「産業人の使命は貧乏の克服である。(中略)水道の水の如く、物資を無尽蔵にたらしめ、無代に等しい価格で提供する事にある。それによって、人生に幸福を齎し、この世に極楽楽土を建設する事が出来るのである。」
パナソニック(旧・松下電器産業)の創業者である松下幸之助が、1932年(昭和7年)に語ったとされるもので、後に「水道哲学」と呼ばれるようになりました。
戦後、戦争により灰燼に帰した国土を復興し、高度経済成長を成し遂げたのも、この「水道哲学」を、日本人が愚直に実践したからでしょう。
いまや私たちの社会は「物質的貧困」をほぼ解消し、安全、便利、快適さを手に入れました。贅沢を求めなければ、誰もが生きていくことに困らない時代になったとも言えます。もはや、「水道哲学」は、その使命を終えました。一方で、少子高齢化や人口の減少がすすんでいます。そんな市場が縮小しつつある時代に、企業が、さらなる成長を求めることに、意味を見出すことは難しいでしょう。
この傾向は、日本だけのことではない。世界のGDP成長率は、半世紀前にピークを迎えて以来、長期的な下降トレンドにあり、世界がゼロ成長へ収斂していくのが不可避だというのは、すでに多くの経済学者たちが指摘しています。資本主義の終焉です。そんな現実を考えれば、日本のいまの低成長は、世界を先取りしていると言えるのかもしれません。
purpose beyond profit (企業の存在意義は利益を超える)
IIRC(International Integrated Reporting Council/国際統合報告評議会)の2018年の報告書のタイトルです。
天然資源が産出される以上に消費することはできず、その限界も見え始めています。環境破壊は、地球環境を急速に変えて、私たちの生活に大きな影響を与えつつあります。限りなく成長し続けようとするビジネスは、やがては立ちゆかなくなるでしょう。SDGsやESGに関心が集まるのはこのような背景があるからです。こんな時代の流れを俯瞰し、この報告書は出されました。
ピーター・ドラッカーは、「社会的な目的を実現し、社会、コミュニティ、個人のニーズを満たす」ことで、自らの存在意義を追求し続けなければ、事業の継続や企業の存続が難しいと語っています。もはや、「水道哲学」は、社会的な目的ではなくなったのです。
では、何がこれからの目的なのかと言えば、社会への貢献であり、物質的、経済的な豊かさではなく、文化的、精神的な豊かさ、「成長」することから「成熟」することへの転換ではないでしょうか。
このような時代だからこそ、企業は、成長する企業から、成熟した企業を目指し、自らのpurpose(存在意義)をアップデートすることが求められています。purpose beyond profitには、そんな想いが込められているのでしょう。
DXもまた、こんな社会の求める価値観の転換と切り離して考えることはできません。未だ多くの企業の経営者が、DXを「デジタル・テクノロジーを駆使して新しい事業を立ち上げることや業務プロセスの効率化を図ること」で、「売上や利益を拡大すること」だと考えています。時代錯誤も甚だしいと言わざるを得ません。
何も売上や利益の拡大が間違っていると言いたいわけではありません。それより先に、まずは企業として、この時代で生き残ることを優先すべきだと言うことです。そのためには、次の3つに取り組む必要があります。
多様性と圧倒的スピードを手に入れる
いま、私たちは、VUCA(不確実性が高く、将来を予測できない社会)を目の当たりにしています。コロナ禍を経て、私たちの日常は一変し、ウクライナ戦争は、物資の不足や物価高をもたらしました。このような事態になることを予測できた人はほとんどいませんでした。私たちは、そんなVUCAに生きているのです。
このような予測できない未来に対応するための唯一の方法は、「目の前の変化を素早く捉え、その時々の最適を選択し、改善を高速に繰り返す」ことができるようになることです。
そのためには、業務プロセスを徹底してデジタル化し、事業活動をリアルタイムで把握できる基盤を持つことです。
変化は予測できず、変化の進行はあっという間です。人間が走り回っても対処することなどできません。だから、企業活動の隅々をリアルタイムにデータで捉え、企業の機能をデジタル化しておき、変化を捉えて直ちに業務のやり方を変えることができる柔軟性を企業活動の基盤に据えておくことが必要です。ERPはそのための有効な手段です。これができない企業は、生き残ることは難しいでしょう。
未だ、ERPを「基幹業務パッケージ」程度に捉え、「既存業務に変更を加えないようにバージョンアップするにはどうすればいいのか」といった次元の低い議論に終始している企業が多い現実をみると、我が国企業のデジタル・リテラシーの低さを嘆かずにはおられません。いや、経営者やデジタル戦略を担うCIOやCDOのデジタタル・リテラシーの低さなのかも知れません。
デジタルの価値を、「自動化=効率化」程度にしか捉えていないとすれば、ますます世界に取り残されてしまいます。
