「お話頂いたことは理解できます。でも、うちの会社は考え方が古くて、おっしゃるようなことは、簡単にできそうにありません。どうすればいいのでしょうか。」
講演が終わった後に、このようなご質問を頂いた。私が話したのは次のようなことだ。
「DXを実践するには、自律したチーム、失敗を許容する文化、既存に拘らず正しいことを行う勇気が必要です。」
このようなご質問を頂くことは、少なくない。次のようなご質問を頂くこともある。
「経営者や上司をどうすれば、変えることができるでしょう。」
「これから、世の中はどうなるのでしょうか。何をすればいいのでしょうか。」
このような、ご質問の根底にあるのは、「誰か」が、何かをしてくれることへの期待であろう。いや、期待と言うよりも、それが当然であり、うまくいかないのは、その「誰か」が何もしてくれないことが、うまくいかない原因だという考え方であろう。
コロナ感染者の急増や病床が確保できないことに、政府や自治体を批判する人たちは多い。しかし、政府や自治体が示すガイドラインに従って、自らが3密を回避すれば、このような事態は、避けられたかも知れない。政府にも、自治体にも、不十分なところは多々あるだろう。しかし、そのことだけを批判して、自分がその当事者であることを棚上げしてはいないだろうか。あるいは、都合のいい解釈で、自分の行動を正当化してはいないだろうか。
会社が変わらないのなら、あるいは、経営者や上司が変わらないなら、自分を変えることからはじめてはどうだろう。これから世の中がどうなるかを憂う前に、自分が世の中をどうしたいのかを考えてみてはどうだろう。
どのような立場であろうとも、誰もが当事者である。平社員であろうと、社長や上司、政府や自治体の長であろうと、それぞれの立場での当事者だ。それぞれに、正しいと思うことを、自分の果たす役割の範囲で、やってみてはどうだろう。もちろん、できることに限りはある。それでもやってみる価値はある。
あるトラディショナルなSI事業者で、入社3年目の社員が、コンテナやサーバーレスの可能性に気づき、自分でクラウド・サービスのアカウントを取得し、いろいろといじりはじめた。あるとき、先輩社員から仕事を任されたとき、これはコンテナとサーバーレスを使えば、直ぐにできるはずだと直感し、翌日にはプロトタイプを完成させて、報告したそうだ。
先輩社員は、1週間はかかるだろうと思っていたのに、翌日に持ってきたことに驚いたという。残念なことに、サーバーレスでは、彼らの品質管理基準を満たすことはできず、それをお客様に提供することはできなかったそうだ。しかし、彼はめげずにいろいろなことにチャレンジし、こんなことができます、こんなこともできますよと、まわりに発信し続けたそうだ。そうこうしているうちに、興味を持ち、これはいいと共感する人も増えていった。
あるとき、クラウドを前提に短納期が求められる小さな案件が舞い込んだ。彼の上司は、リスクは小さいと判断し、その仕事を彼に任せることにした。既に勉強仲間が何人かいたので、彼らとともにその仕事に取り組み、あっという間に仕上げてしまった。もちろん社内の品質基準をクリアしたわけではない。しかし、お客様からの強いオーダーもあり、それを納品することにした。それをきっかけに、そのお客様からは同様の要望が何度も舞い込んできた。この仕事は、工数は少なくて済み、利益率は高い。そんなことが重なり、彼のチームは社内でも一目置かれるようになった。
そんな話を聞きつけた営業からは、沢山の案件が舞い込むようになった。結果として、会社としても無視できなくなり、クラウド、コンテナ、サーバーレス、アジャイル、DevOpsの体制をととのえることになった。
その会社は、未だ売上の大半は、旧来のやり方ではあるが、そこでの営業利益率は低い。しかし、新しく作られたチームは、売上は少ないものの利益率は極めて高く、会社の利益を支えるまでになっていた。そして、会社としても、後者に本腰を入れて、人材の育成や案件の獲得に積極的な会社に変わっていった。
彼は、正しいと考えたことを実践し、成功も失敗も発信し続けたそうだ。最初は関心を示す人は少なかったそうだが、徐々に共感者が増え、仲間が増えていった。そして、あるとき流れが一気に変わったという。
最初は、忍耐であったという。しかし、仲間ができて、新しいことを共に学ぶようになって、どんどん楽しくなっていったそうだ。そして、まわりが関心を持ち、多くの人たちが成果を認めるようになり、会社もまた大きく変わったという。
確かに、経営者が、上からドンと推し進めることは、変革のスピードを加速ことにはなるだろう。しかし、現場もまたそれに呼応できる慣性をもっていなければ、変革は進まない。
