世に言う「DX」には、2種類あるのかもしれない。「見せかけのDX」と「本物のDX」だ。どちらも上から見れば同じことをやっているように見える。しかし、その実態は、かなり異質なものだ。
世の中の常として、手段は時間とともに目的を凌駕する。当初人は課題に直面し、これを何とかしなければと、最適な手段を模索する。最適な手段が見つかり、目的が達せられると、もう目的など意識する必要はない。ひたすら手段を遂行すれば、目的は必然的に達成され、課題は解消されつづける。ところが、時間とともに手段の背後にあったはずの目的は忘れ去られ、手段だけが残されてしまう。例え、その目的が時間とともに意味や価値を失ったとしても、手段だけが残り続けてしまう。
例えば、ある企業では、PCを社外の人間が外部から持ち込む際には、受付でそのシリアル番号を用紙に記入し、出るときには改めて確認を求められる。しかし、時間外の入退出では、受付が閉まっているので、そのチェックは行われない。入るときには受付で確認し、出るときは時間外なので、確認なしとなると、そのPCは社内に残っていることになるが、そのことで、確認を求められることはないという。
これが何を目的としたルールなのかを聞いてみたことがあるが、その会社の社員ですら、よく分からないという。自分たちは、社員なので無関係であり、気にしたこともないらしい。そうやって、目的が忘れ去られて、形骸化されたルールだけが残ってしまったわけだ。
「見せかけのDX」もこの話に似ている。本来の目的など、どこかに棚上げされてしまい、デジタル技術やデータを使うことが目的となり、どのツールがいいのか、とのように使えばいいのかに腐心する。しかし、ツールの善し悪しは、機能や性能の話しではないはずだ。目的の達成、あるいは、課題の解決にとって、いいのか、悪いのかであろう。ところが、その大切なところが、抜け落ちてはいないだろうか。
もちろん、そんなことはないという。効率化だとか、新規事業を立ち上げるためだとか、目的があるという。しかし、そんな堂々巡りの答えに意味はない。なぜ堂々巡りかというと、効率化も新規事業も、手段だからだ。
何のための効率化なのだろうか。どのような具体的な課題を解決するための効率なのだろうか。それとも、効率化は、絶対の真理として無条件にいいことだからだろうか。
新規事業についても同じことが言える。何らかの課題に直面し、いままでのやり方では解決が難しいから、新しいやり方で対処しようとする。それが、新規事業であろう。つまり、新規事業は課題解決の手段ではあるが、必ずしも唯一、最善というわけではない。仕事のやり方を工夫してコスト効率を高めることや、そもそも利益が出ないのだからやめてしまえばいいなどという選択肢もあるかも知れない。そういう様々な選択肢のひとつが新規事業であるはずだ。ところが、「新規事業開発室」とか「デジタルビジネス部」といった「新規事業を作ること」を目的に作られた組織では、新規事業という手段を作ることを目的にしているところもあるようだ。
カタチはできても業績に貢献できない新規事業は、往々にしてこのようなと目的と手段の履き違いから、生まれてくるように見える。
デジタルが普及し、人々の行動様式や価値観、人間関係などが大きく変わってしまった。緩やかだった社会の変化も、あっという間に変わってしまう世の中になり、社会の継続性は失われ、不確実性がこれまでに無く高まっている。ビジネスの前提となる社会の特性が変わってしまったのだ。そんなデジタルが前提の社会に適応できなければ、事業の存続も企業の継続もあり得ない。
この現実に対処するためには、ビジネスのあり方、例えば、ビジネス・モデル、制度や暗黙の決まり事、雇用形態や業績評価などを時代に即したカタチに変革しなくてはならない。
そのためのツールとして、デジタルはとても役に立つ。紙や鉛筆、電話やFAXよりも、遥かにコスパがいい。また、デジタルは、かつては無理だった課題の解決や新しい価値を生みだすことができるほどに進化した。デジタルを駆使することは、これまでとは桁違いの効率化と新しい価値の創出に、貢献してくれるというわけだ。
「本物のDX」は、デジタルが前提の社会に適応するためにビジネスを変革する取り組みだ。デジタルは、それを支えるツールである。一方、「見せかけのDX」は、社会の変化に適用してビジネスを変えることを先送りし、ツールだけで、なんとかして社会の変化に対応しようという取り組みであろう。
両者共に表面上の行動を見れば、よく似たことをやっている。しかし、前者はビジネスを再定義することをめざし、後者は、ツールを置き換えることを目指す。このように表現すればもっとわかりやすいかも知れない。
SI事業者やITベンダーは、どちらのDXに向きあっているのだろう。全てがそうだと言うつもりはないが、多くは「見せかけのDX」であるように見える。なぜなら、その方がリスクはないし、手離れもいいからだ。業務や経営、制度や暗黙の決まり事、ビジネス・モデルなどに関わってしまうと、大変な手間である。そこは、お客様に任せ、ツールだけに関わった方がいいというわけだ。
ただ、それをDXなどと大仰に語るのはいかがなものかと思う。せめて、「私たちは、お客様の”見せかけのDX”に貢献します」とか、「私たちは、お客様の”見せかけのDX”パートナーです」くらいに、謙虚であって欲しい。あるいは、もっと分かりやすく、「私たちはお客様のツールの刷新に貢献します」というほうが、正直だ。もし、お客様の「本物のDX」に貢献するのであれば、ツールの前に、ビジネスの変革から関わってゆく覚悟が必要であろう。そのための施策を打たずして、「お客様のDXに貢献します」などというのは、少々、誇大広告ではあるまいか。
DXの定義など、あまり重要な話しではない。大切なことは、企業が社会の変化に適応し、生き残ること、成長することだ。その大切な目的を置き去りにして、ツールの導入を推し進めたところで、できることは限定的だ。
まずは、いまの社会の現実と、自分たちのビジネスの現実とのギャップを、真摯に受け止めることだ。そして、そのギャップこそが課題であろう。その課題を解決するには、たぶんデジタルを使うことよりも、もっと沢山のことをしなくてはならないだろう。それが、ビジネスの変革である。それを先送りして、安易にデジタルあるいはDXという「魔法の杖」に頼ろうとするのは、とんでもない過ちだ。そもそも、そんな「魔法の杖」はない。デジタルは、目的ありきで効力を発揮する便利でコスパの高い手段/ツールに過ぎない。
事業会社もSI事業者も、いま自分たちが向きあっているのが、「見せかけのDX」か「本物のDX」なのかをまずは考えてみてはどうだろう。なにも「見せかけのDX」が悪いと言いたいわけではない。そうやって仕事(のふり)をするのも、ひとつの選択であり、生き延びるための処世術だ。しかし、もし「本物のDX」であることを標榜するのであれば、社会、ビジネス、ツールが、ひとつの繫がりであり、この全てにどう関わっていくべきかを考えてゆくべきだろう。
DXとは「デジタルで変革すること」である。では、デジタルで”何”を変革するのか。ツールの変革か、それとも、ビジネスの変革か。この基本的な問いに答えることが、まずは大切なことなのではないか。
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