心理的安全性を育む
「チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態」
- 周囲の反応に怯えたり、羞恥心を感じたりすることなく、自分自身が自然な状態でいられる環境があること。
- 組織内で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態があること。
- このチーム内では、メンバーの発言や指摘によって人間関係の悪化を招くことがないという安心感が共有されていること。
心理的安全性がない組織では、「組織の常識」に反するような発言は、なかなかできません。暗黙の了解やいつものやり方、体面や組織の調和が優先され、変化への気付きができず、変革の対応がなかなかすすみません。
前節で述べたように、VUCAの時代に合っては、これまでの常識を逸脱することが、企業が生き残るための原動力となります。心理的安全性の欠如は、この足かせになります。
経営者が率先して、自らのpurposeのアップデートを宣言し、タブーを犯すことを恐れずに、対話することです。お互いに、率直に意見をぶつけ合い、本音と建て前に隔たりがない組織風土を築くことです。これができなければ、変化の速い時代では、対応の遅れは致命傷となり、企業の存続を危うくするでしょう。
- 既に役割を終えた”謎ルール”が存在し、もはや意味がないことを誰もが知っている。
- 暗黙の了解、これまでのやり方、従うべき当然の常識を誰もが”表向きは”疑問を持つことなく受け入れている(飲み会の席では文句を言うが)。
- 新しい技術やサービスを「これまでのやり方には合わないから」や「うちでは時期尚早だから」という理由で、”まずは拒絶する”ことが一般化している。
このようなことに、容易に声を上げられない心理的壁が立ち塞がっているとすれば、これこそが、心理的安全性が担保されていない証拠です。
目標を固めない
これまでの3年間の変化を見通せた人などいないでしょう。3年間どころではありません。半年先も正確に予測することが難しい時代になりました。私たちは、そんなVUCAの時代を生きています。そんな時代に、3年後を予想して、中期計画(中計)を作ったとしても、その通りにすすめることは難しいでしょう。いや、それ以上に、「計画通り」を絶対視し、頑なに変えようとしないことは、変化への臨機応変な対応を難しくし、経営的なリスクとなります。
目標を持つなと言いたいわけではありません。それを絶対のこととして、固定しないことです。特に、売上や利益については、自助努力だけではどうにもなりません。そんな現実を前提に目標を定めてはどうでしょう。
目標は仮設です。それを日々見直し、ビジネス環境が変化すれば、直ちに変更して、目標をアップデートすることが、いまの時代にふさわしいやり方です。
もし、目標を定めるとしたら、売上や利益ではなく、社員の幸せや社会への貢献を目標としてはどうでしょうか。社員が、自分のパフォーマンスを最大限に発揮できる働き方を実現すれば、生産性は高まり、結果として、売上や利益に貢献します。社会に貢献すれば、会社の評判は上がり、自社の商品やサービスが注目され、優秀な人材も集まり、結果として、売上や利益に貢献するでしょう。
そのためには、デジタル化された社会を前提に、デジタル技術を駆使した新規事業や業務改善が必要です。
例えば、ChatGPTが登場して、一気に生成AIへの関心が高まり、その性能が向上し、適応範囲が急速に拡大しています。当初は、「プログラム・コードの生成ができるぞ」とか、「GitHubに組み込まれ開発の生産性が向上できそうだ」ということで、先駆的なユーザーが使い始める程度でしたが、いまや「何をしたいか」を伝えれば、仕様を作り、計画を立て、コードを生成し、テストして、デバッグして、ビルドまでしてくれる「自律型ソフトウエアエンジニア」と呼ばれるAIツールも登場して言います。その間、2年もかかっていません。
SI事業者にとっては、これらAIツールの存在を前提にした「AI駆動開発」ができなければ、競争力を失います。当然、そのことを踏まえた事業計画を直ちに組み立て、実践に移すべきです。しかし、「3年縛りの中期経営計画」に、この変化を取り込めるでしょうか。機能や性能は、数週間、あるいは数ヶ月の単位で向上します。時間軸が違いすぎます。そんなことでは、生き残ることは難しいでしょう。
DXとは、企業を成長させるためではなく、生き残るための変革と捉えるべきです。もちろんその手段として、デジタルは不可避ですが、それが全てではありません。デジタルを使うこと以外にやることは沢山あります。
いまの時代にふさわしいpurposeを持ち、成熟した社会で、自分たちの存在を確かなものにすることです。デジタルはそんな社会の前提であり、実践のための有効な手段です。DXをこのように捉えてはどうでしょう。
「デジタル前提の社会にて適応するために会社を作り変えること」
