ビジネス環境の変化やテクノロジーの進化に対応して、自らを変化させていくことは、企業が存続し事業を継続するための必須の要件です。ただ、「変化させる」には、変革と改善の2つがあることを理解しておく必要があります。これらは目指すゴールが異なり、そのための手段も異なります。しかし、現実には、この両者の解釈を曖昧なままに、「事業変革」であるとか、「DX(デジタル変革)」といった言葉が使われ、カタチばかりの取り組みに終始している企業も少なくありません。
特にDXについては、「transformation=変革」であるにもかかわらず、「improvement=改善」に留まり、DXの本来の意味とはかけ離れた成果しかあげられていない場合も多いように思います。
そこで、「変革」と「改善」の意味について、原点に立ち返り考えてみることで、DXの本質を改めて問い直してみようと思います。
また、日本語の「変革」と英語の「transformation」が、必ずしも同義ではないことから、混乱が生じていることもありそうです。この点についても、オペレーション、プロセス、戦略の3つの視点で整理し、自分たちが、いかなる「変革」に取り組んでいるのかを考える材料を提供します。
変革と改革の違い
変革(transformation):物事を根本から変えて新しくすること
transformationの語源から考えると、”trans”は「向こう側」、”form”は「カタチをつくる」という2つの意味の合成語であることがわかります。つまり、これまでにない新しいカタチにすることとなります。それが転じて「形態、性質、外観などが著しく変化すること」、あるいは「何かを完全に(通常は良い方向へと)変えること」という意味になります。
これをビジネスに当てはめれば、テクノロジーやビジネス環境の急速な変化に対応するため、業務の手順、制度、組織・体制といったビジネス・プロセスや商品やサービス、顧客との関係、収益のあげ方といったビジネス・モデルを新しく作り変えることを意味します。「会社を作り変える」と言い換えることができるでしょう。
そんな変革は、現場の抵抗と膨大な投資、そして時間がかかることを覚悟しなければなりません。また、なれない市場への参入、法や制度による規制への対処、顧客や取引先も変わる可能性もあります。
これは現場レベルに任せれば、できることではなく、経営者自らが、明確なビジョンを描き、リーダーシップを発揮しなければできません。また、現場レベルのリーダーも利害の調整役ではなく、経営者と同じビジョンを持って変革を推進するリーダーシップを発揮しなくてはなりません。
改善(improvement):より好ましい・望ましいものへ改めること
improvementの語源を探ると、古フランス語の em- (利益)、ラテン語の prode(有利な)を組み合わせた言葉であることが分かります。これが転じて、「より良いものにする、品質や状態を向上させる」という意味で使われるようになりました。
これをビジネスに当てはめれば、既存のビジネス・プロセスやビジネス・モデルの目的や目標を達成する上で障害を取り除き、品質や生産性を高めることとなります。大きな投資をすることなく、いまのリソースを生かした活動が中心です。
製品やサービスの品質向上、顧客満足の向上、コスト削減、時間短縮、安全性の向上、リスク会費、コミュニケーションや意思決定の迅速化、働きやすい環境の整備などが、この取り組みの成果となります。
この解釈から、改めてDX(Digital Transformation)つまり、「デジタル変革」を解釈すると次のようになるでしょう。
アナログ前提で作られたビジネス・プロセスやビジネス・モデルをデジタル前提で根本的に見直し、新しく作り変える取り組み
既存の業務をそのままにデジタル・ツールを使って「改善」することではありません。既存の業務そのものを、デジタルを前提にして最適化し、新しく作り変えることです。クラウドやモバイル、AIなどのデジタル・テクノロジーの進化に適応し、それらを駆使して、ビジネス・モデルやビジネス・プロセスを、根本的に作り変えることです。
「改善」が「変革」に劣っているとか、やる意味がないと言いたいのではありません。改善も改革も共に事業を維持するためには必要なことです。ただし、そのゴールもやり方も覚悟の仕方も違うということです。
ただ「改善」は、過去のやり方をおおきく変えることなく、時代に即して修正を加える行為ですから、短期的な生き残りの策であることは否めません。ビジネス環境の本質的な変化に対処できませんから、長期持続的効果はありません。
「変革」と「改善」の違いが曖昧なままでは、いずれも十分な成果をあげることはできません。
変革の3つの視点
先にも述べましたが、「変革=transformation」の本来の意味は、「新しく、根本的に作り変えること」です。しかし、私たちは、「変革」という言葉をもう少し広い意味で使っています。それは、英語の「transformation」と日本語の「変革」が、まったく同一の意味ではないことに起因するのかも知れません。
「変革」の意味について辞書を見ると、「変えて新しいものにすること。また、変わって新しいものになること」という説明もあり、「transformation」の「何かを完全に変えること」というほどの強い意味合いは含んでいないように思われます。
事実、日本語の「変革」は、日常的にはかなり曖昧に使われていて、上記で解説した「改善」も「変革」と同義で扱われることもあります。そんな日本語の「変革」の使われ方を、オペレーション、プロセス、戦略という視点で整理してみると、わかりやすいかも知れません。
オペレーションとしての変革:
