DXを都合良く解釈する残念
「全社一丸となって、DXに取り組んでほしい!」
こんなトップダウンの号令がかかったとしましょう。この言葉を聞いて、「デジタル技術を使って、新規事業を立ち上げること」と思うかも知れません。「デジタル技術を使って業務を効率すること」だと受け止める人もいるでしょう。ITに関わる仕事をされている方ならば、「自社所有のシステムをクラウドへ移行すること」だと捉えるかも知れません。あるいは、「デジタル技術を使えば、なんだっていい」という、太っ腹な解釈で納得する人もいるかも知れません。
しかし、このような取り組みは、「DX」という言葉が使われる以前から行われてきました。それらを私たちは、「デジタル化」あるいは「IT化」と呼んでいました。そんなこれまでの取り組みと、「DX」とは、何が違うのでしょうか。
DXの本質は「変革」
「デジタル化」や「IT化」と「DX」が無関係でありませんが、DXの歴史的な経緯をたどると、ただの置き換えではないことが分かります。
その答えは、「DX=Digital Transformation」 の「Transformation=変革」にあります。この単語は、”trans=向こう側”と”form=カタチをつくる”はという2つの意味の合成語です。つまり、これまでにない新しいカタチにすることであり、「何かを完全に(通常は良い方向へと)作り変えること」という意味です。
つまり、DXとは、「デジタルで社会やビジネスを新しく作り変える」こととなります。デジタルは、変革の修飾語であり、変革の前提、あるいは手段として、その重要性や必要性が、示されているわけです。DXの目的は、決して「デジタルを使うこと」ではありません。
「デジタル前提の社会に適応するために、自分たちもデジタルを駆使して、会社(あるいは社会)を作り変えること」
DXをこのように解釈してはいかがでしょうか。
もはや私たちの社会は、デジタルなしでは不便で仕方がありません。買い物や旅行、食事をするにも、インターネットにつながったスマートフォンやパソコンを使って、調べて予約しています。仕事をするにも、パソコンを立ち上げ、メールを確認し、オンラインで会議し、ウエッブで経費を精算します。
ChatGPTなどの生成AIを使えば、情報の収集や資料の作成時間は、劇的に短くなり、新規事業のアイデアを出すためのブレーンストーミングの相手として、何時間でもつき合ってくれます。提案書や報告書の作成も、誰に伝えるのか、何を伝えたいのかを入力するだけで、指定した相手にふさわしい内容や表現で作成してくれますし、「こんな機能を実現したい」と入力すれば、そのためのプログラム・コードを生成してくれます。
私たちは、そんなデジタル前提の社会に生きています。当然、人々は、デジタルありきで考え、行動します。事業を営むには、会社の仕組みもまた、それに適応できなくてはなりません。かつての成功体験に支えられたアナログで昭和な会社の仕組みを、デジタル前提で、作り変える必要があるのです。
それは、既存の業務プロセスや意思決定の仕組みを、デジタル化(デジタイゼーション)することではありません。業務プロセスやビジネス・モデル、意思決定の方法や組織のあり方、働き方や雇用制度などを、デジタル前提で最適化し、まったく新しいものに作り変えることです。DXとは、そんな「変革」です。
DXはVUCAに対処する必然
DXに取り組まなければならないもうひとつの理由として、VUCA(変化が速く、予測できない状況)への対応があります。
世界中がインターネットでつながり、世界の片隅での出来事が、あっという間に拡散する社会となりました。その結果、社会の変化は複雑化し、変化のスピードも加速度を増しています。結果として、将来を正確に予測することができない社会、すなわちVUCAの時代となったのです。コロナ禍やウクライナ戦争は、そんな時代を象徴する出来事です。また、生成AIは、ビジネスや社会に大きな影響を与え、既存の延長線上で将来を考えることができないことを示しました。登場して間がないにもかかわらずです。
将来が予測できないのならば、いまの事実を即座に捉え、その時々の最適で対処し、変化に即して改善を高速に繰り返すしかありません。つまり、圧倒的なスピードを獲得し「変化に俊敏に対応できる企業=アジャイル企業」に変わらなくてはならないのです。GoogleやAmazon、Facebook、Appleなどのデジタル・ネイティブ企業は、「圧倒的なスピード×アジャイル」を武器に、既存の業界の競争原理を自ら作り変えることで、競争力を発揮しています。そんな彼らに対抗し、生き残るためにも、DXに取り組まなくてはなりません。
DXの実践はトップダウンとボトムアップの合わせ技
「ビジネスの当たり前を、デジタル前提に作り変える」
そんな変革を実践するのは、容易なことではありません。既に成果をあげ、定着している仕事のやり方やお客様との関係、働き方や雇用制度を、デジタル前提の社会に最適化すべく、作り変えようというわけですから、現場の不安や反発は覚悟しなくてはなりませんし、相応の投資が必要です。
そんなDX実践の起点は、トップダウンです。経営者が、DXの本質を正しく理解し、確固たる信念でリーダーシップを発揮しなければできません。そのためには、危機感を煽るだけではなく、新しい時代を自ら作っていくことへのやり甲斐や使命感、自分たちの働き方や待遇が向上することを示し、期待や高揚感を変革の原動力としていくことも、忘れるべきではありません。
