打ち合わせや報告書に表やグラフを差し込むのは、情報をわかりやすく客観的に伝える手段として、欠くことができません。
1970年代、パソコンがまだなかったころは、情報システム部門に表の作成を依頼し、そのためのプログラムを書いてもらい、表をプリントしていました。しかし、情報システム部門は総じて多忙であり、すぐにというわけにはいきません。数日待ってやっとできあがるというのは、日常でした。また、依頼に誤りがあったり、違う切り口で表を作り直してもらったりとなると、さらに数日かかりました。いま直ぐに欲しい表を手に入れるなんて、夢のような話しでした。
また、印刷した表をそのまま資料に添付したり、手書きやワープロ専用機で作った文章に、はさみとのりで切り貼りしたりといったやり方が一般的でした。グラフは表から数字を読みとって、方眼紙に手書きで描いていました。
1980年代に入りパソコンが普及し始めると、まずはこの面倒な資料作りをなんとかしたいと言うニーズに応えるかたちで、1982年にMicrosoft Multiplan 、1983年にLotus 1-2-3が登場しました。いまや私たちは、Microsoft Excelを誰もが当たり前に使っています。「表作成は、パソコンを使って、資料作成の当事者が自分でやるのが当たり前」という常識が定着しています。
私が、新卒で日本IBMに入社したのが、1982年です。入社前年の1981年、IBMが始めてビジネス用のパソコン「IBM PC 5150」を発売し、入社翌年である1983年、日本語対応のマルチステーション5550が発売されました。私は、誰もがパソコンを使う時代の黎明期に、この変化を目の当たりにしています(ついでながら、私が社会人になって最初に買ったクルマのナンバーは、5550でした)。
私は、そのころから(いまも)新しもの好きで、登場したパソコンを直ぐに使い始め、Microsoft MultiplanやLotus 1-2-3を駆使して、表やグラフを書き、「おまえ、新人のくせに凄いなぁ」と言われることに喜びを感じていました。「仕事ができるヤツ」と評価されている(と勝手に思っていた)という優越感に浸っていたわけです(笑)。しかし、そんな時代はあっという間に過ぎ去り、だれもが鉛筆やボールペンを使うようにMicrosoft Excelを日常業務で使いこなしています。
私はいま、生成AIブームに、この頃と同じような空気を感じています。
便利な道具だとは、誰もが分かっています。しかし、まだ十分に普及したと言える段階ではありません。かつての私のような「新しいもの好き」が、使い始め、これは凄い、便利だぞと大騒ぎし、まわりも”どれどれ”と試し始めた段階でしょうか。
しかし、チャットUIを介しての「自然言語での指示/プロンプト」というのは、いまひとつ使いづらいところもあります。2年ほど前までは、コンソール画面からコマンドを打ち込んだり、プログラミング言語(人工言語)で書かなければならなかったりした生成AIが、日常使いの自然言語でできるようになったことは、利用者の裾野を一気に拡げるきっかけとなりました。その意味で、使い易くなったことは確かなのですが、こちらの意図通りにアウトプットをしたければ、プロンプトをうまく書かなければなりません。そのためには、生成AIの特性や使う上でのお作法を理解し、論理的に物事を考え、これを適切に表現できる言語力を駆使しなければなりません。この点に於いて、使い勝手が悪い、うまく使いこなせないとの感想を持たれる方も多いように思います。
ただ、この不満は、急速に解消されつつあります。例えば、Microsoftは自社の生成AIツールをCopilotのブランドで、様々な自社製品に組み入れつつあります。Copilot for Office365、Copilot in Power Platform、Windows11への統合、Copilot+PCsでは、キーボードにCopilotキーが付くなど、使いやすさの向上に勤めています。AppleもApple Intelligenceとして、OSや自社製品への統合をすすめることを発表していますし、Googleも自社の生成AIであるGeminiをGoogle Suiteと連携させる動きを加速しています。
システム開発ツールとしても、MicrosoftのGitHub CopilotやGoogleのCodey、Duet AI for Google Cloudなどが登場しています。
このように、「特定の製品」に絞り込み、操作のコンテクストを限定し、その操作と連携することで、ツールを操作する過程で、ごく自然に生成AI機能を使えるようにしている訳です。
