ITソリューション塾・第38期(2021年10月6日〜12月15日)が、終了した。最終講義は、株式会社デンソー/デジタル・イノベーション室長の成迫剛志さんに、ご登壇いただいた。
成迫さんは、ユーザー企業として、ハイレベルなシステム内製チームを作り、ものづくりファーストの会社をソフトウエア・ファーストの企業に転換させようとチャレンジをされている。
「システム内製」の現場を生々しい体験とともに語って頂いたが、そのノウハウと勘所は、受講されたユーザー企業、あるいは、SI事業者/ITベンダーの人たちにとって、「目からうろこ」の話しも多かったようだ。
私が特に印象に残ったのは、次のような質問のやり取りだ。
受講者:SI事業者に期待するところは、どういうことですか?
成迫氏:なにもありません。
少し補足しておいたほうがいいだろう。彼が言わんとしたのは、「会社ではなく、個人」ということだ。会社に何ができるかについては、興味がないという。自分たちのビジョンに共感でき、自分たちがやっていることに必要なスキルや感性を持つ人であれば、会社がどこであろうと関係はない。会社の組織力ではなく、個人力こそが、重要だ。そのような人材を提供できる企業であれば、つき合う価値があるということだ。
なぜ、内製化の動きが拡大しているかについては、こちらが参考になるだろう。
技術的負債と内製化とDXと
言うまでもないが、ユーザー企業の内製チームは、SI事業者/ITベンダーにとっては、最強の競合である。自分たちで、なんでもやってしまおうというわけだから、当然のことだ。そんな彼らに対して、ビジネスのチャンスがあるとすれば、彼ら以上の技術やスキルを持っている場合に限られる。事実、彼のチームも、トップレベルの人材を外部からコーチとして招いている。
会社という単位ではなく、個人という単位で、内製チームと一緒に仕事をする。この現実を受け入れてこそ、SI事業者/ITベンダーの「内製化支援」ビジネスが成立する。
クラウドやOSSの充実と普及によって、ユーザー企業が必要とするITサービスを実現するのに、これまでのような工数を必要としなくなった。少数の優秀な個人がいれば、かつて沢山の工数を駆使して作ったものを凌ぐITサービスを実現できる。
しかも、予測不可能な時代にあって、ユーザーニーズはめまぐるしく変わり、高速にカイゼンし続けなくてはならない。そのためには、アジャイル開発やDevOpsが前提となる。そんなモダンITを使いこなせる能力を、内製チームは、必要としている。
そういう顧客の需要に応えるためには、圧倒的な技術力を持つ個人が求められているわけで、頭数を揃えることに何ら価値はない。
これから、SI事業者/ITベンダーは、二極化されていくのかも知れない。旧来と同様に、組織力×工数の「レガシーIT」を前提とする企業と、個人力×技術力の「モダンIT」を前提とする企業だ。
前者の場合、需要の伸びは今後頭打ちにはなるだろうが、当面は大切な収益源だ。そんな市場で事業を維持してゆくためには、次のような取り組みを模索すべきだ。
- 標準化・効率化のためのプロセス・リ・デザイン
- 徹底して無駄を省き、QCDの徹底と最適化を図る
- モダナイゼーション・クラウド化・自動化
- 既存のシステムの維持コストを引き下げることを価値として提案する
- データ・ドリブン・マネージメント
- どんぶり勘定ではなく、徹底した数値での進捗や成果の「見える化」を追求する
つまり、既存の事業領域に於いて、顧客のITコストを低減することをバリュープロポジションと位置付け、それでも高収益を得られる戦略を描くべきだろう。
一方、後者は、いまはまだ小さいけれども、今後は拡大する。そんな市場に高度な専門スキルを持った人材を提供することで、ビジネスを伸ばすことができる。それができるのは、均質な労働力を組織力で大量に動員できる企業ではない。多様な専門領域で、その分野に秀でた人材を育て、高いギャラでも買ってもらえるエンジニアを提供できる企業だ。芸能人を育て、才能を開花させ、華々しいステージに送り出し、高額の報酬を払う「タレント・マネージメント企業」と同じようなものだ。
そのためには、次のような取り組みが必要となるだろう。
- ターゲットを絞った戦略的領域でのハイレベルな人材育成
- 何でもできる人材を育てるのではなく、高度に専門特化した人材を育成するために積極的な投資を行う
- 成果報酬を前提とした人事制度
- 一般社員とは異なる個人事業主的な成果報酬型の雇用契約にする
