、我が国のユーザー企業は、このような作業の多くをITベンダーに依存してきました。従って、今更自分でやれと言われても、仕事が増え、リスクも背負わなくてはならないわけですから、モチベーションは上がりません。
ITベンダーも受注単価が下がり、人もいらなくなるわけですから積極的にはなれません。このような双方の利害の一致が、我が国のクラウド普及の足かせとなっていると見るのは、少々うがったものの見方でしょうか。
また、これは以前のプログでも紹介しましたが、我が国にはITスペシャリストとしてのCIOが少なく、リスクを取っても情報システムを戦略的に利用してゆこうという企業が少ないという現実があります。これもまた、クラウド普及の足かせになっているともいえるでしょう。
人件費についての日米の意識の違いについても考えなくてはなりません。米国における人件費は変動費です。クラウドによる生産性の向上は、情報システムに関わる人材を削減することになり、コスト削減に貢献します。一方、我が国の人件費は固定費です。従って、生産性が向上しても埋没コストの削減にしかならず、直接的な人件費の削減にはつながりません。これもまた、クラウド普及の障害となります。
米国のユーザー企業において、ITスペシャリストであるCIOは、多くのITエンジニアを抱えています。また、パッケージ・ソフトウェアもカスタマイズすることなく利用することが当然と考えています。このようなビジネス環境においては、クラウドの利用は、大きなメリットをユーザー企業にもたらすことになります。
残念ながら、我が国において、米国と同じシナリオでクラウドの価値を訴求することは困難といえるでしょう。
では、我が国では、クラウドは価値がないのでしょうか。いいえ、決してそんなことはないと思っています。米国とは価値の置かれている重心が異なっていると私は考えています。
我が国は、今、グローバル化の急速な進展、ビジネス・ライフサイクルの短命化、顧客志向の多様化と言った、大きな産業構造の変革にさらされています。
このような事態に対処するためには、ITを戦略的に活用することが有効な手段となり得るはずです。そのためには、経営環境の変化に合わせ、迅速に(=スピード)、俊敏・柔軟に(=アジャイル)、そして、必要に応じてリソースを容易に拡大でき、不要となればすぐに手放すことができる(=スケール)システムが必要とされるでしょう。まさに、クラウドの価値は、ここにあるのではないでしょうか。
「クラウドは生産性向上の手段でありコスト削減につながる」という「効率・コストへの期待」は、残念ながら、我が国においては簡単に受け入れられません。むしろ、経営環境の急激な変化に対応できる「戦略価値への期待」を訴求し、そのためのソリューションを提案してゆくべきです。
ITのトレンドは、米国発祥のものが圧倒的であり、その流れを止めることはできません。だからといって、私達は、その奔流に唯々翻弄されるだけでいいのでしょうか。むしろ、我が国のIT活用を大きく進化させてゆくチャンスとして、この流れを利用してゆくべきです。
ITベンダーはもっと真剣にこの視点を掘り下げ、事業戦略に活かしてゆくべきです。それが、淘汰の時代に生き残るために必要なことではないでしょうか。
*** 「中田敦」氏のお名前を当初「田中敦」氏と記載しておりました。ご指摘を頂き訂正いたしました。中田様にはお詫び申し上げますと共に、訂正させていだきました。
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