今回のコロナ禍によってデジタル化の重要性が、実感を持って認知されるようになった。デジタル・トランスフォーメーション(DX)は、そんな文脈の中で、さらに注目されるようになった。しかし、「デジタル化=DX」という、極めて曖昧かつ稚拙な等式でしか、理解できないとすれば、それこそが、DXの実現を阻む最大の課題であろう。
DXとは何かについては、以前にこのブログでも紹介しているので、そちらをご覧頂きたい。
本記事では、そんなDXを阻む課題について、掘り下げる。
まずコロナ禍とDXとの関係を考える上で、前提として受け入れるべきは、「afterコロナは来ない」ということだ。新型コロナウイルスが死滅して世の中から消えてなくなることはなく、これから永遠に付き合い続けなければならい。確かに、いまは治療薬もワクチンもないので、過敏にはなっているが、やがては、「withコロナという日常」が当たり前のこととなり、意識にも上らなくなるだろう。
しかし、そのことは、同時に、コロナ禍がもたらした日常の変容も、当たり前のこととして社会が受け入れるようになることを意味している。具体的には次のような3つの常態がもたらされるだろう。
- 不要不急の移動を減らす
- 接触を避ける
- 多様な雇用形態が前提となる
そんなwithコロナ時代のニューノーマルを踏まえた、見通しを前提に、DXの実現を考えておくべきだ。
1.不要不急の移動を減らす
半ば強制的なリモートワークへの移行に伴い、通勤や顧客への訪問などの移動が、ストレスであり、時間の無駄であると実感している人たちが増えている。出社しなくても、あるいは、直接顔を合わせなくても会議や打ち合わせができるし、それで十分に機能することが分かってしまった。
そのことは同時に、リモートワークに関わる制約の数々数が、浮き彫りにされることにもなった。例えば、紙の書類や印鑑、ネットワークのVPNやファイアウォールの存在などだ。
これらの制約を解消しようとの取り組みが、いま積極的に行われている。そうなれば、「移動する」ことを前提とする働き方の常識は、意識の面でも環境の面でも、「移動しない」ことを前提としたニューノーマルに上書きされることになる。そうなれば、都心の豪勢なオフィスや、そのオフィスを前提とした通勤圏も価値を失い、オフィスの縮小や生活圏の地方への分散が進み、不動産の価値基準も変わってしまうだろう。私が住む八ヶ岳南麓の不動産屋も、いま移住を考えるひとたちの問い合わせが増えているという。
また、都心の立派なオフィスこそ就活者たちの憧れであり、採用に於いてもそのことが重要な要件となっていたが、リモートで、どこにいても仕事ができる会社の方が、彼らの魅力となるだろう。
コロナ禍で、会社の時代遅れ感、すなわち、意志決定のスピード遅さやビジネス・プロセスの課題、融通の利かない働き方などを実感したひとたちの中には、これを機に転職をしようという人たちも出てくるのではないだろうか。
2.接触を避ける
バーコードやICカード、オンラインでの買い物等、非接触で日常生活をこなしたいと思う人たちが増えている。電車やバスに乗ることは接触の機会を増やすし、誰が乗ったか分からないタクシーに乗ることも避けるようになる。これからが期待される「シェア(共有)」エコノミーも、その普及に歯止めがかかるかも知れない。
店舗での対面販売やイベントなども、これまでと同じやり方では成り立たなくなるだろう。もちろん、私たちは、群れ集うことを、本源的な欲求として持っているわけで、そのような需要が消滅することはないが、これまで接触することが常識であり、それを前提としていたビジネスにあっても、お客様との関係の多様化が進むことになるだろう。
また、これまでもそうであったが、ビジネスのカタチが「モノが主役」の時代から「サービスが主役」へとすすむ変化も、今回の事態を受けて、さらに加速されることになるはずだ。この変化は、産業構造の転換を加速することになるだろう。
3.多様な雇用形態が前提となる
