人月ビジネスの限界を見据え、SI事業者の中にはプラットフォーマーとして、新たな収益の源泉を築こうとしている企業が増えてきた。しかし、この取り組みの多くは、成果を出せないだろう。それは、彼らの組織のあり方や企業文化に根ざした課題が、なおざりにされているからだ。
「エコシステム」という言葉がある。本来は自然界における生態系を指す英語「ecosystem」であり、動植物の食物連鎖や物質循環といった生物群の循環系を意味している。これがビジネスの用語へと転化し、経済的な依存関係や協調関係、または強者を頂点とする新たな成長分野でのピラミッド型の産業構造といった企業間の連携関係を表すのに用いられている。
その形態を見れば、両者は似通っているが、形成過程はまったく異なっている。自然界における「エコシステム」は、長い期間をかけて自律的・自然発生的に形成され、生存にとって都合がいいような相互依存的関係を形成する。そこに特定の主導者が存在することはない。
一方、ビジネスにおける「エコシステム」は、短い期間で特定の個人や企業が自らの意図を持って形成するもので、それぞれが自分たちの収益を拡大するための共栄共存的関係によって成り立っている。このエコシステムの形成を主導する立場にある個人や企業は、ここに関わる他者に対して共栄共存というインセンティブは提供するが、主導者自らは排他的利益すなわち絶対的な優位を確保しようと積極的にイニシアティブを取ろうとする。そうやって、自分たちの優位を確保しながら、他社を巻き込み、自らのビジネスの拡大を図ろうとする。
いまのプラットフォーム・ビジネスとは、このようなビジネス・エコシステムを形成できるかが成否を分かつ。GAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)やBATH(Baidu/百度、Alibaba/阿里巴巴集団、Tencent/騰訊、Huawei/華為技術)などのビッグ・テックは、その象徴とも云える存在だ。
このようなプラットフォーム・ビジネスには5つの不可欠な要件がある。
- 未来を見通した知的で魅力的なビジョン
- カリスマ的情熱を持ったリーダーシップ
- 積極的な投資
- 自前での開発力とサービス力
- 自分たちのDX
「プラットフォーム・ビジネス」を模索するSI事業者は多いが、この5つの要件を満たす企業は少ない。そんな彼らが「プラットフォーム・ビジネス」を成功させることは難しいだろうと考えている。
1.未来を見通した知的で魅力的なビジョン
多くのSI事業者は、自分たちのこれまでの経験や既存の顧客、自分たちができることを前提に新しい「プラットフォーム」ができないかと考える。AIやIoTが流行だから、それも味付けに加えたい。そして、これまでに無い”画期的”なプラットフォームを創ろうとの考えだ。
世の中をどのように変え、これまでの常識をどうかえるのか、それによっていかなる顧客価値を創出するのか、そんな議論がないままに「できること×新しいこと×流行の技術」といった手段を使うことを目的にプラットフォーム・ビジネスを考えている。Purposeすなわち、このビジネスがどのような社会的価値を創出し、誰しもが認める存在意義を明確にしないままに、カタチを作ろうとする。これでは、まったく魅力がない。そのようなところに人は集まらないし、エコシステムが生まれることはない。
2.カリスマ的情熱を持ったリーダーシップ
意志決定が調整や根回しによって行われる組織においては、「カリスマ的リーダーシップ」を発揮する人材は異物であり、排除あるいは関わらないことが「よし」とされている。加えて、新しい取り組みは、「放課後のクラブ活動」であり、本業すなわち自分の業績評価や人事査定に直接関わる業務を持つ人たちの中から、「タスク・チーム」や「プロジェクト・チーム」というテンポラリー組織を作って取り組むことが多い。「君は優秀だから」とか「期待している」という言葉に最初はその気にもなるが、なかなか成果が見えてこない。(あたりまえのことだが)、本業が忙しくなる、あるいはトラブル発生となれば、そちらを優先するのは必然であり、結果としてチームは機能しなくなる。そういう建て付けで、「カリスマ的情熱を持ったリーダーシップ」を期待することはできない。
3.積極的な投資
