「モノのサービス化」という言葉が、広く使われるようになりました。しかし、それが、既存製品をレンタルするビジネス程度に理解されている場合も少なくありません。
このような理解が、間違っているとは言えませんが、「モノのサービス化」の本質を説明しているとは言えません。そこで、「モノのサービス化」とは何か、なぜいま注目されているのかを、自動車業界を例に解説しようと思います。
ビジネスは「モノが主役」から「サービスが主役」の時代へとシフトした
高度経済成長の時代には、ビジネスは「モノが主役」でした。たくさんのモノを作り、それを売りさばくことで、企業は収益を上げてきました。そんな「モノ」の価値は、そこに作り込まれた「機能」や「仕様」によって決まります。そのため、メーカーには、魅力的な「機能」や「仕様」を実現する「モノづくり」が求められ、私たちは、対価を支払って、モノを所有することで、その価値を手に入れます。
そんな時代は、もはや終焉を迎え、「サービスが主役」の時代を迎えています。「サービス」の本質は、「効用や満足という価値を直接顧客に提供すること」です。「モノが主役」の時代には、モノを購入して所有することでしか、価値を手に入れることはできませんでした。しかし、「サービスが主役」の時代となり、私たちは、モノを持たなくても価値を直接手に入れられるようになったのです。私たちは、対価を支払って、サービスを使用することで、価値を手に入れることができるのです。
モノであれば、購入・所有したわけですから、気に入らないからと手放すと、購入のために支払ったコストが無駄になるだけではなく、代替するモノを購入するために新たなコストがかかりますから、なかなかできません。従って、対価を支払う前に、モノの「機能」や「仕様」を十分に吟味し、十分に納得したところで購入します。メーカーも購入してもらうために、多大なコストと時間をかけて、「機能」や「仕様」の魅力を高めることに努力します。
一方、サービスは、一旦は使って気に入らないからと、使うことを辞めたとしても、大きな負担にはなりません。もっといいサービスが登場したら、そちらに乗り換えることも容易です。サービス提供者は、そうならないよう、使い続けてもらわなくてはなりません。つまり、顧客の体験価値を常に高い状態に維持し続ける努力が必要となるのです。
体験価値とは、「心地よい・使い易い」、「もっと使いたい」、「ずっと使い続けたい」と、サービスを利用する体験を通じて、顧客に感じてもらうことです。
製品やサービスを通じて得られる体験のことをUX(User Experience)と呼びます。つまり、サービスを使い続けてもらうためには、UXを顧客にとって、魅力ある状態に維持することが必要となります。
そんなサービスの実態は、ソフトウェアですから、体験価値を維持するには、ソフトウェアを更新し続けることが必要です。「継続的な改善」、「最適を維持」、「顧客の期待を先回り」し、魅力的なUXを維持し続けることが大切です。「コトづくり」とは、このような取り組みのことを言います。
アジャイル開発やDevOpsが、注目されるのは、顧客や現場からのフィードバックをうけて、高速に改善し続けるためのノウハウが詰まった開発や運用の考え方やプラクティスの体系だからです。魅力的なUXを維持し続けるためには、大変有効と言えるでしょう。
「モノのサービス化」が求められる時代になった
GAFAやBATなどの新興のサービス事業者は、上記のようなサービスの特性を理解し、徹底して顧客の体験価値を高めることで、ビジネスを拡大してきました。しかし、モノづくりを生業として企業も、もはやこの流れを無視することはできなくなりました。「モノのサービス化」が叫ばれるのは、そんな背景があるからです。自動車メーカーを例に、この「モノのサービス化」について、整理してみましょう。
「モノが主役の時代」には、車両/ハードウェアに実装された「機能」や「仕様」が、価値を生みだし、これがビジネスを差別化する役割を果たしていました。しかし、車両/ハードウェアは、法律や規制もあって機能や仕様を差別化するにも制約が課せられます。また、テクノロジーの高度化と複雑化もあり、主要な機構や部品については、それぞれを専業とするサプライヤー/部品メーカーに依存する割合も増え、自動車メーカーが、独自に車両/ハードウェアで差別化することが難しくなりました。もちろん、それらを組合せ、すりあわせて、魅力的な「機能」や「仕様」を実現する努力を自動車メーカーが放棄したわけではありませんが、圧倒的な差別化を生みだすには、限界があります。
そんな状況の中で、差別化の重心をソフトウェアへ移しはじめています。「先進運転支援システム/ADAS」や「自動運転システム/ADS」に、各社が注力するのは、そんな背景があるからです。
しかし、各社がソフトウェアで競い合えば、やがては、顧客にとっては十分であり、各社同じようなレベルとなり、ここでの差別化も難しくなります。だから、自動車メーカー各社は、差別化の対象をサービスへとシフトしようとしているのです。
