- どの産業分野で5Gが最も使われるようになるでしょうか?
- AIをどのように使うのが、最も効果的でしょうか?
- IoTを使うには、どのような用途が有効だとお考えですか?
できれば、成功事例なども併せて教えてください。
ITのトレンドやデジタル戦略などの講義や講演をさせて頂くと、このようなご質問を頂くことがあります。大変申し訳ないのですが、いずれも、「わかりません」とお答えするしかありません。
建設機械メーカーのコマツ(株式会社 小松製作所)が、SMART CONSTRUCTIONというサービスを提供しています。建設機械に組み込んだセンサーやドローンを駆使して、建設現場をデータで「見える化」し、建設作業の効率化や安全の確保、さらには土木工事の自動化を見据えたサービスです。IoTの先駆的事例として広く紹介され、2020年のDXグランプリにも輝きました。
以前、この事業の当事者に話を伺ったことがあります。
「土木工事の現場の人手不足は、深刻です。いっそうの少子高齢化が進む状況にあって、いままでのやり方では、増え続ける工事の需要に対応できなくなります。これに対処するには、他に選択肢はありませんでした。」
IoTの事例を創りたかったわけでもなければ、DXグランプリを受賞したかったわけではありません。向きあうべき課題があり、それを克服するための戦略を描き、SMART CONSTRUCTIONというサービスを実現した結果として、世間は、このように評価したというだけのことです。
トラスコ中山は、建設現場や工場に必要な工具などのプロツールを専門に扱う商社です。彼らは、現場からの注文が入れば直ぐに届けるために、物流のスピード・アップを図ってきました。しかし、天候の急変や想定外の計画変更が日常茶飯事の現場では、これまでのやり方のままでは、顧客の期待に応えられないことに気がつきました。そこで、必要と見込まれるプロツールを予め現場に揃えて置いておく「MROストッカー」というサービスを始めました。使った分だけ後で請求するという「富山の薬売り」サービスをプロツールに適用したのです。
これを支えるために、基幹業務システムを刷新し、さらにIoTやスマートフォンを駆使して現場のデータを捉え、AIで的確に需要予測を行い、発注を自動化するなど、最新のテクノロジーを動員しました。この仕組みは、顧客からも高く評価され業績も向上し、コマツ同様に、2020年のDXグランプリを受賞しています。また、「DX のあるべき姿を示したことが評価につながる」として、2020 年度IT賞 「IT 最優秀賞」受賞も受賞しています。
コマツやトラスコ中山に共通するのは、まずは事業課題を明確に定め、課題解決のための戦略を立てて、それを実践したことです。いずれもテクノロジーは、戦略を実践するための手段でしかありません。
また、テクノロジーを使う以上に、やるべきことが沢山あります。例えば、新しいビジネス・モデルをどうするのか、その成果を評価するためのKPIや、効果的な運営を支える組織や体制などの変革にも取り組みました。テクノロジーを使うことは、そんな総合的な取り組みの一部でしかありません。
冒頭の質問に、「わかりません」と答えたのは、「何をしたいのかが分からないから」です。また、テクノロジーを使ったからといって、ビジネスの課題を解決できるわけでもありません。優先すべきは戦略であり、その戦略を実践するには、どのようなテクノロジーの選択や組合せがいいのかは、容易には判断できません。
「5Gは流通業で積極的に使われるようになる」、「AIはWebサービスで使うと効果的だ」と説明しても、質問した当事者にとっては、何の価値ももたらしません。戦略がなければ、このような質問は、知的好奇心を満たすためのエンターテイメントでしかないのです。
もちろん知的エンターテイメントが悪いわけではありませんし、そういう好奇心が、新たな気付きにつながることを否定するものではありません。むしろ、このようなご質問をされる人たちの多くは、情報の感度が高い人たちだと言ってもいいでしょう。
しかし、それを聞くことで、直ぐに役に立つことを知りたい、あるいは、行き詰まってどうしようもなく、なとかそこから抜け出したいとの想いが先に立ち、出来合いのテクノロジーの活用方法や他社の成功事例を聞きたいというのであれば、なんとも残念なことです。
例え「役に立つ」ことを知りたいにしても、自分たちの抱える戦略の何に役立てたいのでしょうか。他社の成功事例を聞いても、自分たちにとっての成功のイメージがないままでは、参考にはならないでしょう。直ぐに役に立ち何かを欲しい人にとっては、「凄い!でもうちは無理だなぁ」と短絡的に結論づけてしまうことになるでしょう。
昨今のDXについての過剰なブームについても、同様に見えるのは私だけでしょうか。
- DXに取り組むことで、どのような変革が期待できるでしょうか?
- DXに取り組むには、先ず何をしなければならないのでしょうか?
- DXの実践には、どのようなテクノロジーを使えばいいのでしょうか?
DXについての講演で、こんなご質問を頂く機会が増えました。DXが流行だから乗り遅れてはいけないと焦る事業会社、このブームに乗じてビジネスのチャンスを拡大しようとするITベンダー、そんな世の中の流れに乗じて視聴率や購読者を増やそうとするメディアの三つ巴で、DXはヒートアップしています。
DXとはなにか、AIやIoTなどのテクノロジーは、どこに向かい、何ができるようになるのかを知ろうとすることは、大切なことだと思います。しかし、それらを「知る」目的は、「使うこと」ではなく、事業課題の解決や戦略の実践のための「手段の選択肢を増やす」や「現時点で最も有効な手段を見つける」、「判断や選択の視点を多様化する」ためであるということを肝に命じておくべきでしょう。
新しいテクノロジーを知れば知るほど、DXを理解しようとすればするほど、それが魔法の杖に見えてくるのかもしれません。不確実性が高まる世の中で、これまでのやり方は通用しなくなるかも知れません。そんな時代でも事業を継続しなければなりません。従業員の意欲を高めるために働き方を改革しなければなりません。そうと考えるのは、間違ったことではありません。ただ、最新のテクノロジーを使えれば、それが瞬時に解決することはありません。DXという看板をかざせば、自分たちが変われるわけではありません。
課題の定義、戦略の策定、手段の選択について、手順を踏んで行うことです。手段とは、テクノロジーだけではなく、ビジネス・モデルやビジネス・プロセス、業績評価基準や雇用制度なども含みます。ITだとかデジタルは、大切ではありますが、一連の取り組みのひとつでしかありません。
要は、自分がどうしたいかです。「こうしたい、ならば、どういうテクノロジーが一番良いのだろうか」、「こうするための最善の手段として、どのようなテクノロジーが使えそうか」というご質問であれば、そのものズバリが回答できるかどうかはともかく、何らかの視点を示すことはできると思います。
ITベンダーが、「お客様のDXの実現に貢献する」とか「お客様のDXパートナーになる」と標榜するのなら、デジタルを使うことではなく、この3つの手順を実践する伴走者となることです。そして、そのためのノウハウとスキルを磨くべきです。IoTやAIを使えば、こんなことができますと魔法の杖を宣伝するのは、どうかと思います。
DXという魔法の杖はありません。自分たちが直面する課題、それを克服するため戦略への真摯でひたむきな態度こそが、全てに優先されるべきです。それが、DXを実現する最善の道であると心得ておくべきでしょう。
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