DXの実践で、広く世間に注目されている事業会社がある。そんなプロジェクトの責任者に話しを聞いたことがある。
「DXという言葉を社内では使わないようにしています。DXかどうかはどうでもいい話で、業績に貢献できるかどうかが、大切です。DXなんて持ち出すと、定義がどうだとか、それはDXなのかとか、余計な話になりますからね。」
お客様の内製チームと一緒になってシステムの開発に関わっているSI事業者がある。彼らのお客様は、DXの実践事例として、話題になることも多い。そんなSI事業者の経営者に、話しを聞いたことがある。
「共創とか、DXとか、意識したことはありません。お客様と一緒になって、新規事業の開発や、業務の改革に取り組んでいるだけです。私たちは、お客様と一緒に業務をどうすべきかを考え、それにふさわしい技術を提供することです。それを共創とか、DXへの貢献と評価して頂けることは、有り難い話ですが、それを目指すとか、そのための取り組みをしているなんて考えは、ありませんよ。」
ある講演の冒頭に、今日はどんなことを聞きたいのか教えて欲しいと、受講者に問いかけた。
「うちではDXについての定義が定まらず、いろいろなことを言う人たちがいます。今日の講演では、本当のDXの定義を知りたいと思います。そうすれば、うちのDXの取り組みも、まとまるのではないかと思っています。」
私は、つぎのように答えた。
「歴史的系譜をたどれば、DXの定義は、表現は違うとしても、その意味は、それほど大きくぶれるものではないように思います。ただ、それよりも先ず取り組むべきは、DXかどうかを問うよりも、いま自分たちが向きあうべき課題は何かを、徹底して問うべきじゃないでしょうか。世間のブームに押され、うちもDXに取り組まなくてはとの焦りも分からなくはありませんが、そんなことよりも、いま自分たちが於かれている状況や、業績を改善する上で、何をブレークスルーしなくてはならないのでしょうか。そのための最適な手段の1つとして、デジタルを駆使すべきとなり、それに取り組んで、成功すれば、それをDXと言えばいいのではないですか。DXを目指すとか、DXを実現するとか、そんなお題目をかがることより、現実的でしょう。」
あなたは、デジタルありきの「事業改革」や「新規事業開発」をDXと考えてはいないだろうか。それが本当に最善の策なのだろうか。
デジタルを使う、使わないに関係なく、「事業改革」や「新規事業開発」は、いずれも手段であり、目的ではない。例えば、営業利益率の低迷が、いま一番の課題だとしたら、それを解決する一番良い手段は、何がいいかと考えてみよう。事業部門を再編して、業務の重複をなくして効率を上げることだろうか。それとも、儲かりそうな新規事業を立ち上げることだろうか。それよりも、赤字を垂れ流している事業から撤退することが、最善の手段かも知れない。そうすれば、軋轢を生む組織変更も不要だ、リスクある新規事業に投資する必要もない。もちろん、そのためにデジタルを使う必要もない。
何も、デジタルに意味がないとか、価値がないと言いたいわけではない。デジタルありきで手段の選択肢を縛るべきではないと言いたいだけだ。向きあうべき課題を解決するための最善の手段を突き詰めた結果として、デジタルを使うことが、有効であれば、それを使うべきだろう。そして、デジタルを使うことで、成果をあげることができたのなら、DXと称してアピールすればいいではないか。
正直申し上げて、これがDXの本質だとは、私は考えていない。ただ、DXで大騒ぎの人たちにとっては、たぶん最も現実的な「DX戦略」ではないかと思っている。
しかし、CDOやDX人材なる肩書きを与えられた人たちは、このような便法にだけ頼るべきではない。DXの本質を正しく理解し、このような分かりやすい便法を使いつつ現場を動かし、結果として、DXが目指すあるべき姿の実現に向けて、変革を推し進めるべきだろう。
では、DXの本質とは何か。
私たちはいま、社会環境が複雑性を増し将来の予測が困難な状況に置かれている。何が正解かが分からない時代に生きている。ならば、アイデアが湧いたら、やってみるしか方法はない。そして、その行動の結果から議論を展開すれば、より現実的な解に到達できる。これが、正解のない時代の課題に対するアプローチ方法といえるだろう。その時に必要となるのが、圧倒的なスピードだ。その理由は次の通り。
- 気がついたなら、直ちに行動しなければ、対応が遅れてしまい、チャンスを逃してしまうから。