2018年の年初、トヨタの豊田章雄社長は、ラスベガスで開催されたCESというイベントで、「自動車をつくる会社」から、「モビリティカンパニー」に転換すること、そして、世界中の人々の「移動」に関わるあらゆるサービスを提供する会社になるという宣言をして話題となりましたが、そこにはそんな背景があったのです。そして、いまトヨタは、かつて、会社の理念を表していた”Drive your Dreams”から”Mobility for All”へと、大きく舵を切りつつあります。ソフトバンクとの合弁で設立したMonet Technologyや、東富士に建設する実験都市であるWoven Cityも、この新しい理念を体現するための取り組みなのです。
サービスを差別化の対象にしようとの取り組みは、トヨタだけではありません。日産のEasy Ride、Mercedes-BenzとBMWが合弁で取り組むReach Now、移動サービスを目的としたWhimなどの独立系の企業が参入し、競争が激しくなりつつあります。
サービスが差別化の対象になれば、サービスによって得られるデータもまた、差別化の対象として、大きな価値を持つようになります。ここで言う「データ」とは、顧客の移動データや属性データだけではなく、主義主張、趣味嗜好、人生観や悩み、ライフログ、生活圏などを含めて顧客を深く知るためのデータです。これらを効果的に収集し、UXの改善を継続することが、顧客ひとりひとりにとって魅力的な差別化を生みだし、顧客の満足を維持し続けることになるのです。
自動車/移動ビジネスの3つの戦略
自動車や移動に関連したビジネスについて、さらに掘り下げてみようと思います。
冒頭で述べたとおり、モノが主役の時代は、モノを所有することを前提に、移動を快適にするための機能を充実させることが、求められてきました。しかし、これまで述べてきたように、モノに頼ることの限界が明らかとなり、自動車メーカー各社は、サービスへと事業の重心を移そうとしています。そこには、2つの戦略が垣間見られます。
ひとつは、機能(移動)を重視する戦略で、モノである自動車をサービスとして、提供するものです。例えば、顧客が購入・所有することなく、月額定額(サブスクリプション/サブスク)で自動車を利用できるサービスを各社がはじめています。ただ、サブスクでは、自動車を資産として所有することはなくても、置く場所は顧客が用意しなくてはなりません。これに対して、ライドシェアは、呼び出せば迎えに来てくれるサービスですから、そのための負担もなくなり、純粋に「自動車での移動する」という機能だけを、直接顧客に提供できるようになります。
2つ目の戦略は、移動だけではなく、あるいは、移動以上に、ユーザーの体験価値/UXを重視する戦略です。例えば、MaaS(Mobility as a Service)は、「あなたのポケットに全ての交通を」と言われ、自動車だけではなく、公共交通機関や自転車などを含む、あらゆる移動手段を、顧客の求める体験に最適化された組合せを提案し、予約や支払いまでの一切合切をスマートホンのアプリで完結させるサービスです。
また、トヨタのWoven Cityという実験都市は、このMaaSを含めて、新しい移動体験を取り込んだ都市を実現し、その可能性や課題を見つけ出そうという取り組みです。
この2つの戦略とは異なり、これまで同様にモノを所有することを前提に、体験価値、すなわちUXを追求しようとしているのが、新興のEV(Electric Vehicle/電気自動車)メーカーであるTeslaです。第3の戦略と位置付けることができるようでしょう。
彼らは、エンジンとは異なる駆動手段であるモーターを前提に、これまでの自動車では得られなかったトルクや加速度、静粛性を実現するとともに、自動運転や感動的な操作系(UI/User Interface)を実現し、移動をエンターテイメントに仕立て上げた魅力的なUXを提供することで、顧客を惹き付けています。
また、移動のUXだけではなく、ガソリン車がいくら温室効果ガスの排出を減らしても、絶対になしえないEVのゼロ・エミッションという圧倒的アドバンテージを訴えることで、より高次元な感性に共感を求め、Teslaを持つことの喜びを訴えています。
そんなTeslaの時価総額は、2020年7月1日、2080億ドル(約22兆3000億円)に達し、トヨタを抜き世界で最も価値の大きい自動車メーカーとりました。その時点でのトヨタの時価総額は2027億4000万ドル(約21兆7000億円)でした。
Teslaと同様の戦略で成功を収めている企業は、現時点ではないように思います。そんななか、2020年のCESでソニーが、Vision-S Conceptという自動運転EVを発表しました。ソニーならではの映像や音楽などのエンターテイメントを移動の間に楽しめるよう、UXを徹底して追求した車両/ハードウェアです。これは、Teslaと同じ戦略に位置付けられるでしょう。
