2003年、米国で狂牛病が発生し、日本は2005年末まで米国産牛肉の輸入を禁止した。米国産の牛肉に頼っていた「吉野屋」は、唯一の商品であった牛丼を販売できなくなり、苦肉の策で、牛丼に代わる豚丼や鳥丼などの新しいメニューを開発し、なんとか持ちこたえようとした。その後、輸入が再開され牛丼が販売できるようになっても、その時のメニューは残り、それが吉野家の新しい看板となっている。
コロナ・パンデミックの先にも、同様の世界が拡がっているだろう。
COVID-19は、いま世界の様々な常識を大きく変えようとしている。このウイルスは、肺に感染するよりも多くの人に私たちの意識に感染し、私たちの考え方や行動を変えつつある。
例えば、リモートワークやリモート会議のなし崩し的な普及は、働き方のこれまでの「当たり前」が、幻想であったことを多くの人たちに気付かせることになった。通勤が極めてストレスフルで非生産的であるということ、会議とは人と人が直接顔を合わせなくてはできないという思いこみ、業務プロセスが、未だ紙の書類や印鑑に依存して業務効率を低下させている現実などだ。
一方で、「お客様の働き方改革を支援します」と大看板を掲げている企業が、一斉に社員がリモートワークに移行したことでVPNセッションが張れず、しかもネットワークの帯域が逼迫して仕事にならないので、結局は出社しているとの話しを聞いた。
「お客様のDXの実現に邁進します」と喧伝する企業が、紙の書類を見ないと仕事の進捗が分からないし、印鑑を押さなくては業務がすすまないと、やはり出社せざるを得ないという話しも聞いている。
そういう企業を非難しようというわけではない。多かれ少なかれ、多くの企業で、このような現実と「あるべき姿」のギャップに向きあわざるを得なくなっているはずだ。そして、そのギャップを埋めようと、一気に様々な動きが始まっている。
例えば、GMOグループは、「お客様手続きの印鑑を完全に廃止」を決定し、そのための取り組みを始めると宣言した。
また、政府は、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、行政手続きに必要な対面や押印といった慣習や法規制を早急に見直す方針だ。緊急経済対策に盛り込んだ助成金や給付金を窓口に並ばなくても受け取れるようにするという。
こういう取り組みは、いまの事態が収束した後も、そのまま継続するだろう。
オンライン会議やイベントで、zoomの利用者が急拡大したことで、セキュリティ問題が指摘され、大問題となった。これに対応してzoomの開発元であるZoom Video Communications, Inc.は、90日間というわずかな期間で、製品を作り直すほどの勢いで、徹底して改善を行い、zoom 5.0のリリースにこぎつけた。結果として、他のオンライン会議システムと比べて、ぜい弱性は少なく、使い勝手も大幅によくなっている。
社会の急激な変化に戸惑い、立ちすくむ企業も多いが、こうやって、この危機的状況をきっかけとして、一気に自分たちの価値を高め、その存在感をアピールしようとの企業もある。そして、コロナ・パンデミックの先に、生き残り成長する企業は、まさにこういう企業なのだろう。
では、ITベンダーやSI事業者は、この状況にどう向きあえばいいかと言うことについては、先週のブログで整理したので、そちらをご覧頂きたい。
ここに記載したことを実践するために、3つの提言をまとめてみた。
提言1:クラウド・シフトはクラウド・ネイティブを実践せよ
未だ一部のSI事業者やITベンダーは、自らのクラウド戦略を「オンプレミスの物理マシンをIaaSへ移行することで工数とその後の運用業務を受託すること」と定義し、これを称して「クラウド・インテグレーション」と喧伝している。しかし、これは「クラウド・シフト」の解ではない。
このチャートは、日本IBM・沢橋松王氏が作成した資料だが、ここにしめされていることを要約すれば、まずは既存業務の要不要を選別し、不要なものは廃止して、必要なものはSaaSへの移行を最優先することを推奨している。また、独自性が高くSaaSでは対応できない業務については、マイクロサービス化を進め、クラウド・ネイティブ、すなわちサーバーレス/FaaSあるいはPaaS、コンテナへ移行すべきであるということだ。
コロナ・パンデミックは、「既存業務の要不要」を、結果としてあぶり出すことになるだろう。ただ、これは、リモートワークにおける要不要である。また、SaaSへの移行もすすめられるだろうが、これもまた同じ評価軸で判断される。このこと事態は、良いきっかけにはなるが、「既存業務の要不要」の一部に過ぎない。これを切っ掛けに、より網羅的に見直すことを促すべきだ。既に、機運は十分に高まっているので、お客様もこのような取り組みを大いに歓迎するだろう。
