コンピューターが登場して70年の歳月が流れた(商用コンピューターのさきがけとなるUNIVAC Iの初号機が、出荷されたのが、1951年6月14日である)。当初コンピューターは、製品ごとに動作原理は異なり、ソフトウェアとハードウェアの役割分担も個別で、それを利用するには、メーカーに頼る必要があった。
1964年4月7日に発表されたSystem/360は、この流れを大きく変える出来事だった。この製品の最大の特徴は、コンピューターの動作原理・設計仕様を標準化したことだ。この「System/360アーキテクチャ」と呼ばれる仕様に従ってソフトウエアを作れば、顧客は、最初は小さめのシステムを購入して、後で自社の業務規模の拡大に合わせて上位機種へ移行しても、アーキテクチャーが同じなので、ソフトウェアを書き換えることなく利用することができた。この考え方は、その後の様々なコンピューターの設計に広く受け継がれてゆく。
ちなみに、「System/360アーキテクチャ」は、続く製品にも受け継がれ、System/370、System/390だけでなく、最新のSystem zまで、60年近くにわたり、上位互換性を維持し続けている。
また、「アーキテクチャー」を公開したことにより、メーカーに頼らなくても自分たちでソフトウエアを開発することが容易になった。その結果、ソフトウエアを自社で内製するようになり、さらには、公開されたアーキテクチャーに合わせて、メーカー以外の企業がソフトウェアを開発し、パッケージ製品として販売できるようになり、コンピューター産業のエコシステムが拡大する。
さらに、ソフトウェアの受託開発を主要業務とする「ソフト・ハウス」と呼ばれる事業形態も登場し、内製では賄いきれない旺盛な開発需要を社外に委託する動きも拡大し、それがいまのSI事業者につながっている。
この流れを大きく変えるきっかけとなったのは、1990年のインターネットの登場だ。当初は、一方通行の電子メールやWebだった(web1.0)が、2000年代に入り、ECサイトやSNS、ブログなど、双方向でやり取りができる仕組み(web2.0)が普及し、新しい経済の基盤としてインターネットが注目されるようになる。
2007年のiPhoneをきっかけに、インターネットは、常時接続が当たり前になり、スマートフォンだけではなく、あらゆるものがつながる時代を迎えた。その結果、情報は瞬時に世界を駆け巡り、政治や経済、人の意識や行動は、その影響を受けて、複雑に、あっという間に変わってしまう「不確実な時代」へと変わってしまった。
この「不確実な時代」に対処する唯一の方法は、変化に俊敏に対応できる圧倒的なスピードだ。なぜなら、正確に未来を予測して計画を立て、PDCAを回すことが難しいからだ。ならば、次のようなやり方を取るしかない。
- いまの変化を直ちに捉える
- その時の最善を選択して実行する
- その結果から学んで改善を高速に繰り返す
情報システムもまた、この価値観が求められているが、受託開発に頼っていては、対応は難しい。そこで、自社内でシステムを開発、あるいは運用できる能力を持とうという企業が増えている。これが、「内製化」というムーブメントだ。
改めて、この歴史を俯瞰すれば、商用コンピューターが登場した1950年代を「前近代」と呼ぶことにしよう。製品毎に個別に設計されたハードウェアとソフトウェアの関係もまた個別であり、それを使うためにはメーカーに頼らなければならなかった。
1964年にSystem/360が登場して、ハードウェアとソフトウエアの関係が標準化され分離して扱えるようになり、両者に関わる仕事を分業できる時代を「近代」と呼ぶことにしよう。
2000年代に入り、インターネットの普及とともに「不確実な時代」を人々は意識するようになった。それによって、変化に俊敏に対応できる圧倒的なスピードが求められるようになり、ITに求められる要件も大きく変わった。そんな時代を「ポスト近代」と呼ぶことにしよう。
