営業という仕事にどのような役割を期待するかは、会社によって違うだろうが、お客様の立場に立てば、教師以外の何ものでもない。
私は、講義や講演を生業にしているが、ご依頼を頂くには、営業として、自分の講義や講演を売り込む必要がある。例えば、こんな具合だ。
「全国の営業職員に、デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)について講演をして頂けないでしょうか。」
大手商社の営業部門から、こんな相談を頂いた。理由を聞けば、お客様との商談で、DXが話題になることがあるという。しかし、言葉は聞いたことはあっても、何のことかはよく分かっていない。リモートワークやオンライン通販、AIやクラウドを使って何かやることなのだろうとは想像がつく。しかし、ちゃんと分かっているわけではない。分かっていないからと言って仕事に差し支えることはないが、分からないままだと、営業としてかっこが悪い。コロナ禍になり、DXが話題になることもあり、分からないではかっこがつかない。もしかしたら、DXをきっかけに仕事のネタも生まれるかも知れないが、まったく話にならないでは、どうしようもない。だから、DXとは何かを教えてほしいという。
そこで、私は、次のような話しをした。
「DXもいいのですが、それ以前の話しとして、デジタルとはなにかをまずは理解してもらう方がいいのではないでしょうか。デジタル化だとか、デジタル・ビジネスだとか、デジタル・トランスフォーメーションだとか、デジタルという言葉が巷にあふれていますよね。DXもいいのですが、まずはそんな話をした方が良くないでしょうか。DXの話をしないと言うことではありません。むしろそれ以前のことが理解できていなければ、DXだって分からないと思いますよ。デジタルとは何か、デジタルと社会の関係、デジタルが自分たちの仕事やお客様の事業にどんな変革を強いるのかを、まずは大きく捉える話しの方がいいように思うのですが、いかがでしょうか。できれば、営業が自分の言葉で、”デジタルとは”をお客様に説明ができるようになれば、いいですよね。」
営業である以上、お客様にかっこ悪いところは見せたくない。専門的な知識はなくても、「デジタルとは、こういうことですよ」ぐらいのことは、お客様に話せる程度にはなっておきたい。そうすれば、お客様に尊敬され、話も弾み、お客様との対面時間を増やすことができるだろう。例えデジタルに関わる商談ではなくても、対面時間を増やせば、いろいろと話のネタはひろがり、仕事のきっかけがつかめるかも知れない。それを期待してのことであろうと、想像した。
つまり、この講演への期待、すなわち講演の結果としての「あるべき姿」は、「話しを聞いた営業が、デジタルの話題についていける、お客様にいいところを見せることができること」であろうと想定し、次のようなテーマにしてはどうかと提案した。
営業なら知っておきたいデジタルの基本の”き”
〜デジタルをお客様に説明できるようになろう〜
「なるほど、その方が、みんな興味も湧くでしょう。参加者も増えると思います。ぜひ、それでお願いします。」
一般に、お客様から営業への相談があるときは、次のようなケースが多い。
- これが欲しい、いくらで手に入るか?
- こういうことをしたのだが、何かいい製品やサービスはあるだろうか?
- こうすることになった、御社でできるか、できるならいくらか?
冒頭の事例のように「DXの講演をして欲しい、やってもらえますか?」と同じだ。大変有り難いきっかけではある。しかし、「はい、できます。おいくら万円です。」では、あまりにも芸がなさ過ぎる。だから「なぜ」を問い、相手の真意を探った訳だ。
「なぜ」を知り、ならば、こんな話をすればいいと、講演のスペック(仕様あるいは話すべき内容)を考えるのは稚拙だ。まずはその前に、相手の求める真の目的、すなわち「あるべき姿」を考える。それが、お客様に「かっこいいところを見せたい」であると想像する。そして、その「あるべき姿」を実現するにはどうすればいいのかと考え、こんな内容にしてはどうかと提案したわけだ。
お客様は、「こうして欲しい」を営業に求めることが常である。しかし、「こうして欲しい」は手段だ。その背後に、実現したい「あるべき姿」があるはずだ。つまり、「DXの話し」は手段であり、「お客様にかっこいいところを見せたい」が「あるべき姿」となる。
お客様の期待する「あるべき姿」は何かをまずは探ることだ。ならば、それを実現するための最善の策を提示するのが、プロとしての営業の真骨頂であろう。
「こうして欲しい」を”want”といい、「あるべき姿」を達成することを、お客様の”need”という。”need”を起点に、それを実現する最善の手段を考えれば、それは必ずしも、お客様にの提示した”want”であるとはかぎらない。つまり、一番良い手段は、「DXの講演」ではなく、「デジタルの基本の”き”」の方がいいはずだとなる。
提案活動は次の3ステップが基本だ。
- お客様の”want”を聞く
- お客様が”want”の背後にある”need”を見つける
- ”need”を実現するために最善の手段を考え提案する
