プログラミングができれば、DX人材なのでしょうか。ローコード開発ツールが、使えるようになれば、デジタル・リテラシーは、向上したと言えるのでしょうか。AIツールを使えるようになれば、データ活用ができることになるのでしょうか。
こういう議論でいつも取り残されているのが、「目的」つまり「何のために」であり、その目的にかなう人材の「あるべき姿」つまり「何ができる」ことなのかについてです。
DX人材、デジタル・リテラシー、データ活用といった言葉に縛られ、これら言葉が登場した背景、何のために何をすることなのかを問うことなく、それら言葉に関係のありそうなスキルセットを並べて、その研修を組み立てようします。「目的」と「あるべき姿」が、ないままに、ツールや手段の訓練が行われます。
「DXとは何か」、「何をすればDXなのか」、「この取り組みはDXと言えるだろうか」など、流行り言葉に合わせようと悩んだところで、業績の改善や事業の変革には、何の役にも立ちません。ツールの使い方を身につけても、「何のためにそれを使うのか」がなく、職場にそのための具体的な使い道がなければ、何の役に立つのでしょう。
まずは、いま自分たちが於かれている状況を冷静に捉え、正しい危機感を持ち、自分たちの事業や職務、あるいは、キャリアについての課題を理解することです。その課題を解決することが「目的」であり、そのためには、どうこうことができなくてはならないのか、何をしなければならないのかが、「あるべき姿」です。DXであるかないかなどは、どうでもいいことです。
デジタル人材育成の3つのシナリオ
「目的」と「あるべき姿」を前提に、次の3つのシナリオを考えてみました。
実践リーダーの育成:
【目的】事業戦略の変革や新規事業の開発を推進、加速させるため
【あるべき姿】以下の通り、
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- 経営や事業の現状を俯瞰、整理して、課題と原因を定義できる。
- 経営者や事業部門が示した事業課題を考察し、課題の精緻化や明確化を支援できる。
- デジタル技術やデジダル・ビジネス・モデルについての広範な知見を有している。
- デジタルについての知見を生かして、事業課題を解決する戦略を描ける。
- 描いた戦略の実践を主導、または事業責任者の伴走者として支援できる。
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【対象者】選抜社員
常識と世論の醸成:
【目的】変革に前向きな社内世論を形成し、実践のスピードを加速するため
【あるべき姿】以下の通り、
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- デジタル技術とその活用方法についての基本的な知識を有している。
- デジタル技術が、自分たちの業務とどう関わり、役立っているのかを知っている。
- 最新の動向を知り、これを活用することへの抵抗がなく、実践リーダーの取り組みを現場で支援できる。
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【対象】全社員
実用スキルの習得:
【目的】業務の効率化や改善を加速するため
【あるべき姿】以下の通り、
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- 新しいデジタル・ツールを試してみることへの抵抗がない。
- 実務の現場での効率化や改善に役立つツールを使いこなせる。
- 実務経験を活かして、ツールの活用範囲を拡げることや、新たなツールの発掘に貢献できる。
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【対象】全社員(実務の必要に応じて)
言葉に惑わされることなく本質を問うことです。それこそが、デジタル時代にふさわしい人材を育てることになるのだと思います。
リスキリングとデジタル人材の育成
「リスキリング」という言葉を目にする機会が増えています。一方で、「DX研修」や「デジタル・リテラシー研修」も注目をされるようになりました。しかし、これらの関係を曖昧なままに、「リスキリング研修」などという言葉が使われることがあります。
「リスキリング」とは、「異なる業務や職業に就くために、必要なスキルを獲得させること」です。
この言葉は、2018年の世界経済フォーラム(ダボス会議)で取り上げられたことがきっかけとなって、注目されるようになりました。この年のダボス会議の中で、8,000万件の仕事が消滅し、9,700万件の新たな仕事が数年の内に生まれるとの予測が報告されました。そして、今後新たに生まれる仕事につくには、いまのスキルではできないので、社会全体でリスキリングに取り組む必要があるとの提言がなされたのです。
このことからも分かるとおり、「リスキリング」は、いまの仕事に必要なスキルを磨くことではなく、これから生まれる新しい仕事に適応できる新しいスキルを獲得することを目指すものです。
昨今、データ活用や新しいITツール、クラウド・サービスを使いこなせるようにするための研修を行っている企業が増えています。しかし、このような研修を受けて現場に戻っても、仕事はこれまでと同じでは、「リスキリング」にはなりません。まずは、「新しい仕事」を用意して、そこに移動することを前提にしなくてはなりません。
もちろん、データ活用やITツールの研修は、いまの仕事の効率化や改善に役立ちます。変革を主導するリーダーシップを育むことも必要です。このような研修は、前節で紹介した、3つの人材育成が担う話しです。
「リスキリング」は、これとは違います。経営戦略あるいは事業変革の一環として取り組むものです。
先に述べた3つの人材育成は、個人の自発的な好奇心、改善、成長の意欲を頼りに、学びの機会を与えるために行います。目的は、人材の質を高めることで、古い知識やスキルを時代に即したものへとアップデートすることです。つまり、個人のスキル強化や知識のアップデートであり、現場改善です。
一方、「リスキリング」は、事業転換が目的です。配置転換、新会社への出向や転籍といった人事施策が、前提として用意されていて、そんな新しい職場で必要とされるスキルを獲得することを目指します。