DXをこのように捉えてはどうでしょうか。その目的は、デジタル時代に生き残れる企業に変革することです。それができない企業も沢山あるでしょう。結果として、これができる企業は、これからの時代の競争優位を確立し、成長の土台が築かれます。
変革のためのコストが先行します。その結果として、成長の機会を手に入れることができるのです。
DXは成長のためではなく存続のための変革
そんな捉え方が、ふさわしいように思います。
【募集開始】次期・ITソリューション塾・第47期(2024年10月9日 開講)
次期・ITソリューション塾・第47期(2024年10月9日[水]開講)の募集を始めました。
次のような皆さんには、きっとお役に立つはずです。
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
- IT業界以外から、SI事業者/ITベンダー企業に転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に関わられる皆さん
ITソリューション塾について:
いま、「生成AI」と「クラウド」が、ITとの係わり方を大きく変えつつあります。
「生成AI」について言えば、プログラム・コードの生成や仕様の作成、ドキュメンテーションといった領域で著しい生産性の向上が実現しています。昨今は、Devinなどのような「システム開発を専門とするAIエージェント」が、人間のエンジニアに代わって仕事をするようになりました。もはや「プログラマー支援ツール」の域を超えています。
「クラウド」については、そのサービスの範囲の拡大と機能の充実、APIの実装が進んでいます。要件に合わせプログラム・コードを書くことから、クラウド・サービスを目利きして、これらをうまく組み合わせてサービスを実現することへと需要の重心は移りつつあります。
このように「生成AI」や「クラウド」の普及と充実は、ユーザーの外注依存を減らし、内製化の範囲を拡大するでしょう。つまり、「生成AI」や「クラウド」が工数需要を呑み込むという構図が、確実に、そして急速に進むことになります。
ITベンダー/SI事業者の皆さんにとっては、これまでのビジネスの前提が失われてしまい、既存の延長線上で事業を継続することを難しくします。また、ユーザー企業の皆さんにとっては、ITを武器にして事業変革を加速させるチャンスが到来したとも言えます。
ITに関わる仕事をしている人たちは、この変化の背景にあるテクノロジーを正しく理解し、自分たちのビジネスに、あるいは、お客様への提案に、活かす方法を見つけなくてはなりません。
ITソリューション塾は、そんなITの最新トレンドを体系的に分かりやすくお伝えするとともに、ビジネスとの関係やこれからの戦略を解説し、どのように実践につなげればいいのかを考えます。
詳しくはこちらをご覧下さい。
※神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO(やまと)会員の皆さんは、参加費が無料となります。申し込みに際しましては、その旨、通信欄にご記入ください。
- 期間:2024年10月9日(水)〜最終回12月18日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週(水曜日*原則*) 18:30〜20:30 の2時間
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み 99,000円)
- 内容:
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- IT利用のあり方を変えるクラウド・コンピューティング
- これからのビジネス基盤となるIoTと5G
- 人間との新たな役割分担を模索するAI
- おさえておきたい注目のテクノロジー
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- アジャイルの実践とアジャイルワーク
- クラウド/DevOps戦略の実践
- 経営のためのセキュリティの基礎と本質
- 総括・これからのITビジネス戦略
- 特別補講 *講師選任中*
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。
6月22日・販売開始!【図解】これ1枚でわかる最新ITトレンド・改訂第5版
生成AIを使えば、業務の効率爆上がり?
このソフトウェアを導入すれば、DXができる?
・・・そんな都合のいい「魔法の杖」はありません。
これからは、「ITリテラシーが必要だ!」と言われても、どうやって身につければいいのでしょうか。
「DXに取り組め!」と言われても、これまでだってデジタル化やIT化に取り組んできたのに、何が違うのかわからなければ、取り組みようがありません。
「生成AIで業務の効率化を進めよう!」と言われても、”生成AI”で何ですか、なにができるのかもよく分かりません。
こんな自分の憂いを何とかしなければと、焦っている方も多いはずです。