「最近、お客様から内製化をすすめたいという話をよく聞くようになったんですが、どうなるんでしょうね・・・」
先日、あるSIerの幹部が話されていました。このままでやっていけるのだろうか、今後どうすればいいのだろうか・・・彼の顔には、そんな不安の色が見え隠れしていました。
確かに「内製化」と言う言葉を最近よく聞くようになりました。数年前には、考えられないくらいです。しかし、現実には、ほとんど実現できていません。なぜ、こんなことになっているのか、その背景と対処の方法について、今週と来週に分けて考えてみようと思います。
まずは背景について、情報システム部門に押し寄せる三つの圧力に着目して考えてみようと思います。
まずひとつは、コストの圧力です。リーマンショックをきっかけにIT投資が一気に抑制されました。しかし、システム基盤の保守や運用は容易に削減することはできません。そこで、新規開発を凍結し、アプリケーションの保守や開発にかかる外注費が削減されました。
震災以降、厳しいながらも徐々に景気が回復し、アベノミックスへの期待も高まっています。しかし、一旦引き下げられたIT予算を回復させることは容易ではありません。
そもそも論ですが、日本の経営者は、ITは本業を裏方で支えるものであり、情報システム部門はコストセンターとの認識が強くあります。コストは少しでも押さえることが善であり、一旦下げたコストを引き上げることには強い抵抗が働きます。
一方でグローバル化、顧客志向の多様化、ビジネス・サイクルの短期化は、ITへの需要を高めています。しかし、予算は押さえられています。そうとなれば、内製化して外に出てゆくお金を少しでも減らしたい。そんな、モチベーションが働くのは当然です。
ただ、現実には、外部のSIerに大きく依存してきた情報システム部門が、これに容易に対応できるはずもありません。内製化のスキルがないのです。また、内製化は、自らリスクを背負うことにもなりますが、その覚悟もできているとは言えないでしょう。もし、うまく行かなければ、その責めは自ら引き受けなければなりません。ITを知らない経営者にしてみれば、本業ではないITなど、うまくできて当たり前であり、それになんでこんなにお金をかけなきゃならないんだ、という認識です。
スキルの壁と経営者の理解の壁、その狭間に立たされ身動きが取れない現実が立ちふさがっています。
ふたつ目は、スピードの圧力です。先程も述べたように、グローバル化、顧客志向の多様化、ビジネス・サイクルの短期化は、これまでにも増して迅速な意思決定と行動を求めます。情報システムもそれに追従しなければなりません。
そうなると、これまでのように外注先に個別に見積もりを取り、他社と競合させ、安いところにお願いするなどという悠長なことをやっている暇はないのです。
また、このようなビジネス環境になれば、仕様があらかじめ決まっていない場合も少なくありません。それでも、まずは立ち上げて、徐々に完成度を上げてゆくことが求められます。これまでのような仕様ありきを前提に工数を積み上げ見積もりするというやり方そのものが成り立たないのです。そうなれば、融通の効く社員を使い内製でやるほうが手っ取り早いということになります。
しかし、これもまた容易なことではありません。SIerに丸投げしてきた訳ですから、開発や保守の経験はなくスキルもありません。また、ローテーションで担当が変わることもしばしばあります。そのため業務がわからない内部人材も多いのです。その一方で、SIerのエンジニアは長年同じシステムを担当しているものも多く、その立ち上げから関わってきたので、社員以上に業務とシステムに精通しています。
では、派遣でとりあえず対処するかとなると、契約が「派遣」と付くだけで、基準となる単金が大幅に下がります。これでは優秀な人材を取り込むことができません。派遣された人材やSIerのモチベーション下がりますから、もっとおいしい仕事に移動しようとする動きが起こりますので、人材の定着図れず、スキルの移転も進みません。これもまた、内製化の阻害要因と言えるでしょう。
最後は、ガバナンスの圧力です。外注コストの削減は、単金の低下につながります。そのため、SIerもスキルの育成に十分にコストをかける余裕がなくなっています。さらには、先行きの見えないビジネス環境にあって、スキルなどおかまいなしに安いコストの非正規雇用者を使いリスク回避し、とりあえずの頭数をそろえようとします。当然、プロジェクトの品質は低下します。
この傾向には、ますます拍車がかかるのではないかと懸念しています。というのは、若年層の就労人口減少です。我が国では、2000年(平成17年)を境にして、15歳から29歳の就労人口が減少に転じています。2000年、全就労人口に占めるこの年代は23.5%でしたが、2010年には18.8%、2020年には17.1%に下がるとされています。この割合以上に、3Kのイメージがつきまとう業界においては、若年層の就労人口の低下は加速するものと考えられます。
労働集約型の産業にとって、就労人口の低下は大きな打撃です。つまり、情報システム部門は、質のいい労働力を外部から調達できない事態に直面しようとしているのです。いや、既に直面しています。
そうなれば、外部に依存するのではなく、内部に人材を留保し、長期的に自分たちで育成し内製化を目指すことが、ガバナンスの観点から必要になるのです。
もちろん、若年層の就労人口が減少する問題については、SIerと同様にユーザー企業側も同じことです。しかし、企業イメージや労働条件などで、ユーザー企業側は有利であり、採用し易いのではないでしょうか。また、自社に最適化された人材を計画的に育成することも可能です。
ただ、また同じ話にもどりますが、経営サイドに理解がなければ、そのための施策も打てません。また、何でも自前主義で、パッケージだってカスタマイズが当たり前の常識のままで、労働集約型のやり方を継承していては、対応は難しいでしょう。
また、トレンドへの見識が低いままにレガシーなテクノロジーの蛸壷の中に安住し、リスクを冒して新しいことにチャレンジしないメンタリティを残したまま内製化しても、世の中からは取り残され、ITの戦略的活用など、おぼつきません。
この辺りの意識を変え、経営に対する働きかけを進めてゆかなければ、内製化など進めることはできません。
コスト、スピード、ガバナンスの3つの圧力は、内製化へのデマンドを生み出しています。しかし、その一方で容易に対処できない現実もあります。