リスキリングは異なる業務や職業に就くために必要なスキルを獲得させること
「リスキリング」の役割は、「異なる業務や職業に就くために、必要なスキルを獲得させること」です。
この言葉は、2018年の世界経済フォーラム(ダボス会議)で取り上げられたことがきっかけとなって、注目されるようになりました。この年のダボス会議の中で、8,000万件の仕事が消滅し、9,700万件の新たな仕事が数年の内に生まれるとの予測が報告されました。そして、今後新たに生まれる仕事につくには、いまのスキルではできないので、社会全体でリスキリングに取り組む必要があるとの提言がなされたのです。
このことからも分かるとおり、「リスキリング」は、いまの仕事に必要なスキルを磨くことではありません。これから生まれる新しい仕事に適応できる新しいスキルを獲得することを目指すものです。
昨今、「リスキリング研修」と称して、データ活用や新しいITツール、クラウド・サービスを使いこなせるようにするための研修を行っている企業があります。しかし、このような研修を受けて現場に戻っても、仕事はこれまでと同じでは、「リスキリング」にはなりません。まずは、「新しい仕事」を用意して、そこに移動することを前提に、取り組まなくてはなりません。
もちろん、データ活用やITツールの研修は、いまの仕事の効率化や改善に役立ちます。ただ、「リスキリング」と称する以上は、経営変革の一環ととらえ、経営課題として取り組むべきでしょう。しかし、現実には、これを人事や人材開発の部署に丸投げし、結果として、現場改善の取り組みにしか使われないようでは、本来の意味での「リスキリング」ではありません。
終身雇用の幻想、社会的価値の必然
終身雇用は幻想となりました。終身雇用は、いまの仕事の中で、経験を積み上げ、その範囲でスキルを磨いていけば、雇用が保証される仕組みです。従業員は、生涯にわたる生活の安定と活躍できる場所が得られる一方で、企業側は安定した労働力が確保できます。
このような相互補完的な利害の一致は、双方にとって魅力的ですが、その前提は、企業が存続し、事業が継続し続けることです。その事業に見合うスキルを活かせる仕事やポストを提供できることが前提です。
高度成長期ならば、企業はどんどん大きくなり仕事の量もポストの数も増えていきました。しかし、ビジネス環境がめまぐるしく変わり、将来を予測できないVUCAの時代になり、また、社会全体の経済規模の拡大も見込めません。さらには、テクノロジーの急激な発展と、これを武器にしたデジタル・ネイティブの台頭により、新たな競争原理に対処することを強いられ、これまでのやりかたのままで事業を存続させることが難しくなりました。
この事態に対処すべく「変革」だとか「DX」が叫ばれ、それと抱き合わせでリスキリングの必要性が叫ばれているわけです。しかし、例えリスキリングをしたとしても、社内という枠組みの中で、次の受け皿を作ることは、もはや容易なことではありません。だから、新たな事業ニーズに対応するための人材の入れ替え(というリストラ)や事業再編、異業種との合弁設立など、社外をもふくめた大きな枠組みで取り組む必要が生まれています。つまりリスキリングの後の行き先は、社内とは限らず、社外も含めた選択肢となるわけです。
リスキリング研修は、そこまでも視野に入れた取り組みとして、戦略を組み立てる必要があるのです。
社会的価値を追求しなければ苦労する時代
そんな時代だからこそ、どこにいっても通用する自分になること、すなわち「社会的価値」を高めてゆくことに、真摯に向き合わなければなりません。
「社会的価値」とは、会社や地域の文脈に依存せず広く社会に求められる存在であることを意味します。「社会的価値」を手に入れるには、リスクを冒してでも、自らを世間に晒し、様々な人のつながりやいろいろな経験を通じて、自らの覚悟を育ててゆくことです。転職や独立も、そんな社会的な価値を高める手段になることもあります。しかし、自分が、日頃から「社会的価値」を高めることに関心を持っているのか、そのための行動をしているのかをまずは問うべきでしょう。それがなければ、転職も独立も、選択肢は限られてしまいます。
成り行きでは「社会的価値」は、高められません。自分の意志で行動を起こすことです。まわりが、与えてくれることではありません。「まずは覚悟を決めてから」などと行動を先送りしてはいけません。まずは、行動することです。その結果として、覚悟は固まります。
「社会的価値」とは、「どこに行っても通用する存在」ということです。そのための行動習慣を持っていることが前提です。
社会的価値を高めるために行うべきこと
自分の感性に従って「面白そうだからやってみる」ことです。これをやれば給与が上がる、待遇が良くなるからではありません。それは、いまの流行なんて長続きしないからです。自分の向き不向きも、過去の限られた経験の中での、自分の勝手な思いこみです。それが正しいという保証はどこにもありません。しかも、これから沢山の仕事がなくなり、新しい仕事が生まれてきます。それにふさわしいスキルとは何かを、頭の中の想像や妄想で決めてしまうことなど、できるはずがありません。
