「“DXとは?”と聞かれたときの、最小限の言葉での回答が知りたい。」
ある講義で、こんな質問を頂きました。これは、講師冥利に尽きる質問です。それは、講師として、どこまで言葉を突き詰めているかを問われるからです。
世間にあふれる言葉を拾い集めるだけでは、この質問に答えることはできません。他人の表現を借用するのでは、説得力がありません。自分が納得し、相手も納得できる言葉で回答することが、講師としての矜持です。そんな講師の力量を問われる質問だからです。
また、この質問への回答は、とても難しいとも言えます。この言葉が使われるようになった歴史的背景や、いまなぜこれほどまでに大騒ぎになっているかの社会的背景、さらには、デジタル技術やデジタル・ビジネスの動向を踏まえたビジネス環境の変化など、あまたに散らばる膨大な言葉の森の中から、森の主(ぬし)たる一本の木を見つけ、枝葉を取り除き、根幹を見つけ出す作業だからです。だから、答え甲斐のある質問なのです。
そんな、プロセスを経て、私なりに紡ぎ出したのが、次の言葉です。
デジタルを前提に、アジャイル企業へ変革すること
たぶん、質問された方の動機は、もっと単純なことだったのかもしれません。
「DXについて、お客様から質問されときに、簡便に相手を納得させるためのパワーワードを手に入れたい。」
そんなものかも知れません。多くの人にとっては、物事の本質を極めることより、“効率よく仕事をするためのツールを手に入れたい”が本音でしょう。その意味では、この回答は、「分かったようでよく分からない」説明ですが、相手もよく分かっていないので、その場をしのぐには十分に効果を発揮するに違いありません。
しかし、営業やエンジニアとして、お客様の課題解決に向きあう立場にあるのなら、このようなやり方では、お客様の信用を失ってしまいます。
あるITベンダーの営業とお客様に同行したことがあります。頑張ってはいるようだが、なかなか成果をあげられない営業をコーチングして欲しいとの相談を請けたからです。
同行すると、彼は、お客様の質問に、直ちに答えていました。そのために、彼は、いつも分厚いバインダーを持ち歩き、そこにあらゆるパンフレットや説明資料を、整理して差し込み、お客様の話しに応じて、すかさず関係しそうな資料を取り出し説明していたのです。よくもこれだけ丁寧に準備したものだと感心しましたし、その手際の良さは、なかなかのものでした。
そんな、マメな営業なのに、なぜか業績が上がりません。同行して、その理由がわかりました。それは、お客様にとって「検索エンジン」に過ぎないからでした。
お客様としては、話をするだけで、その言葉を自動で解釈し、関係しそうな情報を直ぐに提供してくれる便利な存在です。Googleよりも、インテリジェントで使い易い検索エンジンです。
しかし、彼の提供する回答は、「準備された答え」の範囲でしかありません。実際に、現場で、彼とお客様との対話を聞いていると、そのやり取りが、ずれていることがわかりました。
「事業規模が拡大し、海外への展開も始まりました。そのため、経理や財務、あるいは業績の把握に手間取り、何とかしなければと、考えています。」
「ならば、このERPパッケージを使うといいかもしれません。このパッケージには、次のような機能があり、・・・・」
確かに、ERPパッケージは、このような課題を解決する有効な手段になるでしょう。しかし、それ以前の話しとして、何が、課題の本質なのかを、彼は問おうとしないのです。
人手が足りないのかも知れません。あるいは、業績の拡大にともない小規模なときのどんぶり勘定的な管理基準が、うまく機能しなくなったのかもしれません。海外拠点の税務や会計のルールが、そのまま日本では通用せず、その変換に手間取っているのかも知れません。これらが課題の本質であれば、ERPパッケージ以前の話しであり、まずは、その課題の解決に取り組むべきでしょう。
さらに、推し進めて考えれば、彼らは、将来に向けて、どのような事業戦略を描き、これからどうしようとしているかによっても、解決策は変わってきます。そのような、ことに関心を持たず、質問もせず、用意してきた資料を説明するだけでした。
確かに、お客様にしてみれば、参考になる資料が手に入るという点で、役に立つ営業ですが、それ以上のものではありません。当然、お客様は、他の「検索エンジン」も利用して、結論を出すための材料を集め、判断を下すことになります。
