「それなら、こういうやり方がいいと思いますよ。」
お客様との、初回の打ち合わせで、しかも、おおよその話を聞いて、課題と解決策を示すことができれば、それは優秀な営業である。いや、さらに優秀であれば、お客様に会う必要もない。お客様のこと、業界のこと、テクノロジーのこと、社会や経済のことは、ネットや書籍、その他の情報ソースから手に入る。それを材料に、相手の課題や解決策について、極めて正確な見通しを立てることができる。
もちろんそれが、完璧なものであるはずはない。しかし、おおよそのところが正しければ、お客様は、「どうしてそんなことが分かるのですか?」と身を乗り出して、あなたの話を聞こうとするだろう。それをきっかけに、お客様に何が違うかを教えてもらえばいい。あるいは、詳細なデータや裏付けを与えてもらえばいい。そうやって、自分が立てた課題と解決策をアップデートし、より正確なものにしてゆくことができる。
それよりも何よりも、相手に気付きを与えることができれば、さらにお客様を引き込むことができる。
「なるほど、うちにはそういう課題があったのか。なるほど、こうすれば解決できるのか。」
お客様の頭の中に整理されないままに置かれていた事実や問題意識が、一気に繫がり、何をどうすればいいのかが見えてくる。それをきっかけに、相手から相談を持ちかけてくれる。そうなれば、もはやその営業は、お客様にとっての「先生」である。
熱を出して医者に行き、「3日間は安静にしてください。仕事はしてはいけません。」
この忙しいときに!と思いながらも、その医者を信頼しているからこそ、そんな理不尽な、と思いながらも、その進言を受け入れるではないか。私たちは、そんな医者を「先生」と呼ぶ。教師は、子どもたちに正しいことを教える。子どもたちは、それに従うのは、教師である先生を信頼しているからだ。
営業が、「先生」になれば、同じことであろう。もはやお客様は、営業の言葉を真剣に受け止め、それに従って、行動する。売り込むとか、お願いするとかが、無用になる。これが、優秀な営業の「あるべき姿」であろう。
営業が先生になれば、競合は存在しない。お客様が、何かをしなければならないとき、まず相談する相手が「先生」だ。先生に相談すれば、自分の混乱を整理し、課題を明確にしてくれてくれる。自分たちの目指すべき「あるべき姿」を教えてくれる。そして、それにふさわしい解決策を示してくれる。そう期待するだろう。
そんなお客様の期待に応えることができれば、売り込む必要もないし、こちらからお願いすることもない。゜では、こうしましょう」と話せばいい。もちろん、それが自分たちの商材やサービスでできることであれば、それを組み入れておけばいい。もし、自分たちにはできないこと、あるいは、自分たちだけでできないことであれば、社外からできる人たちを巻き込み、チームを作り、その運営をプロデュースすればいい。そうすれば、お客様の期待に応えることができ、結果として数字になるだろう。
合理的に考えて、どうしても自分たちにはできないこと、あるいは、競合他社に任せた方が、正しいと判断したなら、自分たちは身を引き、その理由とともに、競合他社に任せることも必要だ。そうすれば、数字にはならないが、お客様の信頼は高まるので、また次の機会が訪れる。そういう関係を積み重ねたお客様が沢山いれば、数字の達成に困ることはない。
営業活動は、慈善事業ではない。お客様の事情、社会や経済の事情がどうあろうが、与えられた、あるいは約束した数字を達成することが求められる。数字への執着なくして、営業という仕事は勤まらない。
だからと言って、自分たちの数字のために、お客様にウソをついたり、無理をさせたり、押しつけてはいけない。上記に述べたような行動を積み重ね、お客様からお願いされる状況を沢山作っておけば、結果として、数字に困ることはない。
ただ、どうしてもお願いしなくてはならないときがあるのもまた現実だ。その時にも、こういうお客様との関係があれば、多少の無理はきいてもらえる。
相手の予算が決まっている場合もあるだろう。そういう場合は、その予算の範囲で、ベストを尽くす方法もあるが、その提案が魅力的であり、予算を超えてでも手に入れたいと相手が思えるのであれば、お客様は、他から予算を融通してくれることもある。
こんな話しを聞いたことがある。ある、お客様からファイルサーバーの提案を求められた。お客様は、3社に提案を求めたそうだ。予算は、1500万円であり、何をしたいかの要求仕様も明確だった。2社はその予算の範囲で、要求仕様を満たす提案をした。残り一社は、2000万円の提案をした。そして、結果として、2000万円の提案をした会社に決まったというのだ。
採用された企業は、要求仕様を徹底して検討したそうである。これまでの同様の案件を考えれば、運用に無理があることが分かった。それをお客様に示し、実際に使うことになるユーザーにも話しを聞いて、どのように要求仕様を変えればいいのかを議論した。それをベースに提案をまとめ上げると、どうしても予算を超えてしまう。それでも、それがお客様に取って正しいことであるとの自信があったので、そのまま提案したそうである。
お客様は、その提案に納得し、大いに感謝した。そして、予算を何とか工面して、採用に至ったという。
お客様にとって、最高の提案を心がけることだ。予算というのは、ある程度融通が利くものだ。結果として、予算に合わせて内容を削ることになったとしても、それは、お客様の残念でもあるから、次の機会に何とかしようと考えるだろう。そうやって、お客様との信頼は、確かなものになる。
さて、では、どのようにすれば、このような営業になれるかである。先週のブログで紹介した「DXの思考法」に、そのものズバリの方法論が示されていた(p.223)。もちろん、この書籍は、営業について書かれたものではない。しかし、営業の役割は、お客様の事業や経営の改善に貢献することだ。その意味では、発想の原点は同じである。まさに、ここに示された方法論が、そのまま使える。その方法論を営業活動に当てはめて、整理することにしよう。