驚くべきは、このような自動車を家電メーカーが作り上げたことです。それができたのは、自動車部品のサプライヤーが、高度にモジュール化された部品を提供できたからであり、EVによって部品点数が減少したこともあって、実現できたと言えるでしょう。
このような背景もあって、EVメーカーが数百社も設立されているのが、中国です。政府のEV優遇策も後押しし、群雄割拠の状況です。将来、EVが当たり前の時代になると、車両/ハードウェアだけでの差別化は、ますます難しくなることが、想像されます。
そうなると、先にも説明したソフトウェアが差別化の対象となります。しかし、自動車のソフトウェア、特に先進運転支援システム/ADASや自動運転システム/ADSとなると、高度な技術力とノウハウの蓄積が必要となるため、新興のEVメーカーだけで作ることは、容易なことではありません。
そこに登場するのが、そんなソフトウェアを提供する企業の存在です。例えば、Googleの親会社であるAlphabetの傘下にあるWaymoは、そんな中の一社です。Waymoは、先進運転支援システム/ADASや自動運転システム/ADSをはじめとした自動車のためのソフトウェアを自動車メーカーに提供しています。
Waymoは、2019年6月、ルノー・日産グループと”独占的”な提携を発表しています。ただ、既に、フィアット・クライスラー・オートモビルズ(FCA)やジャガー・ランドローバーと共同でテスト車両を開発し、自律走行ソフトウェアの試験を米国で実施していることもあり、この“独占的”な契約は、少なくとも当面は、フランスや日本においてほかの企業とWaymoとの提携はできないと言うことを意味しているに過ぎません。ただ、GoogleがAndroidで携帯電話のOS市場を席捲したように、将来、様々な自動車メーカーに自社のソフトウェアを提供するようになることは十分に予想されます。
自動運転のソフトウェアを提供する企業のひとつに、ZMPという日本のベンチャー企業もあります。今後、このような企業が、さらに登場してくる可能性はあるでしょう。そうなれば、車両/ハードウェアだけではなく、ソフトウエアのコモディティ化が進み、ますますこの領域で差別化を生みだすことは難しくなるでしょう。
ただ、既存の自動車メーカーも、この第3の戦略を無視しているわけではありませんが、TeslaやVision-S Conceptに見られる、他者にはない魅力的なUXを提供しよう明確な意図は見られません。既存の自動車の延長線上に、先進運転支援システム/ADASや自動運転システム/ADSを組み入れることで、自動車の魅力を高めようとはしていますが、これまでにない革新的なUXの実現に注力しているようには見えません。
自動車メーカーが、サービスにシフトするのは、このような自動車業界を取り巻く環境が、大きく変わりつつあることが、背景にあるのです。3つの戦略のうち、第1の戦略(機能/移動を重視)は、既存のビジネス・モデルの延長にあると言えるでしょう。しかし、第2と第3の戦略(UX/体験を重視)は、ビジネス・モデルの大きな転換を迫られるため、容易なことではできませんが、それでも、そうしなければならない危機感が、この流れを加速しつつあります。
ところで、このチャートの第2の戦略に、オンラインでの会議や講演のためのサービスである「ZOOM」を置いたことを奇異に感じられた方もいらっしゃるかもしれません。それは、自動車や移動の一部をZOOMなどのサービスが、置き換えてしまう可能性を伝えたかったからです。
ZOOMなどのオンライン会議・講演サービスが、広く普及すれば、直接会わなくてもコミュニーケーションが実現し、移動の必要性は減少します。事実、私たちはコロナ禍で移動が制限されるなか、その恩恵を大いに受けているわけです。
現在は、技術的な限界もあり、移動を置き換えてしまうほどのUXを実現するには至っていません。しかし、将来、VRや5Gなどの技術が進化すれば、実際に合わなくても、生々しい実在体験を得られるUXが実現し、移動という行為の大半を不要にしてしまうかも知れません。
このような業界の枠を越えた競合の登場は、自動車業界だけではなく、様々な業界でも同様に起こっています。例えば、コンピューター・メーカーに対するクラウド事業者、銀行に対するFinTech企業、ホテルチェーンや旅行業者に対する民泊代行サービス会社、そして、小売業に限らず流通事業者や物流事業者に対するAmazonなど、テクノロジーを武器に、既存の競争原理を置き換えて、市場を席捲しています。移動という事業領域に対抗するZOOMという構図は、あながち奇異なことではないかも知れません。
「モノのサービス化」の行き先
既存製品のレンタルを「モノのサービス化」と考えるとすれば、それは極めて表層的な理解に留まります。ここに説明したとおり、「モノのサービス化」は、産業構造の根本的な転換をもたらす変革と言えるでしょう。
文明批評家のジェレミー・リフキンは、その著書「限界費用ゼロ社会」の中で、経済パラダイムの大転換が進行しつつあると述べています。
彼は、これまでの歴史を振り返り、過去の産業革命は、3つの分野でのイノベーションによって生みだされたとしています。