一般に課題というのは、多様な背景を抱えています。それを踏まえて、解決すべき優先順位をあきらかにし、ツールだけではなく、組織や体制、ルールや働き方なども考慮して、最善の解決策を導き出さなくてはなりません。
彼の答えは、用意してきたERPパッケージしかありません。仮に、ERPパッケージを使うことが、有効な解決策になるにしても、他にもパッケージの選択肢はあります。そのなかで、上記のような諸事情を踏まえた結果として、やはり自分の提案するパッケージが良いという理屈であれば、意味があるかも知れません。しかし、彼は、このパッケージには、どんな機能があり、他社よりはこんな点が優れているということしか話しません。しかし、それがこのお客様にとって、なぜ必要かは、ひと言も語られることはありませんでした。
お客様は、自分の課題の本質がどこにあるかを整理できていませんでした。どのように優先順位を付ければ良いかも迷っていました。つまり、自分にとって、何が必要なのかを理解できないままに、一方的に製品の説明をされて、困惑していることが、お客様の表情から読み取れました。そんなことにもお構いなしに、ただただ、自分の伝えたいことだけを伝えているのです。
それが営業の仕事だと思っていたのかもしれません。「インテリジェントな検索エンジン付きの可動式パンフレットラック」でしかないことに、気付いていなかったのでしょう。
だれも、検索エンジンを相手に「何が自分の課題なのか、何を解決すべきかを教えて欲しい」とは相談しません。それと同じで、彼は、お客様に相談されませんでした。つまり、お客様のパートナーとしての信頼を得られなかったのです。これでは、案件を生みだすことはできません。
営業という仕事の本質は、お客様の「是非とも手に入れたいとの気持ちを引き出すこと」です。製品やサービスの機能や性能の素晴らしさを伝えることではありません。「なるほど、これならば自分の課題を解決できる」との納得と、ぜひやりましょうとの決心を引き出すことです。お客様は、そんな助けを求めているのです。
ならば、お客様の状況に関心を持ち、共感し、お客様の課題を一緒になって、とことん突き詰め、その本質に迫り、納得できる解決策はこれだと、お客様に気付かせることが大切なのです。一方的に「これが一番良いやり方だ」と押しつけることではなく、相手がどうしても、こうやりたいという気持ちを引き出すことです。彼には、そんな営業という仕事の本質が、まだ理解できていなかったのかもしれません。
デジタルを前提に、アジャイル企業へ変革すること
これは、私なりに紡ぎ出したDXの説明ですが、あなたは、この言葉を使って、お客様をDXの実践に駆り立て、案件を作り出すことができるでしょうか。それは、かなり大変なことだと思います。この言葉も、ERPパッケージは何かを語ろうした彼と同じで、DXとは何かを説明したに過ぎません。製品やサービスの説明というのは、お客様の現実や課題と重なり合ってこそ、力を発揮するのですが、この言葉を伝えただけでは、「なるほど、ならば我が社もDXを実践しよう。ぜひ、協力をお願いします」とはなりません。
私たちはいま、「正解のない時代」に生きています。予め用意された唯一無二の正解など、ないのです。お客様もまた何が正解かは分かりません。それ以前に、自分たちの課題の本質に気付くことも、難しいのです。そんなお客様に次のようなことをお願いしたら、きっと困ってしまうでしょう。
「課題を教えてください。何がやりたいかを明確にしてください。それさえは分かれば、最適なソリューションを提案します。」
まずは、お客様に寄り添い、一緒になって課題を探り、いまの最善の解決策を見つけ出すことから、はじめなくてはなりません。
「DXは何か?」に即答できても、お客様の課題を解決できる魔法の杖にはなりません。DXという言葉が紡ぎ出された背景を正しく理解し、そこに込められた知恵を使って、お客様の課題に迫ることです。そして、解決策を導く指針を見出し、お客様の現実に即して、最適解を見つけ出さなくてはなりません。そこに一般論はなく、全て個別であり、予め用意された正解はありません。結果として、成果が上がれば、それを「これがDXです」と言えばいいのです。
だからこそ、営業という役職が必要なのです。言葉の背後にある背景や本質を深く理解し、自分で考え、お客様と議論し、最善の解決策を導く役割です。