このステップを踏むことで、お客様もまた、自分が何を求めているかを明確に自覚できるだろう。
教師とは、新しい知識を提供することだけが仕事ではない。相手が既に持っている内面にある答えに気付かせ、その実践を後押しすることも教師の大切な役割である。
求められた知識を提供するだけなら、製品やサービスについての説明、新しい技術やその価値についての説明などは、営業に頼らなくてもネットで調べることができる。詳しく聞きたければ、営業に聞くよりもエンジニアに訊いた方が話は早い。
もちろん、知識を提供するのも営業の役割ではあるが、ネットやエンジニアと同じ話しかできないとすれば、営業の存在価値はない。お客様の事業や経営にどのように貢献するのか、あるいは、いまなぜ、こういう技術やサービスを必要とするのかを、社会やビジネスのトレンドと関連付けて、その価値を伝えることができなくてはならないだろう。機能や性能、仕様を伝えることは、製品の担当者やエンジニアに任せた方が、よほど正確である。
「顧客は自分にとって何が必要か知らないのだから、顧客に答えを聞こうとしてはいけない。」
フィリップ・コトラーの言葉だ。例えば、いま多くのお客様は、デジタル化やDXに並々ならぬ関心を持っているし、何とかしなければと思っている。しかし何をすればいいのかが分からない。そんなお客様に「何をすればいいのかをお聞かせ頂ければ、最適なソリューションを提供します」と聞いたところで、困惑させてしまうだけだ。いや、「何をすればいいか分からないから相談しているのだ」と憤りさえ感じてしまうかも知れない。ならば、何をすべきかを営業が教えてあげればいい。
そのためには、まずは、お客様の「あるべき姿」をあきらかにし、それを実現するには「何をすべきか」を考え、提案することだ。そのためには、DXとは何か、それを支えるテクノロジーやそのトレンドを知っておかなくてはならない。
答えを持っていない相手に、答えを教えてあげるのは教師の大切な役割だろう。いや、まさにいまその能力が求められている。
気付きを与え、実践のための決意を促す。何をすればいいのかが分からないのなら、それを教える。それが教師の役割である。営業はその対価として、お金を頂く。
きれいごとだと思われる人もいるだろう。そんなことをしていたら背負っている数字が達成できないと思われるかもしれない。しかし、私自身の経験から、これだけははっきりと申し上げることができる。
お客様に相談しなくても、お客様から相談されるので、数字に困ることはない
一発勝負の案件を獲るためにあくせくするのではなく、教師としてお客様に信頼され、相談される存在になることだ。あの人に相談すればいいと最初に思い浮かべてもらえる「あの人」になることだ。そうなれば、売り込みなど必要ない。競合など気にすることはない。案件のきっかけはむこうから舞い込んでくる。そういうお客様を増やしてゆくことだ。
DXは、企業の文化や風土を変革することだ。デジタルを前提に、仕事のやり方を再定義することでもある。営業はそんなお客様に寄り添うことである。必要な知識や常識は変わるが、やるべきことは今も昔も変わらない。
お客様の教師になる
それが、これまでも、これからも最強の営業であろう。
【募集開始】第36期 ITソリューション塾 2月10日・開講
2月から始まる第36期では、DXの実践にフォーカスし、さらに内容をブラッシュアップします。実践の当事者たちを講師に招き、そのノウハウを教えて頂こうと思います。
そんな特別講師は、次の皆さんです。
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戸田孝一郎氏/お客様のDXの実践の支援やSI事業者のDX実践
吉田雄哉氏/日本マイクロソフトで、お客様のDXの実践を支援す
河野省二氏/日本マイクロソフトで、セキュリティの次世代化をリ
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また、特別補講の講師には、事業現場の最前線でDXの実践を主導
DXの実践に取り組む事業会社の皆さん、ITベンダーやSI事業者で、お客様のDXの実践に貢献しようとしている皆さんに、教養を越えた実践を学ぶ機会にして頂ければと準備しています。
コロナ禍の終息が見込めない状況の中、オンラインのみでの開催となりますが、オンラインならではの工夫もこらしながら、全国からご参加頂けるように、準備しています。
デジタルを使う時代から、デジタルを前提とする時代へと大きく変わりつつあるいま、デジタルの常識をアップデートする機会として、是非ともご参加下さい。
詳しくはこちらをご覧下さい。
- 日程 :初回2021年2月10日(水)~最終回4月28日(水) 毎週18:30~20:30
- 回数 :全10回+特別補講
- 定員 :120名
- 会場 :オンライン(ライブと録画)
- 料金 :¥90,000- (税込み¥99,000)
*オンラインによるライブ配信、および録画で受講頂けます。
詳細 ITソリューション塾 第36期 スケジュールは、こちらよりご確認いただけます。