「共創」という言葉を目にする機会が増えました。SI事業者やIT企業のホームページを見ると経営者のメッセージや事業方針にも盛んに登場しています。
その一方で、何をすることなのかが具体的に示されていることはほとんどありません。そして、それは自分たちで考えろと言わんばかりに現場に丸投げし、現場は大いに混乱し、結局はいまやっていることをそのままに、「共創」事業、「共創」案件と表現を変えるだけの「言葉遊び」をしているようにも感じられます。
「共創」とは、決して「新しい案件獲得の手法」を意味するものではありません。お客様との関係のあり方であり、ビジネスの作り方を意味する言葉です。当然、収益のあげ方や事業目的、業績評価基準や組織のあり方も変革を求められます。
そんな「共創」の本質とは何か、何をすることなのかを整理してみようと思います。
「共創」とは何か
2004年、米ミシガン大学ビジネススクール教授、C.K.プラハラードとベンカト・ラマスワミが、共著『The Future of Competition: Co-Creating Unique Value With Customers(邦訳:価値共創の未来へ-顧客と企業のCo-Creation)』で提起した概念と言われています。「企業が、様々なステークホルダーと協働して共に新たな価値を創造する」という概念「Co-Creation」の日本語訳です。
共創が必要な理由
米コロンビア大学ビジネス・スクール教授、リタ・マグレイスは、自著「The End of Competitive Advantage(邦訳:競争優位の終焉)」中で、ビジネスにおける2つの基本的な想定が、大きく変わってしまったと論じています。
ひとつ目は「業界という枠組みが存在する」ということです。業界は変化の少ない競争要因に支配されており、その動向を見極め、適切な戦略を構築できれば、長期安定的なビジネス・モデルを描けるという考え方がかつての常識でした。業界が囲い込む市場はある程度予測可能であり、それに基づき5年計画を立案すれば、修正はあるにしても、計画を遂行できると考えられてきたのです。
ふたつ目は、「一旦確立された競争優位は継続する」というものです。ある業界で確固たる地位を築けば、業績は維持されます。その競争優位性を中心に据えて従業員を育て、組織に配置すれば良かったのです。
ひとつの優位性が持続する世界では当然ながらその枠組みの中で仕事の効率を上げ、コストを削る一方で、既存の優位性を維持できる人材が昇進します。このような観点から人材を振り向ける事業構造は好業績をもたらしました。この優位性を中心に置いて、組織や業務プロセスを常に最適化すれば事業の成長と持続は保証されていたのです。
この2つの基本想定がもはや成り立たなくなってしまったというのです。事実、業界を越えた異業種の企業が、業界の既存の競争原理を破壊しています。例えば、Uberはタクシーやレンタカー業界を破壊し、airbnbはホテルや旅館業界を破壊しつつあります。NetflixやSpotifyはレンタル・ビデオ業界やエンターテイメント産業を破壊しつつあります。それもあっという間のことです。
「市場の変化に合わせて。戦略を動かし続ける」
そうしなければ、企業のもつ競争優位性が、あっという間に消えてしまうこのような市場の特性を「ハイパーコンペティション」として紹介しています。いまビジネスは、このような状況に置かれています。
この状況では一企業だけで競争優位を生みだし続けることは難しく、「共創」によって競争優位を生みだし続けようという考え方に期待が寄せられています。
共創の3つのタイプ
「共創」は、相手との関係によって3つのタイプに分類することができます。
双方向の関係
価値の提供者である企業が、お客様と対等の関係で議論を進め、共に価値を生み出していく取り組み。自社商品やサービスを売り込むのではなく、お客様の事業課題に共に向き合い、解決方法を考え、新たなビジネス・モデルを作る取り組みです。お客様を駆け引きや交渉の相手ととらえず、私たちが共に当事者としての視点を持つことが重要となります。
共有の関係
コンソーシアムやコミュニティのようなオープンな関係を築き、テーマを共有して知恵を出し合い、議論していく取り組み。特定の誰かに依存し、成果の一方的な受容者となるのではなく、参加メンバーがそれぞれの役割を果たし、自律的にリーダーシップを発揮して、参加者全員で新たな価値を生みだしていくものです。
提携の関係
価値を生みだしたい企業が、自社に不足する要素を他社の協力を得て解決していく取り組み。この関係は発注者と受注者という関係ではなく、共に課題に向き合い、アイデアを出し合って新たな価値を生みだすパートナーシップの意識が必要となります。成果をあげるためには、企業の規模や業界の違いなどによる上下関係を排除する必要がります。
共創の原動力となる「オープン」と「イノベーション」
これら3つのタイプに共通し、欠かせない思想が「オープン」です。参加者が成果を共有し、さらに改善して価値を高め、再びその成果を共有するといったサイクルを維持、拡大してゆくことが前提となります。こうして新たな組合せを、組織を超えて創り出し、従来にない新しい価値を生みだすこと、すなわち「オープン・イノベーション」が、共創を支える原動力となるのです。
共創とは、お客様やパートナーと共にオープン・イノベーションに取り組み、新たなビジネス価値を生みだす取り組み
このように捉えることができるでしょう。
「イノベーション」と「オープン・イノベーション」について、もう少し詳しく見てゆくことにしましょう。
共創とイノベーション
イノベーション