高度経済成長の時代、ビジネスの主役はモノを作ることだった。モノに機能や性能を詰め込み、魅力を高め、モノの価値を訴求することで、ビジネスを創り出してきた。そのためには、統率のとれた効率の良い労働力が、事業の成長の鍵を握っていた。そのための質の高い労働力とは、教育水準が高く、どのような仕事にも柔軟に適応できる労働者だった。そんな彼らの働く時間を管理し、残業にプレミアムを与え、長時間働くことを奨励することで、ビジネスの成長を支えていた。
しかし、サービスが主役の時代へと変わり、この常識はもはや通用しなくなってしまった。サービスは、簡単に利用できるが、いつでも辞められる。ビジネスを維持し、成長させ続けるためには、移ろいやすい現場の声をリアルタイムに受けとめ、直ちに改善し、魅力をアップデートし続けなければならない。つまり、ビジネスにおける価値は、何時間働くかではなく、変化に俊敏に対応できる瞬発力であり、現場の声をサービスのカタチに変えることができるクリエイティビティである。
そんな労働力は、自分自身での即決即断と実行ができ、自ら規範を決めて行動する自律性を持ち、自由な発想と創造性に富む労働者である。
そんな彼らの労働時間を管理することはできない。彼らへの信頼を土台に、エンゲージメントやコミットメントを管理し、ナッジ(nudge/ひじで軽く突いて注意を促すこと)によって自発的な行動を促すことが大切となる。つまり、彼ら自身のセルフマネージメント能力を前提とした働き方を許容できることが、企業の成長の鍵を握る。
業績評価や人事考課も大きく変えなくてはならないだろう。例えば、管理された労働時間の中で、お上から下達されたノルマを達成することを評価する従来のやり方では、これからの時代に期待される労働力を集めることは難しいだろうし、モチベーションや能力を引き出すことはできない。
自分のPurpose(存在意義)を話し合い、自らが申告した達成目標に見合う評価と報酬を約束し、その達成の如何を評価する必要があるだろう。OKR (Objectives and Key Results/目標と主要な結果)のような目標の設定・管理方法が注目されるのは、このような背景があるからだ。
また、個人の「社内的価値」だけを評価するのではなく「社会的価値」を評価し、その価値を高めることを通じて、会社の業績にどれだけ貢献したかも、評価する必要があるだろう。
このようなことができる企業には、いま必要とされる人材が集まるだろうし、そういう人材が育つようになるだろう。そして、そういう人たちにしてみれば、リモートワークや副業・兼業なども、働き方の当たり前でなくてはならないはずだ。
そんなニューノーマルを実現するには、デジタルを駆使することはもちろん前提となるが、デジタル以外にやるべきことが遥かに多い。それは、経営者や従業員の常識、すなわち個々人の意識や組織の振る舞いを変えてゆくことだ。
DXとはデジタルを使うことが目的ではない。企業の文化や風土を変革することが目的だ。
この前提を持たないままに、AIやブロックチェーンなどの新しいデジタル・テクノロジーを使うことで業務の効率を上げようとか、新規事業を立ち上げようというのが、DXであると考えている限りに於いては、DXの真の目的が達成されることはない。まさにこれこそ、DXの実現を阻む最も大きな「課題」となる。
また、日本語の「デジタル化」とは、英語では、「digitaization/デジタイゼーション」と「digitalization/デジタライゼーション」の2つの言葉に分かれていることも理解しておくべきだ。これについては、こちらを参考にして頂きたい。
テクノロジーの進化、発展とともに、産業構造や競争原理が変わろうとしている。このような変化は、ますます加速し、一旦築いた競争優位を維持できる期間は短くなっている。この状況に対処し、事業の成長や企業の生き残りを模索するのであれば、市場の変化に合わせて、戦略を動かし続けなければならない。それが当たり前にできる企業文化や風土を作ることが、DXの実現であるとの共通の認識を持つことが、DX実現の課題を取り払うことになるのだろう。
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- 【新規】シームレスなマルチ・クラウド環境を構築するAnthos p.110
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