大手SI事業者の多くはかつてメーカーであり、自社製品を差別化の武器としていた。例えば、IBM、ユニシス、NEC、富士通、日立など全てメインフレーム・メーカーであり、自社の製品を軸に排他的なエコシステムを作っていた。製品を持たないSI事業者も、それら製品の競争力や彼らの事業戦略を利用して、それぞれに都合のいいエコシステムに参加することで、そこから収益を上げることができた。
そんな競争力の中核となる自社製品の開発のためにメーカーは積極的な投資を惜しまなかった。だから、自らのエコシステムでイニシアティブを確保できたと言ってもいいだろう。
しかし、メインフレームはMicrosoftとIntelに席巻され、差別化できる製品を失いエコシステムの中核を失ってしまった。それに代わる新たなエコシステムの中核とし、プラットフォームを位置付けようとの思惑があるのだろうが、かつてのように十分な投資の覚悟がなければ、魅力的で差別化できるプラットフォームを作ることは難しいだろう。
なにも最初から大ばくちをしかけ、リスクを冒す必要はないが、積極的に投資するという戦略オプションを持たず、現場を叱咤激励するだけに留まっているだけでは、現場の覚悟は定まらない。
それでいて、言葉だけは3年後10億円、あるいは5年で100億円のビジネスにしてほしいといった精神論が上から降ってくる。そこに何ら根拠はない。その言葉がただの「ことば」であることは分かっているので、現場もまた「がんばります」とただの「ことば」を返す。そのようなビジネスがうまくいくとは到底思えない。
4.自前での開発力とサービス力
世の中は、「モノ中心」のビジネスから「サービス中心」のビジネスへと大きく流れを変えている。5Gの普及によってネットワーク環境が進化すればIoTはもはやデフォルトの時代を迎え、モノのサービス化がこれまでにもまして加速するだろう。そうなれば、製造業もまた自らをサービス産業へと転換しなければ生き残れない時代になる。トヨタのMONET TechnologiesやWOVEN City、日産のEasy Ride、コマツのSMART Constrictionなどは、まさにそんな世の中の変化を象徴している。彼らは、「サービスも提供できる製造業から、製造もできるサービス業へ」の転換を図ろうとしているのだ。
働く場所を地理的、物理的に拘束することも非常識な時代となるだろう。この要請に応えようとすれば、徹底したペーパーレス化やオフィースワークのサービス化も不可避になる。
クラウドの進展もこの変化を後押しする。もはやコンピューティング・リソースは物理的実態(=モノ)から、電気やガス、水道のようなユーティリティ・サービスとして使うことが当たり前になりつつある。
まさに世の中は「サービス中心」へと急速に動いている。
サービスは、顧客のニーズの変化に俊敏に対処できることが前提になる。それができなければ、顧客は簡単に他のサービスに乗り換えてしまう。そのためには「仕様を固めて、時間をかけて、システムを作って納品する」から、「変化する現場のニーズにジャストインタイムでサービスを提供する」ことへとITの作り方、使い方を変えなくてはならない。アジャイル開発やDevOps、コンテナやサーバーレス、マイクロサービスやクラウド・ネイティブは、このような「サービス中心」のビジネスを支える前提となる。いや、そんな時代だからこそ、このようなテクノロジーが、磨かれてきたのだ。
プラットフォーム・ビジネスもこの状況に対処できなくてはならない。つまり、エコシステムの中核であり、競争力の源泉たるプラットフォームは、顧客のフィードバックを受けとめて迅速にサービスを開発・改善できなくてはならない。しかし、自前で開発者を持たず、外注に任せることでそのマージンを得るビジネスに依存してきたSI事業者の中には、その覚悟も施策もないままに、プラットフォーム・ビジネスに取り組もうとしているところもあるようだ。これでは、ビジネスを立ち上げることも存続させることも難しいだろう。
5.自分たちのDX
本来DXとは、「予測不可能な社会に適応するために、変化に俊敏に対応できる企業文化や体質を変革すること」を意味し、デジタルは、その前提であり、手段である。しかし、自分たちの足下は、そんなDXとおおきくかけ離れている。例えば、社内から利用できるクラウド・サービスが制限されている、未だ社内で電子メールを使っている、紙の報告書と印鑑があるために働く場所が制約されている、対面での会議が重視されている、PPAPが使われているなどだ。この現実に目をつむったままで、プラットフォーム・ビジネスを提供することは無理な話であろう。