クラウドの普及と発展は、多様で便利なツールを充実させ、課題解決の手段の選択肢を増やしました。また、それを利用する技術的ハードルは下がりました。従来のように、組織力を使って工数、すなわちエンジニアの頭数を揃えなくても、少人数の優れたエンジニアがいれば、優れたITサービスを実現できる時代です。その結果、小さなITベンダーであっても、あるいはユーザー企業の内製であっても、増え続けるシステム需要に対処できるようになりました。
だからこそ、課題解決の戦略の巧拙がこれまでになく問われています。既存のやり方に囚われず、最善の策を見つけだす能力が問われています。3ヶ月前の最善は、いまの最善ではありません。そんな状況で、お客様個別の最適な解決策を導く力を営業は求められているのだと思います。
こんな話をすると、「それは営業の仕事ではない」と、思われる方もいらっしゃるでしょう。申し訳ありませんが、それについては、「ご自由に」と申し上げるしかありません。ただ、数値目標を達成することが営業の役割であるとすれば、お客様の内製化や工数ビジネスの先細りが見えているいま、案件を作るには、このような感性に支えられたスキルや知識が必要になると、私は考えています。
デジタルを前提に、アジャイル企業へ変革すること
ところで、ここまで読ませておいて、これについては何も説明しないで終わってしまっては、詐欺ではないかと言われそうなので、次の資料を公開しておきます。よろしければ、ご覧下さい。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー
【12月度のコンテンツを更新しました】
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目的の資料にいち早くアクセスできるよう、以下の二点を変更しました。
・タイトルと資料の構成を大幅に変更しました
・研修資料を作るベースとなる「最新のITトレンドとこれからのビジネス戦略(総集編)」の内容改訂
ITソリューション塾について
・教材を最新版(第38期)に改訂しました
・講義の動画を新しい内容に差し替えました
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DXとビジネス戦略
【改訂】デジタル化がもたらすレイヤ構造化と抽象化 p.14
【改訂】デジタル化とDXの違い 改訂版 p.27
【改訂】DXの定義 1/3 p.39
【新規】DXの定義 2/3 p.40
【改訂】DXの定義 3/3 p.50
【改訂】DXのメカニズム p.45
【新規】「デジタル前提」とは何か p.46
【改訂】DXの公式 p.47
【新規】なぜ「内製」なのか 1/3 p.178
【新規】なぜ「内製」なのか 2/3 p.179
【新規】なぜ「内製」なのか 3/3 p.180
【新規】ITベンダーがDXを実践するとはどういうことかp.174
ITインフラとプラットフォーム
【新規】サーバー仮想化とコンテナ 1/2 p.76
【新規】サーバー仮想化とコンテナ 2/2 p.77
【新規】コンテナで期待される効果 p.78
【改訂】コンテナとハイブリッド・クラウド/マルチ・クラウド p.81
開発と運用
【新規】アジャイル開発が目指すこと p.37
【新規】SI事業者がアジャイル開発で失敗する3つの理由 p.74
IoT
【新規】Connected p.139
ビジネス戦略・その他
【新規】個人情報とプライバシーの違い p.146
【新規】「個人を特定できる情報」の範囲の拡大 p.147
【新規】Privacy保護の強化がビジネスに与える影響 p.148
【新規】影響を受けるデバイスやサービス p.149
【新規】スマホAIの必要性 p.150
AIとデータ
【新規】データサイエンティストに求められるマインドセット p.146
改訂【ITソリューション塾】最新教材ライブラリ 第38期
・ITソリューション塾の教材を最新版に改訂しました
– DXと共創
– ソフトウエア化されるインフラとクラウド
– IoT
– AI
下記コンテンツを新規に追加しました
– RPAとローコード開発
– 量子コンピュータ
– ブロックチェーン
下記につきましては、変更はありません。
- ERP
- クラウド・コンピューティング