「クラウド・シフト」をビジネスのチャンスと捉えるならば、次のスキルを磨く必要がある。
- コンテナとコンテナ・オーケストレーション、FaaSをベースとした開発や運用のスキル。Kubernatesはその鍵を握るソフトウェアだ。これらは、インフラの構築や運用の負担からユーザーを解放し、現場のニーズの変化に直ちに反応して構築や改善を行うことができる基盤となる。
- アジャイル開発とDevOpsのスキル。前項と被る内容だが、変化に俊敏に対応するには、現場との対話を前提に俊敏に対応できる開発や運用が必要となる。また、ビジネスの主役がモノからサービスへと急速にシフトすることもまた、これらスキルの必要性を高めてゆく。必要なことは、現場のニーズに俊敏に対応することであって、システムを構築することではない。だとすれば、インフラの構築や運用を気にすることなくSaaS、FaaS、コンテナを使いこなすことであり、その前提として、これらスキルは不可避なものとなる。
- ビジネスについてのコミュニケーション・スキル。お客様からの要求に応えて対応するのではなく、SaaSやクラウド・ネイティブに関わる知識を前提に、ビジネス・プロセスに関わる提言を積極的に行い、既存のビジネス・プロセスのデジタル化をアドバイスできることが求められる。
言うまでもないが、「クラウド・シフト」は手段であって目的ではない。目的は、不確実性の高いビジネス環境に俊敏に対応できることである。つまり、デジタルなワーク・プレースにより、場所に関係なくどこからでも仕事ができる環境を実現する事であり、現場のニーズに直ちに対応して、アプリケーションを構築改善できることである。それは、業務プロセスや組織の振る舞い、人の考え方の改革を伴う。それらに関わり提言できてこそ、クラウド・シフトを支援できる。
提言2:ゼロ・トラストを実践せよ
「ゼロ・トラスト」については、先週のブログでも解説しているので、こちらをご覧頂きたいが、いくつかの補足をしておこう。
まず、セキュリティ対策の本質を超高圧で圧縮すると、次のような言葉になる。
「インシデントに対処するのではなく、つねに健康な状態であるかどうかをモニターし、その状態を保つこと」
ゼロ・トラストも結局は、この本質を実現しようという取り組みだ。この前提に立てば、セキュリティ対策の目的は、説明責任と事業継続であること。情報資産の保護は、手段である。
セキュリティ対策と称して、情報資産を保護するためのツールを売り込むようなことは、辞めた方がいい。なにも、ツールを売ってはいけないというのではなく、上記のようなセキュリティ対策の本質を実装することが目的であり、その実現と結びつけて、ふさわしい手段としてのツールを提供することを心がけなくてはいけない。
手段が目的化してしまった結果として、コロナ・パンデミックによって問題が顕在化したのが、VPNである。本来、VPNは少人数の出張者が社外から社内のネットワークにアクセスするための手段だが、社員全員がVPNを利用する事態となり、処理能力が足りずVPNセッションを張ることができず、結局は出社するという事態となった。また、IDとパスワードが簡単に搾取される時代となり、もはやVPNはその役割を果たせなくなり、むしろ、セキュリティ・リスクを高める危険性もある。
結論を申し上げれば、ファイヤー・ウォール/VPNレス、パスワードレスのセキュリティが必要と言うことになる。その手段が、「ゼロ・トラスト」とFIDO2を使った「シングル・サインオン・システム」である。
このチャートは、Microsoftのサービスで、この仕組みを実現したケースだ。これが唯一の解決策ではないが、現時点で利用可能な仕組みという意味では、完成度が高い。
攻撃者たちの技術の高度化と多様化に対処するには、もはや自分たちでセキュリティ対策のための仕組みを構築・運用するには、あまりにも負担が多い。むしろ、高度な専門知識の集大成であるこのようなサービスを積極的に使って、付加価値を生みだすことのないセキュリティ対策への負担を軽減し、ビジネス・ロジック/アプリケーションに傾注したいというのが、お客様の本音だ。ならば、それを支援することには、確実にビジネス・ニーズがある。
まもなく、5Gの本格的な展開が始まる。その時に、ファイヤー・ウォールやVPNは、5Gの価値である高速・大容量、低遅延などを使えなくしてしまう。この事態を回避するにも「ゼロ・トラスト」は、現時点での唯一の解決策となるだろう。
セキュリティの本質を正しく理解することだ。それにふさわしい、その時々のサービスを積極的に提言し、その実現を支援することが、求められている。
提言3:ERPの次世代への移行を実践せよ