だから面白そうなことに飛びつき、徹底していじり倒し、また新しいことが登場したら、また飛びついてみる。そういう体験から得られる感覚の積み上げで、判断を下すべきでしょう。
いろいろなことをする必要はありません。1つのことを深掘りすれば、必要な情報が増えていきます。結果として、幅広い知識を得られます。そのためには、楽しくて、ワクワクして、長続きできそうなことに取り組むのがいいでしょう。
ワクワクが見つからないのなら、いまやるべきことをやり続けることです。そうすれば、やれることが増え、やりたいことが見つかる可能性があります。何も行動を起こさず、限られた知識の中で妄想して答えを決めるのではなく、まずは行動から始めてはどうでしょうか。
そんな行動習慣があれば、情報は集まり、人のつながりは増え、アウトプットの機会も与えられ、自分を世の中にさらけ出す機会はどんどんと増えます。自ずと、自分の向き不向きも見えてきます。結果として、自分の覚悟は固まり、社会的にも存在感を高められるようになります。
社会的価値を磨く3つのツール
「社会的価値」とは、行動習慣であり、その結果としてもたらされる覚悟です。そんな「社会的価値」は、次の3つのツールを使いこなすことで磨かれます。
1 書く
単語の羅列や箇条書きではなく、文章として書けるようにすることです。単語の羅列や箇条書きは簡便ですが、重大な弱点があります。それは、言葉の要素や概念のあいだに「論理」をつくれないことです。羅列や箇条書きで、関係や構造を考えないまま書き出しだけでは、安易な達成感を味わってしまい、分かった気になってしまいます。当然そんな中途半場な知識では、人に何かを説明するにも筋の通った説明ができません。それが習慣化すると致命的です。
羅列や箇条書きではなく文章にすると、自分の理解の度合い、つまり論理を伴う理解の程度が「見える化」されます。例えば、論理がないと、唐突な展開や文意が通りませんし、単調でつまらないものになってしまいます。文章にして「見える化」することで、はじめてそのことが分かります。だから羅列や箇条書きではなく文章にすることが大切になるのです。
それは、自ずと、他人にも伝わりやすいものになり、自分の存在を分かりやすく伝えることにもなります。
2 描く
分かりやすい図表やチャートで表現することです。「書く」ことで、自分の知識を見える化し、論理構造を与えます。それを誰が見ても直ぐに分かる絵に「描く」ことで、効率よく、そして深く他人に自分の考えを伝えることができます。
絵は文章以上に一人歩きしやすく、印象に残りやすいものです。その価値を駆使できれば、多くの人たちに自分の存在を印象づけることができます。
3 話す
話す上で大切なことは、確信と論理です。確信とは、自分が伝えようとしている内容に迷いがない、大好きである、是非とも伝えたいというパッションです。論理とは、「書く」と同様に、「筋の通った説明」であり、矛盾なく相手に伝えることができることです。
話すテクニックは、確信と論理が前提になければ役に立ちません。テクニックで大切なことは、適切な例え話、緩急とメリハリ、対話力でしょう。例え話は、相手にとって身近な例を引き合いに出して物事の本質を直感的に理解させること、緩急とメリハリは、何が大切かを明確に伝えること、対話力とは、相手の表情や場の雰囲気、質問や反応に臨機応変に対処して相手の知りたいことを伝え、相手の感情の機微に合わせることで、心地よさを与えることです。
社会的価値があるかどうかは他人が決める
例え知識や能力があり、「自分には社会的価値がある」と思っていても、それが相手に伝わらなければ、社会的価値はないも同じです。社会的価値があるかどうかは、自分が決めるのではなく、相手が、あるいは世間が決めることだからです。「書く」、「描く」、「話す」、そのためにも欠かすことができないツールです。
この3つのツールは、AIを使いこなしてゆくためにも必須です。AIは、仕事のパフォーマンスを高めるために欠かすことのできないツールになりました。AIを使いこなせることと、社会的価値を高めることは、同じツール、すなわち、自分の考えていることを確実、正確にアウトプットする能力に依存しています。
このような行動習慣を身につけることは、容易なことではありません。だからこそ、リスクを冒してでも、自らを世間に晒し、様々な人のつながりやいろいろな経験を積極的に作り、このツールを実践で使う機会を増やしてゆく必要があるのです。
もはや、長期安定した確実な未来を描けません。頼れるのは自分自身しかありません。自分の「社会的価値」を高めていくことしかないと、覚悟を決めるべきでしょう。
リスキリングと社会的価値と人的資本経営
未来が予測できない、変化が速い、新しい仕事が生まれる
そんな時代だからこそ、リスキリングは必要とされるわけです。しかし、本来「リスキリング」は、「会社が事業転換を図るための施策の一環」です。しかし、先にも述べたとおり、会社の事業転換は、事業の統廃合や新事業部門の設置などの社内の施策に留まらず、事業売却やM&Aなどの社外をも視野に入れた取り組みとなりました。つまり、リスキリングの後の新しい働き先は、社内とは限らないことになります。