一方で、そんなトップダウンの取り組みに、ボトムダウンで同期しなければ、何も変わらず、成果もあがりません。ビジネスの最前線にいる人たちこそ、課題を肌で感じ、その解決を望んでいます。また、現場だからこその気付きが沢山あるはずです。そんな気付き得た人が、自分で正しいことを始めれば、共感者が増え、仲間が集まり、組織や会社を動かす力になります。
DX推進組織の大切な役割
そんなトップダウンとボトムダウンを同期させることが、DX推進組織の最も重要な役割です。経営者に、自社の状況を示し、どのような戦略を採るべきかの選択肢を提示すること、現場の自発的な取り組みを促し、支援する環境を整え、両者を同じ方向に向かわせることで、変革を加速します。
他社の事例を集めて紹介すること、「デジタルで何かをさせること」を促すこと、部門の利害関係を調整することではありません。もっと高い次元で、自分たちのビジネス環境の変化やこれからの「あるべき姿」を提示し、組織の壁を乗り越えた取り組みを促すリーダーシップを発揮ししなくてはなりません。
頑張ってITを使う日常から脱却がDX
DXの実践でもうひとつ欠かせないのは、デジタル・テクノロジーへの積極的な対応です。例えば、ChatGPTなどの生成AIは、日常業務の生産性を劇的に向上させるだけではなく、接客応対の品質向上やイノベーションの加速など、ビジネス全般にわたり、大きな影響を与えます。このような新しいテクノロジーをいち早く取り入れ、業務を革新する企業と、そうでない企業の格差は、広がっていくでしょう。ビジネスにおけるデジタルの役割は、ますます大きくなっていることを、理解しておかなくてはなりません。
そんなデジタルを業績の改善に結びつけるには、頑張ってデジタルを使うことから、デジタルありきで物事を考え、使いこなせる人材を育てていかなければなりません。人材育成は、これまでにも増して重要になります。
そのための研修は必要ですが、同時に取り組むべきことがあります。例えば、世間で当たり前に使っているクラウド・サービスをコンプライアンスやセキュリティを盾に制約を課し、「デジタルを使うのは大変だ」という空気を醸成したり、システム開発を外注に依存したりといった、時代遅れの慣習を辞めることです。デジタル・リテラシーとは、そんな企業風土があればこそ、育まれます。
デジタル・ツールの自発的な活用や工夫を促すことや、システムの内製化の範囲を拡大することで、デジタル前提で考え行動する「当たり前」を定着させることなくして、デジタル前提の文化や風土は育ちません。
また、研修についても、その目的やあるべき姿をはっきりとさせて、取り組む必要があります。ローコード開発ツールやクラウド・サービスなどの使い方を教えても、現場にそれを使うニーズや機会、あるいは使おうという意欲がなければ、時間のムダです。また、生成AIを使える環境を整えても、それをどのように使うかを、現場の実情に即してガイドしなければ、十分に活かすことはできないでしょう。何のために=目的、どのような成果を出したいのか=あるべき姿をあきらかにして、研修を丁寧にデザインしていくことが必要です。
「DXをやってることにする」のはもうやめよう
「変化が速く、将来が予測できない」社会に適応するためには、「変化に俊敏に対処できる圧倒的なスピード」こそが、事業を継続させ、企業を存続せる前提となります。そのためには、「変化が緩やかで、将来が予測できる」時代の常識や価値観と決別し、そんな時代に創られたやり方を根本から作り変えるしかありません。DXとはそんな変革であり、容易には実現できないことを自覚することです。くれぐれも、デジタル・ツールを使うことで、「DXをやってることにする」ことがないようにしなくてはなりません。
募集開始 次期・ITソリューション塾・第45期 を2024年2月14日[水]よりの開講いたします。
次期、ITソリューション塾では、臨時補講として「生成AIの実践ノウハウ」をこの分野の第一人者にお願いしました。また、特別補講では、「トヨタのデータ&デジタル戦略の最前線」をド真ん中の当事者に語っていただきます。
ご参加をご検討頂ければ幸いです。
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
- IT業界以外から、SI事業者/ITベンダー企業に転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に関わられる皆さん
そんな皆さんには、きっとお役に立つはずです。
詳しくはこちらをご覧下さい。前期・第44期の講義のダイジェスト動画も掲載していますので、よろしければご覧下さい。
- 期間:2024年2月14日(水)〜最終回4月24日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週(水曜日*原則*) 18:30〜20:30 の2時間
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み 99,000円)
- 内容:
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- IT利用のあり方を変えるクラウド・コンピューティング
- これからのビジネス基盤となるIoTと5G
- 人間との新たな役割分担を模索するAI
- おさえておきたい注目のテクノロジー
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- アジャイルの実践とアジャイルワーク
- クラウド/DevOps戦略の実践
- 経営のためのセキュリティの基礎と本質