- ハイレベルのタレント(エンジニアやコンサルタントなど)を売り込める営業人材
- タレントが自分の能力を最大限に発揮できるように、「その他の仕事」一切を引き受けるマネージャーであり、タレントのスキルを顧客の課題解決に結びつけることができるコンサルティング営業を配置する
どちらの事業にも、需要はある。ならば、自分たちの戦略をどちらに振り向けるのかを明確にしたほうがいい。中途半端な立ち位置で、どちらもそこそこでは、お客様から見放される。
長期的な視点に立ってば、「一社二制度」というシナリオもあるだろう。その場合は、組織を明確に分けて、それぞれに異なるKPIを設定して、独立した事業運営をさせるべきだ。そして、後者については、社内外から人材を登用し、多様性を高め、彼らを一流に育てることが必要となる。
成迫さんの率いるデンソーの内製チームのような組織は、容易には組成できないだろうと思う。それは、彼個人が、長い時間をかけて培った人脈や、そこから学んだ知識や見識の厚みが、あったればこそできたことであって、これは容易なことでは真似できない。事実、内製チームと言いながらも、十分な成果をあげることができない組織もある。
そんな結果になるのは、「内製=自前主義」に固執しているからなのかも知れない。デンソーのケースに限らず、大きな成果をあげている内製チームに共通するのは、ハイレベルな社外のスペシャリストをコーチとして招いたり、自分たちにできないことができるスペシャリスト集団と一緒になって、仕事を進めたりしている場合が多いようだ。何でも自分たちでやってしまうわけではない。むしろ積極的に、外部との協業(外注ではない)を行っている。
協業と言うよりは、一流の講師陣にモダンITの正しいお作法を徹底して仕込んでもらい、それを愚直に励行することから始めているようにも見える。「守破離」の守を徹底し、徐々に破や離へと自分たちのステージを上げている。
そんな内製チームには、外部の人材が、メンバーとして参加し、一緒になって、知恵を絞り、手を動かし、共に事業の成果を達成することを目指している。ユーザー企業の社員が指示を出し、外注企業の社員が、指示に従ってシステムを作るような仕事の仕方ではない。
発注者と受注者のような主従関係はなく、それぞれが、エキスパートとして、お互いを信頼し、「事業を成功させる」にはどうすれば良いかを、遠慮することなく徹底して、対等な関係で議論し、結論を出す。そんな心理的安全性が、社内外を問わずチーム・メンバー全員に共有されている。
いま多くのSI事業者/ITベンダーが、「共創」を看板に掲げるが、こういう関係こそが、「共創」ではないのだろうか。
もし、そこに次のビジネスのチャンスを見出したいのなら、個人力×技術力の「モダンIT」を事業資産として生み出せるタレント・マネージメント企業(あるいは、事業)を目指すべきだろう。
コロナ禍は、IT需要を喚起し、多くの人たち(私もその一人だが)が予測したような需要の落ち込みはなかった。そして、それは、個人力×技術力の「モダンIT」だけではなく、組織力×工数の「レガシーIT」の需要も伸ばしている。これは、正直なところ、予想外だった。
「そう簡単には変われない」ということであろう。ならば、ここにもまだ需要があるわけで、そのためにも前者の戦略をないがしろにすべきではない。
ただ、中長期的な視点に立てば、ユーザー企業は内製を拡大し、「モダンIT」へとシフトするだろう。これは、SI事業者/ITベンダーにとっては、かつてなかった最強の競合と対峙することになる。ならば、対峙するという考えを捨て、彼らの懐に入り込むのは、悪い話しではない。これが、「共創」戦略だ。
均質な労働力を提供するための組織力から、多様性に富むハイレベルな専門スキルを持つ個人力へと、ユーザー企業が求める価値は変わっていくだろう。そうなれば、そういう個人をつなぎ止めるだけの魅力を持たなければ、彼らは独立/転職(主には、内製を拡大しようとするユーザー企業へ)してしまう。
そういう人材をつなぎ止め、自分たちの事業資産に変えるためには、ハイレベルなITタレントのマネージメント企業を目指すのは、現実的なアプローチのように思う。
これは、既存のSI事業者/ITベンダーにとっては、大きな価値観の転換を迫られる。しかし、時代の趨勢を考えれば、その可能性を模索すべきであろう。それも急がなければ、ならない。優秀な人材が、あなたの会社からいなくなってしまってからでは、遅いからだ。
【募集開始】次期・ITソリューション塾・第39期(2022年2月9日〜)