ある大手自動車部品メーカーの「リスキリング研修」をお手伝いさせて頂いたことがあります。研修の目的は、ハードウェア・エンジニアを、ソフトウエア・エンジニアへと転換することが目的です。この会社は、自動車部品が商品ですから、ハードウェア・エンジニアが沢山います。しかし、自動車部品におけるソフトウェアの役割が拡大する中、ソフトウエア・エンジニアを増やす必要に迫られました。そのための取り組みとして、実施されたのが「リスキリング研修」です。
まだ、進行中の段階ではありますが、うまくいっているそうです。その理由として、ハードとソフトのエンジニアに共通に必要とされる数学や工学についての基本的な素養があるからです。扱う対象が変わっても、エンジニアとしての共通の基礎が土台にあるので、スムーズに転換が進んでいるそうです。
この事例からも分かるとおり、「リスキリング」のための研修と配置転換は、一体です。「個人のスキルアップや現場改善のための研修」と「リスキリングのための研修」は、目指している「目的」も「あるべき姿」も違いますから、施策としても分ける必要があります。
研修は手段であり目的ではない
目的もなく、必要な知識やスキルの定義もなく、「研修」を実施しても、業務の改善や業績の向上に結びつくことはありません。それでも「研修」をするのなら、その目的は、「エンターテインメント」です。プロの講師であれば、受講者を惹き付け、飽きさせず、いい勉強になったと言わせることはできます。しかし、このような研修でいいのかどうかは疑問です。
「エンターテインメント」でも、「きっかけ作り」として、役に立つことはあります。ただ、そのためには、「エンターテインメント」の先の動線、あるいはその他の施策との一連のシナリオを考えておく必要があります。
「研修を開催することが仕事」だと割り切るならば、そこまで難しく考える必要はありませんが、本当にそれでいいのかは疑問です。
研修担当者が、先ずやらなくてはならないのは、「手段」と「あるべき姿」を決めることです。「内容をどうするか」は、講師に「提案」をさせればいいのです。そこまでやって、真っ当な提案が返って来なければ、その講師に頼むべきではないでしょう。
もちろん、まともな講師の「提案」であっても、100%受け入れる必要はありません。これをたたき台にして、議論を重ね、内容を洗練させていくべきでしょう。しかし、最初の提案のデキがわるければ、まともな議論ができません。まずはここで提案の質を見極めておくべきです。そんな両者のやり取りがあってこそ、目的にかなう手段としての「研修」ができるのです。
【募集開始】次期・ITソリューション塾・第44期
次期・ITソリューション塾・第44期(2023年10月4日[水]開講)の募集を始めました。
ChatGPTをはじめとした生成AIの登場により、1年も経たずにで、IT界隈の常識が一気に塗り替えられました。インターネットやスマートフォンの登場により、私たちの日常が大きく変わってしまったことに匹敵する、大きな変化の波が押し寄せています。ブロックチェーンやWeb3、メタバースといったテクノロジーと相まって、いま社会は大きな転換点を迎えています。
ITに関わる仕事をしているならば、このような変化の本質を正しく理解し、自分たちのビジネスに、あるいは、お客様の事業活動に、どのように使っていけばいいのかを語れなくてはなりません。
ITソリューション塾は、そんなITの最新トレンドを体系的に分かりやすくお伝えすることに留まらず、その背景や本質、ビジネスとの関係をわかりやすく解説し、どのように実践につなげればいいのかを考えます。
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
- IT業界以外から、SI事業者/ITベンダー企業に転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に関わられる皆さん
以上のような皆さんには、きっとお役に立つはずです。
詳しくはこちらをご覧下さい。
- 期間:2023年10月4日(水)〜最終回12月13日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週(水曜日)18:30-20:30 の2時間
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み99,000円)
- 内容:
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- IT利用のあり方を変えるクラウド・コンピューティング
- これからのビジネス基盤となるIoTと5G
- 人間との新たな役割分担を模索するAI
- おさえておきたい注目のテクノロジー
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- アジャイルの実践とアジャイルワーク
- クラウド/DevOps戦略の実践
- 経営のためのセキュリティの基礎と本質
- 総括・これからのITビジネス戦略
- 特別補講 *講師選任中*
詳しくはこちらをご覧下さい。
書籍案内 【図解】コレ一枚でわかる最新ITトレンド 改装新訂4版
ITのいまの常識がこの1冊で手に入る,ロングセラーの最新版
「クラウドとかAIとかだって説明できないのに,メタバースだとかWeb3.0だとか,もう意味がわからない」
「ITの常識力が必要だ! と言われても,どうやって身につければいいの?」
「DXに取り組めと言われても,これまでだってデジタル化やIT化に取り組んできたのに,何が違うのかわからない」
こんな自分を憂い,何とかしなければと,焦っている方も多いはず。
そんなあなたの不安を解消するために,ITの「時流」と「本質」を1冊にまとめました! 「そもそもデジタル化,DXってどういう意味?」といった基礎の基礎からはじめ,「クラウド」「5G」などもはや知らないでは済まされないトピック,さらには「NFT」「Web3.0」といった最先端の話題までをしっかり解説。また改訂4版では,サイバー攻撃の猛威やリモートワークの拡大に伴い関心が高まる「セキュリティ」について,新たな章を設けわかりやすく解説しています。技術の背景や価値,そのつながりまで,コレ1冊で総づかみ!
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【特典2】本書で扱うには少々専門的な,ITインフラやシステム開発に関わるキーワードについての解説も,PDFでダウンロードできます!
2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。