2006年、当時GoogleのCEOであったエリック・シュミットが「クラウド・コンピューティング」という言葉を使ったことをきっかけに、新しいコンピューティングの可能性に関心を持つ人たちが増えていった。その可能性を追求した米国のベンチャー企業は、やがてGAFAと呼ばれ、いま、”Big Tech”となって、世界に大きな影響力を持つようになった。
一方、日本のITベンダーやSIerは、「日本はアメリカと違い、サーバーやライセンスの販売が必要であり、その需要がなくなることはない」とクラウドには消極的な立場を崩すことはなかった。また、「クラウドはセキュリティが心配だから使えない」とお客様に説明し、自らもそれを信じていた。
確かに、クラウドが登場した当初は、未熟であり制約も多く、あながちこれが間違えだったわけではない。しかし、制約があるからこそ可能性を見出し、その制約を克服して、ビジネスの可能性を広げてきたのが、米国のベンチャーたちだ。一方、日本のITベンダーやSIerは、自らのビジネスを脅かす存在として、いろいろと理屈を重ねて積極的に否定してきた。それが、いまの日米のIT格差を生みだしたと言っても言い過ぎではないだろう。
「おっしゃることは分かりますが、これまでのビジネスを変えなくても、何とかなってきました。むしろ、稼働率も上がって、人手不足で困っているくらいです。」
そんな言葉を幾度となく耳にした。当然のことだが、ITの需要がなくなることはないし、むしろ需要は拡大している。だから稼働率も上がり、人手不足になるのは当然のことだ。しかし、見方を変えれば、人数、すなわち「労働力」に依存したビジネスの限界が見えていることを示している。それは、少子高齢化で人を増やせないという現実だ。まさに、表に見える現象にとらわれて、本質的な変化を見誤ているのではないか。
稼働率は上がっても利益率は上がらない。売上を伸ばそうにも、人手が足りないので伸ばせない。残業をさせるにも、働き方改革で稼働時間を増やせない。確かに、いまは「何とかなっている」だろうが、工数ビジネスに伸び代がないことは明らかだ。
ビジネスの価値を「労働力」に頼ってきた日本の企業と、「知識力」に価値を見出し、急速な成長を遂げてきたBig Techたちとの違いを改めて垣間見ることができる。「知識力」に頼る彼らは、稼働率は変わらなくても、あるいは稼働率を下げても、何倍にもパフォーマンスを高め、高い利益率を維持している。求めるビジネス価値の違いが、この格差を生みだしている。工数の需要に応えるビジネスではなく、事業や社会の価値を創出するビジネスにこそ、大きな伸び代があることを、この現実は教えてくれる。
「知識力」とは、テクノロジーのトレンドを先取りする能力だ。テクノロジーに生きる企業は、もっとテクノロジーのトレンドに、ひたむきであるべきだ。
私たちは、「来たるべき未来」に抗いようはない。そのためには、テクノロジーの変化の必然、すなわちなぜこのような変化が起きるのかの理由を知り、この変化を先取りすること、すなわち「トレンドにひたむき」でなくてはならない。
ビジネスの主役が「モノ」から「サービス」へと変わったいま、そのサービスを実装するソフトウェアを、顧客や現場のフィードバックに直ちに応じてアップデートし続けなければ、顧客を維持できない。だから、アジャイル開発やDevOpsが必要となっている。また、構築や運用の負担から解放され、ビジネスを差別化するアプリケーション・ロジックにリソースを集中させたいから、PaaSやサーバーレス/FaaS、コンテナ、マイクロサービス・アーキテクチャーなどの需要が拡大する。付加価値を生みださないインフラの構築や運用にリソースを割きたくないと考えるのは自然なことだ。このように、ユーザー企業のニーズは、一昔前とは、大きく変わっている。そして、それができる時代となった。
