私たちはいま、生成AIの急速な発展と適用範囲の拡大を目の当たりにしている。人間にしかできないことと思っていたことが、AIに取って代わられ、その範囲は、急速に拡がりつつある。
ただ、「人間にしかできないこと」が、テクノロジーに置き換えられることは、AI以前にもあった。例えば、鋤や鍬を使って人手で田畑を耕していた農民は、人手を牛馬に置き換え、さらには耕運機に置き換えた。建設現場では、スコップやツルハシを使って人手で工事をしていた建設労働者は、人手をパワーショベルやブルドーザーに置き換えた。沢山の工員が生産ラインに並んでいた工場でも、ロボットの導入が進み、人間の仕事を置き換えた。
肉体労働だけではない。例えば、戦場では敵陣に正確に大砲の弾を落とさなくてはいけないのだが、そのためには、正確な弾道計算が欠かせない。しかし、コンピューターのない時代、そんな複雑な計算ができる人間を戦場に配置することはできない。そこで、着弾地点までの距離や大砲の角度、火薬の量を一覧にまとめた「数表」を使っていた。「数表」は戦場以外でも、工学、天文学、物理学、化学などの計算作業の労を省くために、広く作られ、使われていた。
このような高度で特殊な計算を専門に行う人たちを「computer(計算作業員)」と呼んでいた時代がある。そんな人たちの知的労働は、いまでは機械の「computer」に置き換えられてしまったわけだ。
もう少し身近な例で言えば、かつてドライブには、道路地図が欠かせなかったが、いまではそれをカーナビが代替してくれる。営業マンであれば、コンパクトな地図帳を持ち歩くのは常識だったが、いまではGoogleマップが、その代わりをしてくれる。結果として、印刷された地図はなくなり、読みとる能力は、これら道具に奪われてしまった。
ただ、そのことで人間の存在意義や役割が失われたわけではない。人間は、それら「道具」を使いこなす術を磨き、それ以前とは比べものにならない生産性の向上やコストの削減、規模の拡大や時間の短縮を成し遂げた。また、様々な分野で自動化が進み、人間は、機械に仕事を任せ、別のことに意識や時間を傾けられるようになった。その結果、テクノロジーをさらに進化させ、自動化の範囲を拡げ、いままた生成AIの登場によって、その範囲をさらに拡大しようとしている。
そんな、生成AIが主に代替するのは、知的力仕事だ。パターンやルールが決まっているが、人間の思考や判断が必要とされるタスクである。例えば、問い合わせへの返信メール、書式の定まったビジネス文書や申請書類の作成、調査報告書の作成、要件定義を実装するためのプログラムのコード生成、プログラムのバクの発見と修正などであろう。
専門的アドバイスも生成AIの得意分野だ。例えば、自分の専門外、あるいは、経験や知識の足りない部分を、知識豊富な専門家(?)である生成AIに尋ねることができ、直ちにアドバイスをもらえる。以前であれば、ベテランの先輩や専門家が、そばにいなければ尋ねることはできなかった。また、ITの分野で言えば、自分では知らない、使いこなしていない機能やデザイン・パターンなどを生成AIは、全て知っているので、それらを総動員して、効率的、効果的な仕様を作り、コードを生成してくれる。
生成AIの発展は、これからもますます知的力仕事や専門的アドバイスにおける精度を高め、その範囲を拡大させていくだろう。しかも、そのスピードは、加速する。結果として、行き着くところ、人間には何が残るのだろうか。
私は、次の3つが、人間にしかできない能力して残るだろうと考えている。
価値を見出す能力
夢や希望、意志や意欲、理想や好奇心といった言葉に置き換えられるし、何かを成し遂げたいという情熱も含まれるだろう。発明や発見も、価値を見出す能力がなければ生まれない。
確かに、発明や発見のための情報の整理や分析は、AIの得意とするところだが、そのアウトプットに価値を見いだすことができなくては、発明や発見にはならない。
この能力は、言語知識だけでは育たない。生活し、体験し、人と関わり、身体的に感じることも必要だ。これは、データから導かれた統計値に依存するAIには持ち得ない能力だ。
コミュニケーション能力
コミュニケーションは、言語的会話だけでなり立っているわけではない。他者への共感、相手を慮っての行動、仲間意識などもまた、コミュニケーションを成り立たせる要件となる。
AIもまた表面的には優れたコミュニケーション能力を発揮するが、それは統計確率論的所産であり、言葉や入力へのパターン化された反応に過ぎない。
人間のコミュニケーションは「反応」するだけではない。結果として、そこに成果を創り出そうとする。相手の意図を読み取り、自らの意図を成果に結びつけようと戦略を織り込む。AIに、そんな駆け引きも含めた高度なコミュニケーションを求めることは難しい。
生存と繁殖の能力
人間に限った話しではなく、生物は長く生き延び、子孫を残すために適応し、進化してきた。AIには、このような生存と繁殖の根源的欲求はない。限定的、表面的な知的機能を模倣し、再現してきたにすぎない。