お客様のDXを支えることがプラットフォームを目指すのであれば、それができていない組織やチームが、できるはずはないう。他社のために魅力的な価値を提供するのであれば、まずは自らが他社から見て魅力的と思ってもらえるような存在になるべきだ。
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このような5つの要件を満たせない企業が、プラットフォーム・ビジネスを成功させることは難しいだろう。
では、どうすればいいのか。もちろん、上記要件を満たすべく、自らの変革を進めることはひとつのやり方だが、まずは「既に成功しているプラットフォームに乗る」のが、現実的ではないだろうか。
かつて、メインフレームがMicrosoftとIntelのプラットフォームに移っていったとき、多くのSIerはこの新しいプラットフォームに乗り換えてビジネスを維持してきた。いまそのプラットフォームが、AWS、Azure、GCPへと移りつつある。中小あるいは中堅のSI事業者であればkintoneなどの選択肢もあるだろう。他にも魅力的なプラットフォームは数多く存在する。
もちろん、自らがプラットフォーマーになることを否定するものではない。しかし、上記のような要件を満たせなければ、成功は覚束ない。ならば、まずはそんな成功者たちのエコシステムに徹底して関わり存在感を高め、そのエコシステムの魅力を利用して、ビジネス・チャンスを生みだしていくのが、当面の現実的なアプローチではないか。
気をつけるべきは、彼ら成功者たちは、表向きはOpenを装っているが、そのサービス自体はロックインを狙っていることだ。それらを理解した上で、彼らを使いこなしていく度量と技術力が必要になる。
そんなやり方で培ったノウハウは、将来自分たちのプラットフォームを作る上で大いに役に立つだろう。そんな戦略的割り切りもあっていいように思う。
不確実性の高まる時代にあって、自分たちのプラットフォームの価値を維持し続けることは容易なことではなく、よほどの覚悟が必要だ。その覚悟を土台に上記の5つの要件を満たす迅速な行動がとれるのであればいいが、それができないのであれば、現実解に向きあってはどうだろう。
「既に成功者たちのプラットフォームに乗っている」と考えている企業は多いだろう。しかし、本当に覚悟を決めて徹底している企業は少ない。例えば、「AWSなら・・・」、「Microsoft Azureなら・・・」、「SAPなら・・・」といった、誰もが思い浮かべる企業になっているかということだ。中途半端に片足を突っ込むのではなく、徹底して成功者のプラットフォームを極め、そのエコシステムで存在感を示してこそ、ビジネスを伸ばすことができる。そんなやり方もプラットフォーム・ビジネスの選択肢として、捉えてはどうだろうか。
消極的な施策と写るかもしれないが、企業文化を根本的に変革することは容易なことではない。ならば、成功者たちのプラットフォームに徹底的に関わってゆくことで、その感性を学び、自らの変革の原動力としてはどうだろう。
自らが変革を進めプラットフォーマーになるか、成功しているプラットフォームのエコシステムで存在感を高めるか。いずれのプラットフォーム・ビジネスであっても、既存のSI事業に代わりうるチャンスはある。ただ、どちらも中途半端なままでは、未来はないと心得るべきである。
次期・ITソリューション塾・第40期(2022年5月18日 開講)の募集を始めました。
コロナ禍は、デジタルへの世間の関心を高め、ITへの投資気運も高まっています。しかし、その一方で、ITに求められる技術は、「作る技術」から「作らない技術」へと、急速にシフトしはじめています。
この変化に対処するには、単に知識やスキルをアップデートするだけでは困難です。ITに取り組む働き方、あるいは考え方といったカルチャーを変革しなくてはなりません。DXとは、そんなカルチャーの変革なしでは進みません。
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