ならば、従業員は、社内で評価されるレベルの知識やスキルで満足するのではなく、社会でも評価されるレベルを目指すべきでしょう。そうしておけば、事業転換がどのような形になろうとも対処できるわけです。
リスキリングを主導する人事や人材開発も同様です。目指すべきは、社内外を問わず、どこに行っても通用するレベルを目指すことです。もちろん段階はあるにしても、中途半端に、基本や初歩のレベルに留めるのではなく、社会に通用する社会レベルを目指すべきです。
そうすれば、それは結果として、社内に大きな価値を生みだし、新しい事業を生みだす原動力になります。これは、とりもなおさず「人的資本経営」へとつながります。
DX研修とデジタル・リテラシー研修とリスキリングと
DX研修やデジタル・リテラシー研修が、大はやりですが、「リスキリング」とは、別の話として、向きあうべきでしょう。
DX研修やデジタル・リテラシー研修など意味がないといっているのではありません。デジタル前提の社会に適応するために、会社を作り変えなければならないいま、そこで働く人たちの常識や価値観、思考や行動の様式を変えることは、必至です。また、最新のデジタル・ツールを使いこなすことができれば、業務の効率化や改善が、大きく進むでしょう。
つまり、従業員の古いOSをデジタル社会にふさわしいOSに入れ替える「DX研修」と普段の仕事に使うツールを最新バーションにアップデートする「デジタル・リテラシー研修」は、いずれも必要です。
一方、「リスキリング」は、新しい事業の受け皿を用意し、この事業に必要とされる知識やスキルを学ばせることで、事業変革のための施策と一体です。この辺りの区別をあいまいなままにしておくと、提供する側も受け取る側も何をやっているのかが分からなくなります。
DX研修とデジタル・リテラシー研修とリスキリングとが、事業戦略や変革の取り組みの中で、明確に位置付けないままに、取り組まれているとすれば、何の成果にもつながりません。結局のところ、無為な時間となり、生産性や士気の低下をもたらしかねません。この辺りは、十分に議論して、位置づけを曖昧にせず、それぞれにふさわしい取り組みを実施すべきです。
【募集開始】次期・ITソリューション塾・第44期
次期・ITソリューション塾・第44期(2023年10月4日[水]開講)の募集を始めました。
ChatGPTをはじめとした生成AIの登場により、1年も経たずにで、IT界隈の常識が一気に塗り替えられました。インターネットやスマートフォンの登場により、私たちの日常が大きく変わってしまったことに匹敵する、大きな変化の波が押し寄せています。ブロックチェーンやWeb3、メタバースといったテクノロジーと相まって、いま社会は大きな転換点を迎えています。
ITに関わる仕事をしているならば、このような変化の本質を正しく理解し、自分たちのビジネスに、あるいは、お客様の事業活動に、どのように使っていけばいいのかを語れなくてはなりません。
ITソリューション塾は、そんなITの最新トレンドを体系的に分かりやすくお伝えすることに留まらず、その背景や本質、ビジネスとの関係をわかりやすく解説し、どのように実践につなげればいいのかを考えます。
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
- IT業界以外から、SI事業者/ITベンダー企業に転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に関わられる皆さん
以上のような皆さんには、きっとお役に立つはずです。
詳しくはこちらをご覧下さい。
- 期間:2023年10月4日(水)〜最終回12月13日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週(水曜日)18:30-20:30 の2時間
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み99,000円)
- 内容:
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- IT利用のあり方を変えるクラウド・コンピューティング
- これからのビジネス基盤となるIoTと5G
- 人間との新たな役割分担を模索するAI
- おさえておきたい注目のテクノロジー
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- アジャイルの実践とアジャイルワーク
- クラウド/DevOps戦略の実践
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【特典2】本書で扱うには少々専門的な,ITインフラやシステム開発に関わるキーワードについての解説も,PDFでダウンロードできます!
2022年10月3日紙版発売
2022年9月30日電子版発売
斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
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