私は思う。誰かがしてくれることを求めるのではなく、自分にできることからはじめてはどうか。それが、どれほど小さなことであっても、はじめることである。そして、続けることである。変革とは、そんな地味で、手間のかかる、時間のかかる取り組みだろうと思う。魔法の杖を振れば、一気にかなうものではない。DXもまた魔法の杖ではない。
「しかし、うちにはそんなことができる文化も風土もありません。」
堂々巡りの議論が続く。文化も風土もないから、それを創ることが変革であろう。文化も風土もそこに働く人たちが作るわけで、自分もまたその当事者であることを自覚すべきだ。
「これが、これからの時代の文化であるから、このように振る舞いなさい。」
そう、経営者から言われて、あなたは直ちにそれに従うことができるだろうか。文化や風土は、行動の結果であり、その積み重ねである「行動習慣」だ。それは、誰かに指示され、命令されて行うことではなく、自分の自発的な行動であるべきだ。もちろん、そのきっかけは指示や命令であったとしても、その意味を理解し、必要であれば自ら改善し、自発的な行動に変えてゆけばいい。そうやって、自分の行動習慣を変えてゆき、その失敗も成功も発信すれば、それに共感する人も増え、やがては企業の文化になる。そんな自分の行動を変えることまで、誰かに求めるとすれば、それは会社に風土や文化がないのではなく、あなた自身に、その風土や文化がないのだろう。
私が主宰するITソリューション塾では、毎期最後にDXの実践者たちに話しを聞いている。彼らが一様に言うことは、「はじめること」だという。DXの事例を作ろうとはじめたわけではない。いま自分がやらなければならないことを考え、いま使える最善の手段を採用し、結果として成果が上がり、それをまわりが、「DXの実践事例」と評するようになったという。
「負け犬の遠吠え」という言葉がある。「自分より強い者に直接には手向かわないで、陰で悪口をいうこと」だ。自分にはできないから、あるいは、なかなか成果が上がらないから、それは会社が悪いとか、世の中が悪いという。そして、自分は何もはじめず、これからはDXだと叫ぶ。まさに、「負け犬の遠吠え」ではないか。
たしかに、そうやって、自分ではないところに原因を求めることで、心の平安を保てることは理解できる。しかし、それだけのことだ。そして、冒頭のような質問に、申し訳ないのだが、似たような空気を感じてしまうのは、私がへそ曲がりだからなのだろう。
DXもけっこうだが、まずは自分たちの目の前にある正しいことからはじめてみてはどうだろう。DXの定義を知ったところで、DXの実践事例を集めたところで、所詮偉い人が考えたこと、自分たちとは企業の文化も風土も違うから同じようにできるはずはない。そうやって、できない理由を探し、だからうちの会社はダメなんだと結論づけるのは、辞めようではないか。
誰かがしてくれることを求めるのではなく、自分にできることからはじめてはどうか
それが、変革を実践するための現実解であるように思う。
【募集開始】次期・ITソリューション塾・第38期(10月6日〜)
次期・ITソリューション塾・第38期(10月6日 開講)の募集を始めました。
ITソリューション塾は、ITのトレンドを体系的に分かりやすくお伝えすることに留まらず、そんなITに関わるカルチャーが、いまどのように変わろうとしているのか、そして、ビジネスとの関係が、どう変わるのか、それにどう向きあえばいいのかを、考えるきっかけになるはずです。
また、何よりも大切だと考えているのでは、「本質」です。なぜ、このような変化が起きているのか、なぜ、このような取り組みが必要かの理由についても深く掘り下げます。それが理解できれば、実践は、自律的に進むでしょう。
- IT企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
そんな皆さんには、きっとお役に立つはずです。
特別講師の皆さん:
実務・実践のノウハウを活き活きとお伝えするために、現場の最前線で活躍する方に、講師をお願いしています。
戸田孝一郎氏/お客様のDXの実践の支援やSI事業者のDX実践のプロフェッショナルを育成する戦略スタッフサービスの代表
吉田雄哉氏/日本マイクロソフトで、お客様のDXの実践を支援するテクノロジーセンター長
河野省二氏/日本マイクロソフトで、セキュリティの次世代化をリードするCSO(チーフ・セキュリティ・オフィサー)
最終日の特別補講の講師についても、これからのITあるいはDXの実践者に、お話し頂く予定です。
- 日程 :初回2021年10月6日(水)~最終回12月15日(水) 毎週18:30~20:30
- 回数 :全10回+特別補講
- 定員 :120名
- 会場 :オンライン(ライブと録画)
- 料金 :¥90,000- (税込み¥99,000) 全期間の参加費と資料・教材を含む
詳細なスケジュールは、こちらに掲載しております。