記者:大流行しているウェブ2.0と言う言葉をどう捉えていますか。
サーフ氏:新しい用語が登場するとそれぞれ違う定義を持つ人がたくさん出てくる。だからみんなどんな意味があるのかと興味を抱くわけです。その言葉自体に大きな意味があるわけではなく、インターネットの技術と利用の急速な拡大によってビジネスや社会が大きく変化していると言う現実を直視すればいいのです。
記者:という事はウェブ3.0を聞くのは愚問ですね(笑)。
サーフ氏:誰もが新しい時代が来たと聞いたがありますが、ネットの世界では、それは間違っています。ネットは環境や利用者のニーズ、人々がネットに載せる情報に反応して、有機的に成長を続けてきたのです。これは継続的な進化であって、ある時点で突然2.0や 3.0になるものでは無いのです。
「逆・タイムマシン経営論(楠木健・杉浦泰 著)・p.177」で引用されている2006年のビントン・サーフ氏(当時・Googleの副社長)へのインタビュー記事です。
ウエブは情報の受け手と送り手が一方通行であった時代から、その役割が流動的となり、誰もが発信者になれる時代を称して「ウェブ2.0」という言葉が、当時、大いにもてはやされました。その「ウェブ2.0」の主導者とも言えるGoogleの副社長が、自らそんな言葉に意味がないと述べているのです。
そして、本書では、次のように結論づけています。
変化のスピードが最も速いと言われるIT業界でさえこうなのです。大きな変化ほどゆっくりとしか進まない。大きな変化は振り返ったときにはじめてわかる。(同書・p.179)
DXもまた、同じような状況にあるのではないかと思います。
コロナ禍により、私たちはいま、デジタル化の重要性を実感しています。そして、デジタル化は正義であり、対処できない企業は、生き残ることができないという社会的脅迫にも似た圧力に晒され「漠然とした不安」をいだいています。また、経営者からは、これからはデジタル化だ!DXだ!AIの時代だ!とプレッシャーをかけられ、「追い詰められた感」にさいなまれています。なんとかしなければと、メディアや書籍、講演を聴いて、その意味を理解しようと必死になっていますが、デジタル技術やITについての知識が曖昧であり、また、様々な解釈に翻弄され、実践なき頭でっかちの知識しか得られず「浅い考察」に留まっています。
そんな状況から早く抜け出したいと、「はやり言葉」に救いを求め、拙速に事態を解決しようとしているのではないでしょうか。だから、「DXに取り組む」とか「AIでデータ活用」をすれば、この状況から解放されるという、期待を、私たちはいだくわけです。まるで、魔法の呪文を唱えれば、あっという間に、何もかもなくなって消えてしまうかのようにです。
この雰囲気を事業会社、ITベンダー、メディアが、一緒になって煽っています。
- 事業会社は、DXが流行だから乗り遅れてはいけないと焦っています
- ITベンダーは、このブームに乗じてビジネスのチャンスを拡大しようとしています
- メディアは、この世の中の流れに乗じて視聴率や購読者を増やそうとしています
ITのトレンドやデジタル戦略についての講義や講演をすると、こんな質問を頂くことも、そんな時代を反映しているかも知れません。
- AIで何ができるでしょうか?
- 5Gはどんな分野で使われるようになるのでしょうか?
- DXに取り組むには、何から始めればいいのでしょうか?
はやり言葉の使い方を知り、使えるところを見つけ、早くこの状況から抜け出したいとの一念からなのだろうと思いますが、これに答えることは、容易なことではありません。なぜなら、自分が何をしたいかによって、答えは変わってしまうからです。
魔法の杖はありません。自分たちは、何を解決したいのか、何をしたいのか?それらをはっきりとさせることが、全てに優先するからです。DXという言葉の意味を知り、予め用意されたマニュアルに従えば、不安は解消され、万事うまく行くなんて、あり得ない話しです。そもそも、何が不安なのでしょうか。世の中や会社の空気が、漠然とした不安を醸し出しているだけで、それは漠然とした勝手な思いこみに過ぎません。
DXを実践するとは、つぎの3つの手順を踏むことです。
- 解決すべき課題をあきらかにする
- 課題を解決するための戦略を描く
- 戦略を実践するための手段を組む
「DXの実践」の「DX」をAIやIoT、クラウドに置き換えても、この基本的な手順が変わることはありません。
先週のブログで紹介した「コマツのスマート・コンストラクション」や「トラスコ中山のMROストッカー」もまた、同様の手順を踏んだわけで、世間が目を見張るDXあるいは企業変革の事例は、そんな彼らの真っ当な取り組みの結果として、世間が与えた称号でしかかりません。彼らは、決して、DXの実現に取り組んだわけではないのです。
だからと言って、知識としてDXについて理解を深めることやデジタル/ITのトレンドを知ることを放棄すべきではありません。私たちは、これからのデジタルが前提の社会について、理解を深める必要があります。ビジネスは、いまを理解し、未来を的確に読みとることができて、チャンスを成果に変えることができるからです。
- 人々の振る舞いや価値観の変化
- 社会が要求する時間感覚の変化
- 技術の進化による最適解の変化
テクノロジーの進化と社会の変化は同じスピードで進むことはありません。まずは、要素としてのテクノロジーの進化が先行します。そして、それを取り込み、活かすための人々の意識や社会環境が整って、始めて社会は変化します。例えば、自動運転の技術水準は、もはや完全自動運転が実現可能な状況にあります。しかし、人が運転しない自動車は本当に安全なのかと、多くの人々はまだまだ懐疑的です。これにBEV(電池を搭載してモーターを駆動するEV)やFCV(水素で発電してモーターを駆動するEV)の普及が重なると、充電ステーションや水素充填ステーションの社会インフラを整備しなくてはなりません。これには相当の投資と時間がかかります。また、法律や社会制度が対応できていません。ここにテクノロジーの進化と社会の変化のギャップがあるわけです。だからこそ、テクノロジーのトレンドを学び、DXの本質を追究することで、現状とのギャップを考察でき、来たるべき未来の可能性に気付くことができます。
また、かつてのコンピューターが特別だった時代の考え方や生活様式と、いまのPCやスマホが当たり前になった時代では、大きく変わってしまいました。様々なテクノロジーが登場するであろう未来は、また違ったものになるはずです。それを先読みできれば、新たな視点や発想が生まれてくるはずです。
それができれば、3つの手順をすすめてゆくための、次の能力を磨いてくれます。
- 課題の存在に気付く感性
- 戦略を描く視点の多様化
- 最適な手段を選ぶ目利力
だからこそ、デジタルが前提の時代に即した現実的で、実効性のある取り組みが実現できるのです。
結局のところ、DXの実践とは、デジタルが前提の社会に、企業が適応できる能力を獲得することに尽きると思います。だからと言って、課題>戦略>手段という基本的な手順が変わるわけではありません。すなわち、DX/デジタル変革とは、かつて取り組んだ課題>戦略>手段の手順を、改めてデジタルを前提に再定義することと言えるでしょう。
DXの実践について、あらためて整理してみました。
データを活用することやデジタル技術を駆使することが、DXの実践ではありません。データやデジタル技術を使うことは、もはや前提です。しかし、それは課題>戦略>手段の結果としての必然でしかないのです。そんな基本を肝に銘じておくべきでしょう。
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