しかし、このニーズの変化に、SIerは応えられないでいる。だから、自分たちで「できる人材」を採用し、内製化するしかない。そんなユーザー企業の内製化の動きを「脅威」と捉えているとすれば、なんとも残念な話しだ。「できる人材」を提供できないのだから、内製化するしかない。もし、ITベンダーやSIerが、そんなニーズに応えたいのなら、圧倒的な技術力で、ユーザーの内製を積極的に支援することだ。そんな視点や戦略を持たずして、ユーザー企業の内製化を「脅威」と捉えているとすれば、これは時代錯誤も甚だしい。
ならば、アジャイル開発の研修を受講させ、スキルを身につけさせて、内製化の支援要員として労働力を提供すればいいと考える。しかし、お客様が求めているのは、そのような「労働力」ではない。「事業の成功」とは何かについてビジョンを共有し、「事業の成功」のために、チームの一員として、最善を尽くすというマインドセットと圧倒的な技術力がなければ、一緒にやってもらおうとは思わないだろう。
SNSやメールが登場し、飛脚の需要がなくなりそうなので、飛脚にGPSを持たせて、いまどこにいるのかが分かるようにしよう。そんな話とどこか似ている。求めている価値が変わってしまったのに、未だ従来のやり方の延長線上にビジネスの可能性を見出そうとしても、ユーザーには、受け入れてはもらえない。
「お客様のDXに貢献します」も良いが、まずは自分たちの「DX=Direction Transformation(ビジネスの方向性を変革する)」から、始めてはどうだろう。
今年から5Gのフルサービスが始まるが、これもまた、SIerにとっては、覚悟が必要だ。特に、ネットワークの構築や運用を生業にしている企業にとっては、大きな変革を強いられる。
5Gは「つながることが前提の社会」を作ってゆく。これまでは、「つなげるための仕組みの構築や運用」にビジネスのチャンスはあった。しかし、SIMの設定だけで、あらゆるものがセキュアかつ高速・大容量・低遅延でつながる時代を迎えれば、「つなげるビジネス」は消滅し、「つながることを前提」にどのようなサービスを作るかが、ビジネスになる。これまでのネットワーク構築ビジネスを根底から変えてしまうだろう。
また、5Gの高速・大容量・低遅延を活かすためには、「ゼロトラスト型セキュリティ」は不可避だ。ビジネスのパフォーマンスを高めてゆくためには、クラウド・サービスを最大限に活用することは、もはや前提となるだろう。ならば、5Gの特性を最大限に引き出せるようにしなくてはならない。しかし、アクセスに手間がかかるパスワードを複数使うことや、帯域を狭め、使えるクラウド・サービスを制限する既存の「境界防衛型セキュリティ」では対処できない。
動的ポリシー、サイバーハイジーン、パスワード・レスを基本とした「ゼロトラスト型セキュリティ」によって、ファイヤー・ウォール・レス、VPNレスを目指すべきだろう。PPAPでセキュリティが守れると信じて、この悪しき習慣を変えようとしない人たちが、5Gで新しいビジネスの機会つかめるなんて、考えない方がいい。
クラウドやモバイル、IoTは、5Gの普及とともに、ますます大量のデータを生みだされる。機械学習はこのデータを解釈し、精度の高い予測のためのモデルを生成する。このモデルを使って、効率や利便性を高めるとともに、「人間にしかできなかったこと」、あるいは「人間にはできなかったこと」を可能にすることで、ビジネスにおける人間の役割を変えてゆく。つまり、「人間力の活性化」だ。それが当たり前の時代となれば、機械学習やそこから派生するAIアプリケーションは、あらゆるビジネスに埋没し、空気のような存在になる。かつて大騒ぎした「ビッグデータ」が、もはや当たり前すぎて、大騒ぎしなくなったのと同じだ。「デジタル・トランスフォーメーション」や「ビジネスのデジタル化」に使われる「デジタル」という言葉も、それがあたりまえの時代にあっては、あえて言葉にする必要はなくなるだろう。いまこうして、大騒ぎしているのは、まだまだそういう時代になっていないことの裏返しでもある。
ここに紹介したことは、一部に過ぎない。様々な変化が起きている。だからこそ、ことばの意味やテクノロジーの機能などといった表層で右往左往するのではなく、その底流にある変化を捉えようとすることだ。そうすれば、いろいろな変化の意味や方向が見えてくる。それが、「テクノロジーのトレンドにひたむき」であるということだ。