しかし、このような使い方は、「製品を操作する」ことが前提であり、その操作を支援するという使い方に留まっています。製品の操作方法が分からなければ使えません。あくまで、操作する人間の活動を支援するという立ち位置です。
このような状況を変える動きが登場しています。それが、AIエージェント(AI Agent)です。
「AIエージェント」は、コンピュータにとってのOSのように、人間が何をしたいかを伝えれば、その意図をくみ取り、ソフトウェアやサービスの最適な組合せを選択し、人間に代わって適切な操作を任せることができます。もし、必要な情報が不足していれば、「ここはどうしますか?」や「いつものやり方でいいですか?」などと対話的に意図を確認してくれますし、人間がそれらの機能や操作方法を熟知していなくても、「AIエージェント」が人間に代わって適切に操作してくれます。まるで自分のことを理解し、何でも言うことを聞いてくれる「頭脳明晰な自分専用のアシスタント」のような存在です。
現時点では、「何でも言うことを聞いてくれる」AIエージェントが実現している訳ではありません。しかし、システムの開発や運用、マーケティングのリサーチやレポートの作成など、特定の業務に特化したAIエージェントは登場し始めており、その利用範囲は拡大しています。
例えば、システム開発では、DevinやMeta.GPT、Magic.Devなどがこれに相当します。このようなツールを使えば、「シドニーにあるイタリアンレストランをすべて地図上に表示するWebサイトを作成して」と指示すると、レストランを検索し、住所と連絡先情報を取得し、その情報を表示するサイトを作成して公開してくれます。
システム開発の専門知識がなくても、ここまでできてしまうわけですが、それでも、的確な指示や命令、生成されたコードの評価、他システムとのインテグレーションやカストマイズなどは、人間に負うところが大きいと言えるでしょう。一方で、設計し、仕様書を書き、コードを書き、テスト・修正するなどの知的力仕事はほぼこなしてくれるようです。
まだまだ精度のほどは十分ではないとか、使い勝手に問題があるなどの課題はあるようですが、いつも黎明期は、こんなものです。いまや誰もが当たり前にExcelを使いこなすと同じようにシステム開発の現場でAIエージェントが使われるようになる、いや、前提となるのは時間の問題です。
Excelを使えなければ、いまや仕事になりません。ビジネスの現場で「Excelが使える」は、デフォルトのスキルです。同じことがシステム開発の現場でも起きるでしょう。
これは、個人の問題としてだけではなく、会社としても考えるべきです。このようなツールの利用を前提としないシステム開発会社に仕事を依頼することはなくなります。それは当然のことで、仕事の生産性やコスパが低く、修正や追加などに時間や手間のかかる会社に仕事を依頼することなどありません。また、AIエージェントの普及は、クラウド・サービスの充実と相まって、内製化の適応範囲の拡大を加速することになるでしょう。そんな時代が遠からずやってくることを前提にビジネスのあり方を見直さなくてはなりません。
Microsoft MultiplanやLotus 1-2-3の時代と大きく異なるのは、このようなツールの発展が、ものすごく早いと言うことです。「まだ大丈夫」の「まだ」が、かつての「3〜5年」から、「3〜6ヶ月」へと短くなっていることです。
「ならばどのツールを使えばいいのだろうか」なんて考えている余裕はありません。いろいろと使ってみることです。機能や性能の優劣は、毎日のように入れ替わっています。どれかに決めるのではなくいろいろと試しながら、このようなツールを使いこなし、仕事に組み入れる感性を磨くことが、現実的な取り組みです。
いま、「Excelが使えません」なんて、恥ずかしくて言えませんよね。エンジニアなら、「クラウドが使えません」は、もはや恥ずかしい状況です。「AIエージェントが使えません」を恥ずかしいと感じるのは、まもなくです。
生成AIやAIエージェントに限った話しではありません。クラウドの様相も変わり始めています。セキュリティもゼロトラストの次の潮流が始まっています。まだまだ先と思われていた量子コンピューターも「中性原子方式」が登場したことで、実用化の時期が大幅に前倒しされそうです。
ITのトレンドに無頓着であったり、成り行き任せであったりすることは、ビジネスや社会への感性を鈍らせます。ITに関わる仕事をしているのならなおさらです。IT企業であれば、企業としての成長や存続の危機を招くことになることを覚悟しなくてはなりません。
【募集開始】次期・ITソリューション塾・第47期(2024年10月9日 開講)