「オペレーション(operation)」とは、作業、工程、業務、操業、事業、営業(活動)、経営、運営を意味します。これらをよりよい状態に変えることを「変革」と言う場合があります。これは、先に説明した「改善=improvement」であり、「transformation」とは異なります。それぞれの作業や業務、工程に携わる人たちが、自分の業務の課題を見出し、これを改善することです。もちろん、既存の事業や経営を維持する上で、大切なことです。
ただ、「改善」は、既存の業務のやり方を根本的に変えることなく、いま直面する課題を解決することですから短期的な効果は期待できます。しかし、ビジネス環境が激変し、既存のやり方では対処できない事態では、長期継続的な効果は、期待できません。
プロセスとしての変革:
「プロセス(process)」とは、過程、経過、成り行き、進行、(ものを造る)方法、手順、工程など、時間的経過を伴う一連の手順を意味します。提供する価値、すなわち製品やサービスは同じであっても、その提供方法を変える場合などがこれに該当します。
例えば、Netflixは、1997年、映画を見たい人に郵送でDVDを送り届けるビジネスを世界で初めてスタートさせました。1999年、定額制(サブスク)のレンタルサービスを開始、月額15ドルでDVDを本数制限なしにレンタルできるこのサービスは、延滞料金、送料・手数料が全て無料という当時としては画期的なアイデアでした。
その後、競合の台頭により、経営的には厳しい状況に置かれましたが、2007年、それまでのDVDの郵送&レンタル・サービスから、ビデオ・オン・デマンド方式によるストリーミング配信サービスに移行、2008年から2010年にかけては、大手メーカーと提携し、ゲーム機(Xbox 360、PlayStation 3、Wii)、ブルーレイディスクプレーヤー、インターネット接続テレビ、Apple製品(iPhoneやiPadなど)およびその他デバイスでの配信に対応したストリーミング映像のウェブ配信へと移行しました。これによって、当時、DVDやビデオ・テープのレンタル・ショップを米国全土に展開していたBlocbusterなどのビジネスを駆逐し、圧倒的な競争力を持つようになったのです。
その経過が分かる動画がありますので、紹介しておきます。
「幅広い映像コンテンツを顧客に提供する」という事業目的はそのままに、プロセスをまったく新しいものに作り変えてしまうことにより、新たな価値を創出し、事業を成長させることに成功しました。
戦略としての変革:
「戦略(strategy)」とは、包括的で大規模な作戦遂行の計画を意味します。事業そのものを新しく作ることと解釈できるかも知れません。
例えば、富士フイルムは、そんな変革の好例です。1980年代、写真フイルムは拡大の一途にありました。そんな、1988年、世界発のフルデジタルカメラを発表しました。当時、写真フイルムは富士フイルムにとって利益の源泉でした。それにも関わらず、儲かっている写真フイルム事業を駆逐するかも知れない事業へと踏み出したのです。その後、化粧品、医薬品、再生医療へと事業を広げ、写真フィルムが市場から消えてしまったいま、これらを収益の柱として、成長を続けています。まさに、戦略を変革し、事業そのものを作り変えることで、会社を存続させ、成長させることに成功しました。
もちろん、これらの新しい戦略が、それ以前の事業と全くの無関係だったわけではありません。デジタルカメラは写真フイルムで培った写真や画像の知見が土台になっています。また、化粧品、医薬品、再生医療は、感光材料やハロゲン化技術、調剤技術などが、活かされています。 写真フィルムで築いた基盤技術があればこそ、新しい事業を成功に導くことができたのです。
また、前節で紹介したNetflixも、コンテンツの提供方法を変える「プロセスとしての変革」に留まらず、ユーザーの視聴行動を徹底して分析し、ユーザーの嗜好に合わせたコンテンツを制作し、大ヒットを飛ばしています。もはや、従来の「コンテンツ提供会社」ではなく、「コンテンツ制作会社」であり、これが大きな収益の源泉となっています。これなどは、「戦略としての変革」ということができるでしょう。
いま自分たちが使っている「変革」という言葉を、どのような意味で使っているのかを問い直してはどうでしょう。いずれが優れているとか、いずれでなければならないのかということではありません。何を目指しているかをしっかりと自覚することです。
この3つの視点でDXを考えれば、オペレーションとしての変革、つまり業務の改善なのか、プロセスとしての変革、つまり新しいビジネス・モデルを作ろうとしているのか、戦略としての変革、つまり、事業や会社そのものを作り変えようとしているのか、そもそも、何を目指した取り組みなのかが見えてくるでしょう。
オペレーションの変革に留まる限りは、DXとは言えません。ただ、それが間違っているとか、ダメだと言いたいのでもありません。それぞれの現状や立場によって、どの「変革」に向きあうかは、違って当然だからです。また、それぞれの段階を厳密に区分することは難しく、Netflixのごとき地続きの変革もあります。
言葉やカタチにとらわれず、自分たちが解決すべき課題を冷静に見極めることです。DXであるかどうかなど、どうでもいいことです。自分たちの於かれている状況を見極め、直面する課題を明確にした上で、上記、いずれの「変革」が、課題解決の最善策なのかを考え、「シン変革=本来の意味での”真”の変革/”シンプル”に課題に向きあう変革」を実践することです。
このよう基本をおろそかに、DXという言葉を冠に掲げ、「やったつもりの自己満足」あるいは「やってますアピール」は、そろそろ辞めてはどうでしょう。
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2022年10月3日紙版発売
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斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー