Purpose beyond Profit (企業の存在意義は利益を超える)
IIRC(International Integrated Reporting Council/国際統合報告評議会)の2018年の報告書のタイトルです。
IIRCは、企業などの価値を長期的に高め、持続的投資を可能にする新たな会計(情報開示)基準の確立に取り組む非営利国際団体で、業績などの財務情報だけでなく、社会貢献や環境対策などの非財務情報をも一つにまとめた統合報告(integrated reporting)という情報開示のルールづくりやその普及に取り組んでいます。
利益は企業が自らの存在意義を追求した結果としてもたらされる
Purpose beyond Profitをこのように読み替えるとわかりやすいかも知れません。コロナ禍に直面した私たちは、まさにこの言葉の重みに向きあっています。
ピーター・ドラッカーが語ったように「社会的な目的を実現し、社会、コミュニティ、個人のニーズを満たす」ことで、自らの存在意義を追求し続けなければ、事業の継続や企業の存続はできません。どんな企業も、創業の当初は、このことを徹底して考え抜き、これを体現してきたからこそ、事業を継続できたのだろうと思います。コロナ禍は、そんな原点を問うことを、私たちに、改めて求めているのかも知れません。
企業各社は、見通しの立たないこれからの状況に備えて、年初の予算を見直し、支出を厳選しようとしています。その「厳選」の選択肢に上るに足る自分たちの「存在意義」を、あなたは明確に語ることができるでしょうか。お客様から、自分たちを、これからの取り組みに「絶対に外せないパートナー」として、認めていただけるでしょうか。景気に頼り、他人任せで何とかしのぐことは、もはや難しいでしょう。私たちはいま、そんな現実に向きあっているのだと思います。
「自分たちは、世のため人のためにいかなる価値を提供しているだろうか」を問い、それにふさわしい行動しているかを問い続けることです。それは、何も企業の経営者だけに言えることではなく、個人への問いかけでもあるのです。
「あなたは、何のためにいまの会社で働いているのでしょうか?」
「あなたが、いまこの仕事を任されているのはなぜですか?」
「あなたは、自分の役割を果たしていますか?」
あなたの存在意義は、どこにあるのでしょうか。
多くの経営者は、コロナ禍に直面し、厳しい選択を迫られています。従業員のことやコロナ禍後の攻勢を考えれば雇用を維持したいと考えるのは当然のことです。しかし、いま、事業を選別し、絞り込まなければ、会社の「いま」が立ちゆかなくなります。そんな現実と向き合わなくてはなりません。
そんなときに、自分の存在意義を、自分自身が自覚しているかどうかは、大きな差となって現れるでしょう。自分の存在意義を自覚できていれば、例え転職することになったとしても、あなたを採用しようという企業は、必ず現れるはずです。
もう少し早く手を打っておくべきだったと後悔しても始まりません。少し前までは、景気は良く、需要も途絶えることはありませんでした。むしろ人手不足で仕事が回らないくらいでした。そんな状況の中でもテクノロジーの発展は留まることはなく、ビジネスの常識も確実変わりつつありました。
そんなことは分かっていた。でも、忙しくて対処する余裕がなかったという人たちも、少なくはないと思います。そんな自分のこれまでを正当化する前に、次のチャートをご覧頂ければと思います。
例えば、リモートワークなどは、コロナ禍以前から、普及しつつありましたが、それが、新たなツールの登場程度としか受け取れなかった人たちと、働き方の常識を変えるパラダイムシフトだと受けとめ、雇用形態や雇用規則への変更、ネットワーク環境の整備に着手していた企業との違いは、従業員の会社への信頼の差となり、優秀な人材の流出や業績といったカタチで、これから確実に見えてくるようになるでしょう。
個人で言えば、クラウド・ネイティブやコンテナ、アジャイル開発やDevOpsなどは、何年の前から、その重要性が語られていました。それにいち早く気付いて、スキルを磨いてきた人たちと、日常に埋没し、自助努力を怠ってきたひとたちの差は、社会格差となって、これからはっきりしてくるでしょう。
確かに、コロナ禍がなければ、このような変化は、3年とか5年とかかかったかも知れません。しかし、コロナ禍は、この時間を3ヶ月から半年へと縮めてしまいました。トレンドを見極め対処していた企業や個人は、このスピードの変化を乗り越え、あらたな機会を生みだしています。一方でそうでない企業や個人は、これからはじめなくてはならず、かなりの苦労を強いられることになるのでしょう。しかし、もはやためらう理由はないのです。
では、そんな「存在意義」をどこに見出せばいいのでしょうか。
進化心理学という学問分野があります。その研究成果として、「人類は協力することで進化を遂げてきた」ことが分かったとしています。裏切り続ける人が多くなると社会は無秩序になり、協力する人が多くなると、穏やかで平和な社会になります。だからこそ裏切ることしかできない部族や集団より、「協力する力」を持った部族などが生き残り、優位に立つことができたのだというのです。
「サピエンス全史」の著者でもある、歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは、「人間が地球をコントロールしているのは、大勢で、柔軟性をもって協働できる動物だから」と説明しています。つまり、人間は無意識のうちに、「協力するほど生き残れる」、「協力するほど優位に立てる」ことを知り、自分の利益だけを優先して協力し合うことを拒否していると、次第に周囲から人がいなくなり、有益な協力を得られなくなってしまうと言うわけです。
京都大学大学院教授で、社会工学者の藤井聡氏は、人間が心の奥底で何に焦点を当てているかに着目した「認知的焦点化理論」を提唱しています。
「認知的焦点化理論」とは、人が何かに向き合う際、どれだけ他人に配慮できるかといった観点で、人を分類しようとする試みです。この中で、「配慮範囲」という考え方を紹介しています。
- 自分のことだけか、それとも他人まで及ぶのか
- 現在のことだけか、それとも社会の将来まで及ぶのか
「配慮範囲」が狭い、つまり「いまの自分のことだけしか考えない」人ほど利己的で、犯罪者にはこのような人が多く、一方で、「配慮範囲」が広い人、つまり「将来を見据え、世のため人のため」のことを考えほど利他的であり、そういう人が、周囲に受け入れられ、幸せをつかみ取るチャンスが増えるということです。
Purpose/存在意義とは、そんな利他的役割を、自分たち/自分は担っているかどうかと言うことなのだと思います。
企業が事業を維持していくために、あるいは個人が生活してゆくためには、利益を追求するのは当然のことです。しかし、他者にとって、金銭を払うに値する価値を提供できなければ、利益を生みだすことはできません。
半年前は、工数を提供することが、まだ価値として、世の中は受け入れていました。しかし、その優先順位は、一気に下がってしまいました。それに変わって、これからの時代に求められるテクノロジーをいち早くビジネスに組み入れ、変化に俊敏に対応できる企業体質へと転換することや、テクノロジーを武器に、競争のルールを変え、競合他社にはない競争原理で、顧客をわしづかみにするためには、どのようなビジネス・モデルを作ればいいのかが、優先順位の上位に躍り出たと言ってもいいでしょう。
こんなことは、昔はから言われていたことであり、目新しいことではありません。ただ、優先順位が入れ替わるスピードが一気に速まったことが、新しいことなのです。それを見越して取り組んでいた企業や個人と、そうでない人たちの差は、コロナ禍により明確になりました。時代の変化を先取りし、その価値をお客様に提供できる企業の利益は、コロナ禍に動じることなく、事業の機会を拡大し、利益を生みだし続けることができるでしょう。
ところで、「時代を先取り」するとは何をすることなのでしょうか。
テクノロジーの発展は、そのひとつひとつの事象を採り上げれば、大変ユニークであり、こんなことができるようになったのかと、驚かされることも少なくありません。しかし、そのひとつひとつの事象の積み重なりが、私たちの日常やビジネスの常識を、どう変化させるのかが、むしろ重要です。「テクノロジーの発展」に着目するのではなく、その結果、もたらされる「常識の変化」に着目すべきです。
テクノロジーの発展は、これまでは無理、あるいは非常識だと考えられていたことを可能にします。その結果、「そんなことは現実的ではない」と棚上げしてきた潜在的な課題やニーズを顕在化します。また、どんなに素晴らしいアイデアがあったとしても「技術的に無理」とか「コストが見合わないから難しい」と排除されてきたことが、実現可能になることを意味します。
前者に対処するのが「守りの戦略」です。他者に先んじて、圧倒的なビジネス・スピードで、この潜在的課題やニーズに対処することで、事業機会を拡大できます。後者に対処するのが「攻めの戦略」です。既存の常識にとらわれることなく、試行錯誤を高速に繰り返し、新しい競争ルールを生みだせば、競合を排除できます。
それを何のために行うのかです。それは、お客様や社会といった利他的価値を提供できるかどうかです。Purpose/存在意義とは、そのためのぶれることのない、行動原理であり、判断基準なのです。
Purpose beyond Profit (企業の存在意義は利益を超える)
この言葉をITビジネスに絡めて、私なりに解釈すれば、次のようになります。
圧倒的な技術力を有し、お客様の事業の成果に関心を持ち、共にお客様の事業の成果を生みだすための「共創」力を提供すること。
ITに関わる企業のPurposeは、そんなところに見出すべきではないかと思います。
コロナ禍の混乱の後、やがて、普通の日常が戻るでしょう。しかし、また同様のことが起こるでしょう。もはや不確実性は常態であり、私たちは、これを前提に事業を営み、生きてゆかなければなりません。
大袈裟だと思う方もきっといらっしゃると思います。それもひとつの生き方です。ただ、私は、臆病なので、毎日がビクビクです。サラリーマンじゃありませんから、定期的な収入もありません。自分のPurposeを問い続け、どうすれば、その役割を果たすかを考えなければ生きてゆけません。
いま、多くの企業で、雇用形態を見直し「ジョブ型雇用」へと移行することを検討しています。トヨタが先日発表した「一律の定昇廃止」もそんな動きの一環です。サラリーマンもまた、この現実を受け入れなければならない時代になろうとしているのかも知れません。
コロナ禍は時間の流れを加速しました。未来を待たずして、これからを見せてくれました。そんなときだからこそ、Purpose/存在意義について、真摯に向き合うには、うってつけなのだろうと思います。