- 仮に間違ったとしても即座にやり直しが効き、大きな痛手に至ることを回避できるから。
- スピードを追求すれば物事をシンプルに捉えて、本質のみに集中できるから。
「社会環境の変化が緩やかで中長期的な予測が可能」な時代に常識としてきたことを、「社会環境が複雑性を増し将来の予測が困難」な時代の常識に上書きし、そんな時代にふさわしい、企業に変わることであろう。そのためには、デジタルを駆使するのが、最善の策である。なぜ、最善なのかについては、下記の記事をご覧頂くと、ご理解頂けるだろう。
しかし、この本質を大上段に構えても、現場は容易には理解できず、具体的な行動に映すことは難しい。だから、冒頭に申し上げたような方便で、自分事として、捉えてもらい、カタチからDXの本質に向きあおうというわけだ。
一方で、その本質を正しく理解している人たちも必要だ。CDOやDX人材が、その役割を担う。そして、彼らが、現場を導き、DXのあるべき姿に向かわせる。
姑息だと言われるかも知れないが、このようなやり方は、案外現実解であるように思う。そんな現実的な取り組みのを進める過程で、現場はDXの本質を体得するであろう。CDOやDX人材にとっての「DX戦略」は、このようなことかも知れない。
DXの定義を教えて欲しい、DXの実践とは何をすることなのかと問われて、次のように答えたとしよう。
「DXとは、変化に俊敏に対応できる企業の文化や風土を築く取り組みです。そのためには、デジタル化に取り組み、ビジネス・プロセスやビジネス・モデルをレイヤ構造化・抽象化することです。」
禅問答である。そんなことよりも、現実に目を向けて、自分事として、誰もが変革に取り組むことができるように、方便を駆使することが、現実的なやり方であるように思う。
SI事業者も考えて欲しい。「お客様のDXに貢献します」もいいが、DXの本質を正しく理解し、現実的な方便を駆使しながら、CDOやDX人材を支えてゆくべきだろう。
お客様が求める「共創」とは、DXの本質を正しく理解し、方便を手段として駆使できるパートナー・シップだと思う。お客様の言いなりに仕事をすることでもなければ、高飛車に偉そうなことを言うことでもない。お客様に寄り添いながら、知略を働かせて、CDOのパートナーとして、お客様の業績の改善に貢献することだ。そんな取り組みを教える教師になることだろう。
「お客様のDXに貢献します」するとは、そんなことではないかと思う。
【募集開始】次期・ITソリューション塾・第38期(10月6日〜)
次期・ITソリューション塾・第38期(10月6日 開講)の募集を始めました。
ITソリューション塾は、ITのトレンドを体系的に分かりやすくお伝えすることに留まらず、そんなITに関わるカルチャーが、いまどのように変わろうとしているのか、そして、ビジネスとの関係が、どう変わるのか、それにどう向きあえばいいのかを、考えるきっかけになるはずです。
また、何よりも大切だと考えているのでは、「本質」です。なぜ、このような変化が起きているのか、なぜ、このような取り組みが必要かの理由についても深く掘り下げます。それが理解できれば、実践は、自律的に進むでしょう。
- IT企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
そんな皆さんには、きっとお役に立つはずです。
特別講師の皆さん:
実務・実践のノウハウを活き活きとお伝えするために、現場の最前線で活躍する方に、講師をお願いしています。
戸田孝一郎氏/お客様のDXの実践の支援やSI事業者のDX実践のプロフェッショナルを育成する戦略スタッフサービスの代表
吉田雄哉氏/日本マイクロソフトで、お客様のDXの実践を支援するテクノロジーセンター長
河野省二氏/日本マイクロソフトで、セキュリティの次世代化をリードするCSO(チーフ・セキュリティ・オフィサー)
最終日の特別補講の講師についても、これからのITあるいはDXの実践者に、お話し頂く予定です。
- 日程 :初回2021年10月6日(水)~最終回12月15日(水) 毎週18:30~20:30
- 回数 :全10回+特別補講
- 定員 :120名
- 会場 :オンライン(ライブと録画)
- 料金 :¥90,000- (税込み¥99,000) 全期間の参加費と資料・教材を含む
詳細なスケジュールは、こちらに掲載しております。