イノベーションという言葉は、20世紀初頭に活躍したオーストリア・ハンガリー帝国生まれの経済学者シュンペーターが、初期の著書『経済発展の理論』の中で、「新結合(neue Kombination/new combination)」という意味で使っています。これは、クレイトン・クリステンセンによる「一見、関係なさそうな事柄を結びつける思考」という定義とも符合します。
つまり、モノや仕組みなどの「これまでに無い新しい組合せ」を実現し、新たな価値を生み出して大きな変化を起こすことを意味しています。「発明(Invention)」することとは異なる概念です。
大きな変化とは、具体的には、「不可逆的な行動変容」です。例えば、2007年のiPhoneの登場により、私たちは、もはやスマートフォンのない生活には戻れません。このように、後戻りのできない行動の変化をもたらすことが、イノベーションの本質と言えるでしょう。
オープン・イノベーション
ハーバード大学経営大学院の教授だったヘンリー・チェスブロウ(Henry Chesbrough)によって提唱された概念。組織内部のイノベーションを促進するため、企業の内外で技術やアイデアの流動性を高め、組織内で生みだされたイノベーションを組織外に展開し、それを繰り返すことで大きなイノベーションを生みだすことを意味します。
チェスブロウはオープン・イノベーションに相対する概念として、自前主義や垂直統合型の取り組みを「クローズド・イノベーション」と名付けました。こうした手法は競争環境の激化、イノベーションの不確実性、研究開発費の高騰、株主から求められる短期的成果への要求から困難となり、社外連携を積極活用するオープン・イノベーションが必要になったとしています。
SI事業者やITベンダーにとっての「共創」とは何をすることなのか
「共創」とは、「企業が、様々なステークホルダーと協働して共に新たな価値を創造する」ことです。つまり、SI事業者やITベンダーが「共創」という言葉を使うのであれば、お客様と一緒になって、課題やテーマを創出し、その解決策を提供しなくてはなりません。お客様から課題やテーマを教えてもらいその解決策を提供することではありません。
そんな「共創」を実践するには、「理解」、「技術」、「人格」が求められます。
理解
お客様の事業についての知識を持ち、深く考察すること。共創の目的は、お客様の事業の成功です。そのような取り組みをお客様と共に取り組むわけですから、お客様の事業やそれを取り巻く環境、経営や業務についての深い理解は欠かせません。
技術
お客様にはない圧倒的な技術力を提供すること。ITを武器に事業の差別化や競争優位の実現を目指すお客様は、ITをコア・コンピタンスの1つと捉え、自らの本業として内製化に舵を切るでしょう。しかし、高い技術力を持つ人材が揃っている訳ではなく、それを補う需要が生まれます。
「技術」に求められるのは、少ない手間で最大のパフォーマンスを発揮することです。例えば、実現したい機能を可能な限り少ないステップ数でコーディングできることやクラウドを駆使してシステム運用できる環境を1日にいくつも構築できることです。テーマが決まれば、AIやIoTを駆使して、これらを実装したビジネス・プロセスをデザインし直ちに構築できることも求められます。
人格
お客様のビジネスを成功させるための共通の価値観を共有し、誠実に取り組むこと。お客様からすれば、自分たちの一大事を一緒に取り組もうというわけです。熱意や真摯さ、共感を前提に、自分たちと同じ価値観を共有できる信頼に値する人格の持ち主でなければ、受け入れてはもらえません。
この3つの要件を満たすことで、「この人たちと一緒に取り組みたいと」と相手を惚れさせなくてはなりません。
このような関係を築くには、上記を自らも実践し、その体験から得たノウハウやスキルを蓄積することが必要です。それを模範としてお客様に提供し、お客様とともに新たな価値を創り出すことが、「共創」を行うことになるのです。
変化が速く、将来が予測できない世の中にあって、唯一絶対の正解を見つけ出すことは困難です。お客様もまた、そんな世の中に対応してゆかなければならないとの危機感を募らせています。しかし、何をすればいいのか分かりません。そこで、ITのプロとして、お客様の良き相談相手となり、何が正解かを一緒に悩み、知恵を絞り、試行錯誤して、お客様の事業の成果に貢献することが、求められているのです。
「共創」とはそんなお客様との関係を築くことであり、その結果として、自分たちのビジネス機会を生みだしてゆくことだといえるでしょう。
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2022年10月3日紙版発売
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斎藤昌義 著
A5判/384ページ
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
ISBN 978-4-297-13054-1
目次
- 第1章 コロナ禍が加速した社会の変化とITトレンド
- 第2章 最新のITトレンドを理解するためのデジタルとITの基本
- 第3章 ビジネスに変革を迫るデジタル・トランスフォーメーション
- 第4章 DXを支えるITインフラストラクチャー
- 第5章 コンピューターの使い方の新しい常識となったクラウド・コンピューティング
- 第6章 デジタル前提の社会に適応するためのサイバー・セキュリティ
- 第7章 あらゆるものごとやできごとをデータでつなぐIoTと5G
- 第8章 複雑化する社会を理解し適応するためのAIとデータ・サイエンス
- 第9章 圧倒的なスピードが求められる開発と運用
- 第10章 いま注目しておきたいテクノロジー