- 経済活動をより効率的に管理する新しいコミュニケーション・テクノロジー
- 経済活動により効率的に動力を提供する新しいエネルギー源
- 経済活動をより効率的に動かす新しい輸送手段
テクノロジーの発展により、これらの効率性や生産性が極限にまで高まり、モノやサービスを生み出すコスト(限界費用)は限りなくゼロに近づくと予見しています。そして、将来モノやサービスは無料になるとものべています。それに代わり、人々が協働でモノやサービスを生産し、共有し、管理する共有型経済(シェアリング・エコノミー)が拡がり、新しい社会が実現するというのです。
このような社会が数年のうちに実現する事はありませんが、確実にその方向に向かってゆくことは確かでしょう。私たちは、そんな「限界費用ゼロ社会」の到来を見越してビジネスのあり方を模索してゆかなければなりません。
「モノのサービス化」が、もたらそうとしている変革は、まさにリフキンが予言する「限界費用ゼロ社会」へと向かっているのかも知れません。
新入社員のための最新ITトレンド1日研修(参加費 1万円)
いまのITの常識を整理して、わかりやすく解説し、これから取り組む自分の仕事に自信とやり甲斐を持ってもらおうと企画しました。お客様の話していることが分かる、社内の議論についてゆける、仕事が楽しくなる。そんな自信を手にして下さい。
オンライン(zoom)でも、ご参加頂けます。
下記日程のいずれか1日間(どちらも同じ内容です)
【第1回】2020年8月3日(月) 定員のため締め切りました
【第2回】2020年9月2日(水) 会場が定員のためオンラインでの参加のみ受付中
1万円(税込11,000円)
新入社員以外で参加されたい場合は、3万8千円(税込 41,800円)でご参加いただけます。
詳しくは、こちらをご覧下さい。
「コレ1枚」シリーズの最新版 第2版から全面改訂
新しく、分かりやすく、かっこよく作り直しました
デジタル・トランスフォーメーション、ディープラーニング、モノのサービス化、MaaS、ブロックチェーン、量子コンピュータ、サーバーレス/FaaS、アジャイル開発とDevOps、マイクロサービス、コンテナなどなど 最新のキーワードをコレ1枚で解説
144ページのパワーポイントをロイヤリティフリーで差し上げます
デジタルってなぁに、何が変わるの、どうすればいいの?そんな問いにも簡潔な説明でお答えしています。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー
【7月度のコンテンツを更新しました】
======
新規プレゼンテーション・パッケージを充実させました!
・新入社員研修のための2つのパッケージについて改訂と新規追加
・そのまま使えるDXに関連した2つの講義パッケージを追加
・ITソリューション塾・第34期(現在開催中)のプレゼンテーションと講義動画を改訂
======
新入社員研修
【改訂】新入社員のための最新ITトレンドとこれからのビジネス・7月版
【新規】ソリューション営業活動プロセスと実践ノウハウ
講義・研修パッケージ
【新規】デジタル・トランスフォーメーションの本質〜Withコロナ時代のデジタル戦略(63ページ)*講義時間:2時間程度
>DXの本質や「共創」戦略について解説します。
【新規】デジタル・トランスフォーメーション時代の最新ITトレンドと「共創」戦略(241ページ)*講義時間:6時間程度
>DXの本質と「共創」戦略を解説するとともに、それを支えるテクノロジーであるクラウド、AI、IoT、アジャイル開発、人材の育成などについて、広範に解説します。
======
【改訂】総集編 2020年7月版・最新の資料を反映(2部構成)。
【改訂】ITソリューション塾・プレゼンテーションと講義動画 第34期版に差し替え
>AI / 人工知能
>注目すべきテクノロジー(量子コンピュータとブロックチェーン)
>これからの開発と運用
======
ビジネス戦略編
【新規】Withコロナ時代のITビジネス環境の変化(〜3年) p.6
【新規】ビジネスを成功に導く重要な3つの要件 p.7
【新規】職場 リモートワークの5段階 p.8
【新規】個人 自己完結能力の5段階 p.9
【新規】職場と個人のギャップ p.10
【改訂】デジタル化:デジタイゼーションとデジタライゼーション p.15
【新規】PDCAサイクルとOODAループ p.56
【新規】価値基準の転換が求められる時代 p.57
【新規】DXと企業文化とアーキテクチャ p.58
下記につきましては、変更はありません。
ITの歴史と最新のトレンド編
テクノロジー・トピックス編
ITインフラとプラットフォーム編
サービス&アプリケーション・基本編
開発と運用編
クラウド・コンピューティング編
サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT
サービス&アプリケーション・先進技術編/AI