そんな「ポスト近代」を象徴する出来事が、2001年の「アジャイルソフトウエア開発宣言」だ。仕様書や当初の計画に従って作ることよりも、現場と対話し計画の変更を積極的に受け入れながら、ビジネスの成果に貢献することを目指すというものだ。
DevOpsもまたこの価値観を開発だけではなく運用にも拡げるものだし、マイクロサービスやサーバーレス、コンテナなどもまたこの延長にある。昨今のクラウド・サービスは、このような「ポスト近代」のテクノロジーやメソドロジーの利用を前提に、サービスの充実を図っている。
「ポスト近代」の情報システムの底流にある価値観を整理するならば、「コンポーザブル」、「データドリブン」、「自律分散」となるだろう。
「コンポーザブル(composable)」とは、「構成可能な」と言う意味で、複数の要素や部品などを結合して構成することで実装するシステムを意味する。つまり、できるだけプログラム・コードを書かずに、複数の機能で構成されたコンポーネント、あるいは、何らかの業務プロセスを提供するサービスをAPIで連係させ、ITサービスを実現するという考え方だ。
このような考え方でシステムを作れば、それぞれの機能の品質は予め保証され、サービスの実現や変更は、迅速になる。
ユーザーが求めているのは、プログラムを納品してもらうことではない。いち早くサービスを利用することだ。その点からも理にかなっているし、そのためのテクノロジーやサービスも充実しつつある。
PaaSやSaaS、APIエコノミー、サーバーレス、マイクロサービス、コンテナなどは、まさに「コンポーザブル」という価値観に基づく、テクノロジーと言えるだろう。
「データドリブン」とは、現場の事実をデータで捉え、そこから学んで、直ちに改善し、現場にフィードバックするという考え方だ。経験や勘だけに頼るのではなく、データという事実に基づく高速な最適化と改善の繰り返しである。これができるようなれば、変化への俊敏な対応が実現する。
そのためには、ビジネス・プロセスを徹底してデジタル化し、あらゆるものごとやできごとからデータを得られるようにすることが必要となる。ERPの進化や機械学習、モバイルやWeb、IoTなどは、そんな潮流の中にある。また、そんなデータからのフィードバックをうけて、改善を繰り返すためにアジャイル開発やDevOpsが必要となる。
「自律分散」とは、変化への俊敏な対応を実現するための前提となる組織の価値観あるいは行動様式だ。圧倒的なスピードを実現するには、認知−>意志決定−>行動のタイムスパンを短くしなければならない。そのためには、ビジネスの当事者である前戦あるいは現場に、大幅に権限を委譲し、このタイムスパンを最短にすることだ。もちろんその前提として、現場は常にオープンに情報共有され、誰もがそれにアクセスできる。
このような価値観が前提になければ、アジャイル開発やDevOpsは機能しない。メソドロジーやツールは、この価値観の体現にすぎないからだ。当然ながら、先に挙げた様々なテクノロジーもまた、「自律分散」という組織風土を反映しているし、その前提がなければ、十分に機能しない。
「ポスト近代」の底流に流れる価値観が、「コンポーザブル」、「データドリブン」、「自律分散」であるとすれば、「近代」は、「個別丁寧」、「経験至上」、「組織統率」となるだろう。
未だ多くのSI事業者は、「近代」の価値観で事業を行っている。これからを考えるのであれば、まずはこの価値観を「ポスト近代」に置き換える必要がある。表面的なテクノロジーのトレンドやバズワードに惑わされるのではなく、その底流にある流れを受け入れ、事業のあの方を考えるべきだろう。
先にも述べたが、「ポスト近代」は、20年前に始まっているし、その知見はすでに十分に蓄積されている。新しい話しではない。
「近代」的価値観の視点から、いまの変化を読み解くことはできない。当然、「ポスト近代」に沿った戦略も描けない。これを一旦棚上げすることだ。そして、「ポスト近代」に目をむけば、自ずと何をすればいいのかが見えてくるのではないか。
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