1. 課題から考える 解決策に囚われない
課題とは、お客様の理想とする、あるいは実現したい「あるべき姿」と、現実とのギャップだ。従って、課題を明確にするためには、現状のできることや体制、マインドセットなどの制約を一切棚上げし、「あるべき姿」、すなわち何を目指すべきかを徹底して議論することである。その上で、現状を棚から下ろして、そのギャップをあきらかにし、ギャップを埋めるための物語を描く。これが戦略である。
現状を精査し、どこに課題があるかを見つけることはできない。現状を精査して見つけられることは、事実である。しかし、その事実は、「あるべき姿」がなければ、課題にはならない。まずは、「あるべき姿」を明確にして、現状とのギャップを洗い出す。それが課題だ。
一方で、解決策ありき、あるいは、現状の制約ありきでは、解決策の発想は限定され、成果もまた限定的だ。解決策に囚われ、その範囲の中で解決しようとしても、あるべき姿の達成は難しいだろう。当然、お客様に提供できる価値も限定される。
自分たちが提供できるサービスや商材の範囲では、最適な解決策は出せないかも知れない。しかし、先ほども述べたとおり、最高の提案をすることを優先すれば、自分たちにできる、できないにかかわらず、お客様を幸せにできる。それを提示してこそ、末永くお客様との信頼関係を築くことができる。
マネージメントは、部下が示した解決策をあれこれ手直しし、その足し算や引き算をすべきではない。何がお客様のあるべき姿なのか、それを部下と議論し、それを実現する上での一番良い方法は何かを考えるべきだろう。そうすれば、自ずといい解決策になる。結果は、必ずついてくると、長い目で考えることだ。そういう、部下との関係が、部下を優秀な営業に育ててゆく。
2. 抽象化する 具体に囚われない
ビジネスの現実は複雑極まりない。お客様ごとに事情も違い、ひとつとして同じ状況はない。だから、最適解は、お客様ごとに全て異なることになる。
ただ、個々の具体的な事実に囚われると手に負えなくなってしまう。そこで、お客様ごとの具体的な事象を以下の3つの点で整理する。
- 重要と思われるファクトを集め、カテゴリーに分けて整理する
- これまでの経験に照らして、そのファクトと似ている事例を引き出す
- その事例についての解決策の選択肢を、3つ程度洗い出し、どれが良さそうかを議論する
このようなプロセスを繰り返すことで、最適な解決策を絞り込んでゆくといいだろう。
3. パターンを探す ルールや分野に囚われない
上記2つの「課題から考える」と「抽象化する」を繰り返してゆくと、パターンが見えてくる。それをどれだけ持っているかが、優秀な営業になれるかどうかの条件である。
ただ、パターンの善し悪しは、自分の知識や経験の枠組みをどれだけ越えることができるかよって決まる。つまり、自分の会社や担当するお客様の枠組みを超えて、パターンを持つことができるかどうかだ。
そのためには、多様な価値観を持つ人たち、あるいは、違う会社の人たちとの付き合いを拡げることであろう。あるいは、1つの会社や職場に留まらず、転職や出向、配置転換を自らの意志で重ねることも1つのやり方だ。また、仕事に直接役に立つ、たたないにわらず、本を読み、勉強会や学校に通うことだろう。そうやって、広い視点で沢山のパターンを持つことだ。
余談ながら、この考え方は、ディープラーニング(深層学習)の原理と同じである。大量のデータから、ものごとを分類、整理するパターンを見つけ出すためのアルゴリズムなのだ。見方を変えれば、かつては人間にしか持ち得なかった能力を機械が持とうとしているということでもある。
「課題から考える」、「抽象化する」、「パターンを探す」能力こそが、営業として磨いてゆくべきスキルであろう。
「こういうスキルはコンサルタントには必要だが、営業には必要ないのではありませんか?」
そう思う人がいるかも知れない。しかし、上記の方法論に従い考えて見れば、この質問は間違いであることに気付く。
まず、営業は、「どのような状況にあっても数字を達成すること」があるべき姿だ。それを達成するためには、経営トップと話をして、事業や経営の課題について、話し合わなくてはならない。いまのスキルや知識では、それができないから、数字を達成できないでは、優秀な営業とは言えない。自分にできなければ、できる人を連れて行くという手もあるだろう。あるいは、必死に勉強することかも知れない。現状のスキルや手段に囚われることなく、課題から考えれば、自ずと自分の能力は磨かれていく。
次に、営業の存在価値を抽象化すれば、お客様に必要とされる存在、すなわち「先生」になることだろう。そうなれば、上記の課題は、解決できる。
そんな先生になるためには、沢山のパターンを持つことだ。とのような状況にあっても、状況に応じた解決策のパターンを持っていれば、即座に選択肢を示し、お客様との議論を深めるきっかけが手に入る。そうなれば、結果として、数字はついてくる。そしてつまり、営業としての役割を果たすことができる。つまり、優秀な営業になれるというわけだ。
やっていることがコンサルタントと同じだというのであれば、それだけのことである。そうすることが、「どのような状況にあっても数字を達成すること」になるのなら、そうすればいいだけのことだ。自分のできることに囚われ、抽象化された自分の役割を見失ってはいけないし、そもそも自分の可能性を一般論で縛って、制約を課してしまうことは厳に慎むべきである。
社会が複雑になり、変化も早く、将来の予測も難しい。だからこそ、「課題から考える」、「抽象化する」、「パターンを探す」能力を備えた優秀営業は、まさに必要とされている。