次期・ITソリューション塾・第47期(2024年10月9日[水]開講)の募集を始めました。
次のような皆さんには、きっとお役に立つはずです。
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
- IT業界以外から、SI事業者/ITベンダー企業に転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に関わられる皆さん
ITソリューション塾について:
いま、「生成AI」と「クラウド」が、ITとの係わり方を大きく変えつつあります。
「生成AI」について言えば、プログラム・コードの生成や仕様の作成、ドキュメンテーションといった領域で著しい生産性の向上が実現しています。昨今は、Devinなどのような「システム開発を専門とするAIエージェント」が、人間のエンジニアに代わって仕事をするようになりました。もはや「プログラマー支援ツール」の域を超えています。
「クラウド」については、そのサービスの範囲の拡大と機能の充実、APIの実装が進んでいます。要件に合わせプログラム・コードを書くことから、クラウド・サービスを目利きして、これらをうまく組み合わせてサービスを実現することへと需要の重心は移りつつあります。
このように「生成AI」や「クラウド」の普及と充実は、ユーザーの外注依存を減らし、内製化の範囲を拡大するでしょう。つまり、「生成AI」や「クラウド」が工数需要を呑み込むという構図が、確実に、そして急速に進むことになります。
ITベンダー/SI事業者の皆さんにとっては、これまでのビジネスの前提が失われてしまい、既存の延長線上で事業を継続することを難しくします。また、ユーザー企業の皆さんにとっては、ITを武器にして事業変革を加速させるチャンスが到来したとも言えます。
ITに関わる仕事をしている人たちは、この変化の背景にあるテクノロジーを正しく理解し、自分たちのビジネスに、あるいは、お客様への提案に、活かす方法を見つけなくてはなりません。
ITソリューション塾は、そんなITの最新トレンドを体系的に分かりやすくお伝えするとともに、ビジネスとの関係やこれからの戦略を解説し、どのように実践につなげればいいのかを考えます。
詳しくはこちらをご覧下さい。
※神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO(やまと)会員の皆さんは、参加費が無料となります。申し込みに際しましては、その旨、通信欄にご記入ください。
- 期間:2024年10月9日(水)〜最終回12月18日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週(水曜日*原則*) 18:30〜20:30 の2時間
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み 99,000円)
- 内容:
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
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- 人間との新たな役割分担を模索するAI
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- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- アジャイルの実践とアジャイルワーク
- クラウド/DevOps戦略の実践
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神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
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6月22日・販売開始!【図解】これ1枚でわかる最新ITトレンド・改訂第5版
生成AIを使えば、業務の効率爆上がり?
このソフトウェアを導入すれば、DXができる?
・・・そんな都合のいい「魔法の杖」はありません。
これからは、「ITリテラシーが必要だ!」と言われても、どうやって身につければいいのでしょうか。
「DXに取り組め!」と言われても、これまでだってデジタル化やIT化に取り組んできたのに、何が違うのかわからなければ、取り組みようがありません。
「生成AIで業務の効率化を進めよう!」と言われても、”生成AI”で何ですか、なにができるのかもよく分かりません。
こんな自分の憂いを何とかしなければと、焦っている方も多いはずです。