長い歴史の中で、生存と繁殖を最適化するために、人間は、生物学的にも進化したが、道具を生み出し、文化や芸術、宗教や国家、様々な社会システムをも発展させてきた。つまり、徹底して社会的な存在になることで、最適化してきたとも言える。先に述べた「価値を見出す能力」も、行き着くところは、ここに源泉がある。
また、AIには身体はない。人工筋肉やセンサーを全身に配置したロボットが登場したとしても、人間がもつ身体と知性を一体化した複雑系を人工的に生みだすことは不可能だ。身体がないわけだから、生存と繁殖の必然性はなく、そのための能力が、AIの中で自然発生的に生みだされることもないだろう。
AIも自己防衛や適応範囲の拡大をアルゴリズムに組み込むことはできる。そのような研究も行われているようだ。ただ、それが人間同様の生存と繁殖と同じような、適応と進化によって自律的に作られていくものではなく、人間が初期条件や変化のパラメーターを与えなくてはならない。つまり、人間に依存している。
統計的、論理的な能力に於いては、AIは圧倒的であったとしても、生存と繁殖に最適化しようとの意図をAIは持ち得ない。表現を変えれば、生存と繁殖のために、よりよい社会にしていこうという意図がないわけで、ビジョンやパーパスを自律的に創り出すこともない。
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荒っぽい素人の考察ではあるが、こういうことを誰もが考えたくなるほどに、AIの発展には目を見張るものがある。もちろん、テクノロジーの発展は、AIに留まるものではなく、生物学、工学、化学などの広範な分野で、その発展はめざましい。ただ、AIは、そんなテクノロジーの中でも、影響範囲は著しく広い。つまり、他のテクノロジーの発展を加速する汎用的な技術となっている。
例えば、18世紀後半~19世紀中期の第1次産業革命を支えた蒸気機関は、ものづくりばかりでなく鉄道や船舶にも用途が拡がり、経済や社会の仕組みを大きく変えた。また19世紀後半~20世紀初頭における第2次産業革命を支えた内燃機関(エンジン)や電力もまた社会の隅々に行き渡り、いまでも私たちの社会や生活を支える主要な技術として広く使われている。AIもまた、同様の汎用性を持っている。
このような技術を「汎用目的技術」と呼び、英語では、「GPT:General Purpose Technology)」となる。いま話題のChatGPTで使われているGPT(Generative Pre-trained Transformer)とは、意味は異なるが、奇しくも同じ綴りとなった(これは意図したものなのかどうかは、調べた限りでは分からなかった)。
いずれにしても、AIは、「汎用目的技術」として、私たちの日常や社会に新たな変化を強いろうとしている。そしてそれは同時に、「人間とは何か」を問うことにもなる。多分、蒸気機関が登場したときに、あるいは電力が登場したときに、既存の常識や人間の役割が、新しくアップデートされ、様々な混乱や不安があったであろう。いままた、私たちは、そんな変化の只中にあるのかも知れない。
ただ、かつての「汎用目的技術」とは、大きく異なることがある。それは、スピードだ。かつての何十年ではなく、何ヶ月や何年という時間単位で、私たちは変化を強いられる。果たして人間は、この変化に対処できるのだろうか。いや、事業を継続し、企業を存続させるには、この変化に対処してゆく必要があるわけで、これが、いままでとは本質的に異なる点だ。
結局のところ、AIを使いこなしていくには、あるいは、人間にしか持ち得ない能力をはっきりするには、何をすべきだろうか。結局のところシンプルな結論に至る。
「本を読み、対話し、考察する」
そして使ってみて、結果から判断し、使い方を学んでいくしかない。人間は、これまでにも増して、知性を磨き、その知性を活かしてAIと言う道具をうまく使いこなしていくしかないのだろう。
AIが人間の仕事を奪うという議論は以前からある。しかし、AIはしょせん人間に使われる道具に過ぎない。そう考えれば、AIが人間の仕事を奪うのではなく、AIを使いこなせる人間が、AIを使いこなせない人間の仕事を奪うことになるのだろう。AIを使えば、知的力仕事や専門的アドバイスに関わるタスクで仕事をしている人たちを不要にするからだ。
自分は、どちらの側にいるのだろうか。そろそろそのことを真剣に考えなくてはいけないのかも知れない。
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A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー
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