次期・ITソリューション塾・第39期(2022年2月9日 開講)の募集を始めました。
コロナ禍は、デジタルへの世間の関心を高め、ITへの投資気運も高まっています。しかし、その一方で、ITに求められる技術は、「作る技術」から「作らない技術」へと、急速にシフトしはじめています。
この変化に対処するには、単に知識やスキルをアップデートするだけでは困難です。ITに取り組む働き方、あるいは考え方といったカルチャーを変革しなくてはなりません。DXとは、そんなカルチャーの変革なしでは進みません。
ITソリューション塾は、ITのトレンドを体系的に分かりやすくお伝えすることに留まらず、そんなITに関わるカルチャーが、いまどのように変わろうとしているのか、そして、ビジネスとの関係が、どう変わるのか、それにどう向きあえばいいのかを、考えるきっかけになるはずです。
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
- IT業界以外から、SI事業者/ITベンダー企業に転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に関わられる皆さん
そんな皆さんには、きっとお役に立つはずです。
詳しくはこちらをご覧下さい。
- 日程 :初回2022年2月9日(水)~最終回4月27日(水) 毎週18:30~20:30
- 回数 :全10回+特別補講
- 定員 :120名
- 会場 :オンライン(ライブと録画)
- 料金 :¥90,000- (税込み¥99,000)
- 全期間の参加費と資料・教材を含む
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー
【12月度のコンテンツを更新しました】
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目的の資料にいち早くアクセスできるよう、以下の二点を変更しました。
・タイトルと資料の構成を大幅に変更しました
・研修資料を作るベースとなる「最新のITトレンドとこれからのビジネス戦略(総集編)」の内容改訂
ITソリューション塾について
・教材を最新版(第38期)に改訂しました
・講義の動画を新しい内容に差し替えました
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DXとビジネス戦略
【改訂】デジタル化がもたらすレイヤ構造化と抽象化 p.14
【改訂】デジタル化とDXの違い 改訂版 p.27
【改訂】DXの定義 1/3 p.39
【新規】DXの定義 2/3 p.40
【改訂】DXの定義 3/3 p.50
【改訂】DXのメカニズム p.45
【新規】「デジタル前提」とは何か p.46
【改訂】DXの公式 p.47
【新規】なぜ「内製」なのか 1/3 p.178
【新規】なぜ「内製」なのか 2/3 p.179
【新規】なぜ「内製」なのか 3/3 p.180
【新規】ITベンダーがDXを実践するとはどういうことかp.174
ITインフラとプラットフォーム
【新規】サーバー仮想化とコンテナ 1/2 p.76
【新規】サーバー仮想化とコンテナ 2/2 p.77
【新規】コンテナで期待される効果 p.78
【改訂】コンテナとハイブリッド・クラウド/マルチ・クラウド p.81
開発と運用
【新規】アジャイル開発が目指すこと p.37
【新規】SI事業者がアジャイル開発で失敗する3つの理由 p.74
IoT
【新規】Connected p.139
ビジネス戦略・その他
【新規】個人情報とプライバシーの違い p.146
【新規】「個人を特定できる情報」の範囲の拡大 p.147
【新規】Privacy保護の強化がビジネスに与える影響 p.148
【新規】影響を受けるデバイスやサービス p.149
【新規】スマホAIの必要性 p.150
AIとデータ
【新規】データサイエンティストに求められるマインドセット p.146
改訂【ITソリューション塾】最新教材ライブラリ 第38期
・ITソリューション塾の教材を最新版に改訂しました
– DXと共創
– ソフトウエア化されるインフラとクラウド
– IoT
– AI
下記コンテンツを新規に追加しました
– RPAとローコード開発
– 量子コンピュータ
– ブロックチェーン
下記につきましては、変更はありません。
ERP
クラウド・コンピューティング