「日本は違う」、「まだそこまでの需要はない」との考え方は、冒頭に紹介したクラウドの黎明期のメンタリティと何も変わらない。これでは、また過去の二の舞になるだけだ。
ただ、いい傾向もある。それは、「労働力」に頼る企業から、優秀な人材がどんどんと流出していることだ。彼らは、新しいテクノロジーの常識を持ち、それを活かすスキルを磨いてきた人たちだ。もちろん会社の仕事とは違うので、独学で、あるいはコミュニティで、自発的に「知識力」を鍛えてきたのだろう。
そういう人たちが、新しい時代を興そうとするベンチャーやITを武器に事業の差別化を図ろうとする事業会社に転職している。あるいは、自ら起業する人たちもいる。外資系のIT企業に転職し、いまの世界の当たり前を日本に広めようとしている。日本が変わる原動力になろうとしている人たちが増えてきた。
優秀な人材は、転職することを厭わないし、「転職するやつは社会人としての常識に欠けている」といった価値観も、もはや過去のものとなった。産業構造の転換を促す自浄作用が働き始めたようだ。
なぜ「優秀な人材」は流出するのか。それは、そのほうが「楽しいから」だ。新しい技術を楽しみ、社会もそれを求めている。楽しみながら社会にも貢献できる〜、そんな機会を求めて流出する。そして、新しいテクノロジーを楽しむ人たちが、つながってゆく。
見方を変えれば、新しいテクノロジー人材のコミュニティが生まれ、そこに関わる人たちが、「メタ企業」ともいうべき、バーチャルな組織を形成してるとも言える。そのコミュニティには、時代を先取りした「企業」も組みしているが、それらはメタ企業の「部門」であって、その間の異動を繰り返すようなことが起こっている。1つの会社という閉鎖的な文化に留まるのではなく、オープンな「メタ企業」の中で人材が流動し、優秀な人材に機会を与え、育ててゆく。そんな「メタ企業」が、IT業界の新しいカタチになるだろうし、これは良いことだと思う。
ところで、20代以下とそれ以上では「優秀な人材」の定義が変わることも知っておいた方がいい。20代以下であれば、いま何ができるかはあまり重要ではなく、好奇心があり、いろいろとチャレンジし、自律的に学べる能力があれば、どこにでも行ける。
しかし、それ以上、あるいは40代を超えているとすれば、それだけでは難しい。「ITを前提とした事業や経営の変革」について、課題を指摘し、自分の考えを示すことができなければ、価値を認めてもらえない。つまり、テクノロジーを使えることではなく、そのトレンドを踏まえて、事業や経営の戦略、施策を語れるかどうかだ。数多くのプロジェクトをマネージし、修羅場をくぐってきたことは、輝かしい経歴ではあるが、それだけを頼りに、キャリアアップが図れる転職は、難しいだろう。「労働力」を御することから「知識力」を御すること、つまりテクノロジーの可能性をビジネスに還元する志向とノウハウが必要とされている。
そのためにもテクノロジーのトレンド、すなわちテクノロジーの進化の道筋を理解し、それをビジネスに結びつけて考える習慣を持つように心がけるべきだ。
コロナ禍は、社会のパラダイムの転換を加速している。立ち止まっている暇はない。時間はこれまでの感覚よりも早く進む。例えそうならなくても、そう考えておいた方が良い。
過去の栄光や成功体験による確証バイアスによって、来たるべき未来に目をつむったり、否定したりすることは、自らの社会的価値を貶めることに等しい。冷静に、客観的に変化の背景にある本質を見極めようとすることを日常の習慣とすることだ。その習慣こそがあなたの能力となり、社会的価値を輝かせる。
むかしも、いまも、これからも変化のない時代はない。だからこそ、変化に目を閉じるのではなく、変化を先読みして、それに備えることだ。もはやそうしなければ、企業も個人も生き延びることは難しい。変化の速い時代だからこそ、「テクノロジーのトレンドにひたむき」であることが、これまでにも増して求められている。
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