SAP ERP製品のサポート切れに伴い、最新の製品であるSAP S/4HANAへの移行を迫られている企業は多い。SAP製品のスキルを持つSI事業者は、いまそのために大忙しの状況にあるだろう。
ただ、この多くが、現行の業務を変えることなく、ソフトウエアを新しくする「ブラウン・フィールド(Brown Field)」と言われるアプローチだ。この言葉は、既に工場などの建物が建っている土地に、新たに設備投資をして新しい工場を建設したり、既存設備を刷新したりする際に使われる。
一方、S/4HANAを業務改革と合わせて新規導入し、そこに既存データをマイグレーションする方法をという。これまで工場などの建物が建ったことがない草ぼうぼうの土地という意味で使われる。
どちらが良いかを決めるのは、容易なことではない。特に膨大なアドオン・アプリケーションを抱え、これを一気に「グリーン・フィールド」で対処することは、コストパフォーマンスや、現場の混乱など考えれば、容易なことではないだろう。
一旦は、「ブラウン・フィールド」で対処して新しい環境へと移行し、継続して「グリーン・フィールド」へ移行を勧めることも1つの選択肢となる。
また、SAPが提供するS/4HANA Cloudに加え、AWS、Microsoft Azure、Google Cloud Platformなどを使うことで、クラウド・シフトをすすめることも現実的なシナリオだ。ただ、この時に常に掲げておくべきゴールは、コロナ・パンデミック後の新しい常識に対応することだ。
前回のブログでも述べたとおり、DX実現に向けた取り組みは勢いを増す。DXの実装とは、デジタル・ツインを活かして、高速に現場を見える化し、高速に判断し、高速に行動する仕組みをビジネス・プロセスに組み入れることである。これによって、不確実性の高まるビジネス環境にあっても変化に俊敏に対応できる能力を企業が手に入れることにある。その時に鍵を握るのが、企業活動のデジタル・ツイン、すなわちERPの中核となる統合データベースだ。
様々なマスター・ファイルが散在し、それぞれに個別独立して、同期することなく処理され、データの整合性やリアルタイム制が保証されない仕組みのままでは、このデジタル・ツインを手に入れることができない。だからこそ、「グリーン・フィールド」の必要性がある。
お客様の言われたとおりではなく、あるべき姿を志向して、お客様の未来を提言し、そこに至る現実的なシナリオをお客様とともに描くことが、「共創」の本質であろう。ERPは、まさにその要であることを理解し、取り組むことだ。
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これら3つの提言を実践する上で、欠かせない要件がある。それは、まずは自分たちが実践することだ。常にテクノロジーの新しい常識を自ら体現し、そのノウハウを、模範を通じて、提供できることが、最強の営業力である。
ところで、前回のブログ「アフター・コロナのSI戦略」というタイトルだが、このブログ以降、「アフター・コロナ」という名称は、使わないようにしようと思う。なぜなら、もはや「アフター・コロナ」は到来しないということに気付いたからだ。その代わりに「With コロナ」を使う。この経緯については、こちらのブログをご覧頂きたい。
>> Afterコロナは来ない!私たちは、Withコロナの時代を生きる
これまでも毎年、インフルエンザが型を変えて繰り返し流行している。そんな流行のサイクルの1つとして、COVID-19も入り込んでくるわけで、なくなるわけではない。もちろんインフルエンザと違って、いまはワクチンも治療薬もないのが、1〜2年の内にはなんとかなるだろう。そうなれば、もはや私たちは、Withコロナを生きることになる。
コロナはもはや日常となり、その「日常」というのが、この度のコロナ・パンデミックによって、再定義された。私たちは、新しい時代の常識に生きてゆかなくちゃいけないわけで、これまでの正解が、これからの正解とはならない。新しい常識=ニュー・ノーマルを受け入れなくてはいけないということだ。
ならば、これまでのSI事業の戦略もまた、再定義されなくてはならないのは、もはや迷うべきことではない。
ITソリューション塾・第 34期(5月13日開講)の募集を開始
ここに紹介したようなことを、体系的に分かりやすくお伝えします。
第34期の概要
「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」を軸に、その本
もはやセキャリティにファイヤー・ウォールもVPNもパスワード
こんな時代を背景に「デジタル・トランスフォーメーション」の潮
本塾では、そんな「いま」と「これから」をわかりやすく解説し、
特別講師
この塾では、実践ノウハウについても学んで頂くために、現場の実
- アジャイル開発とDevOpsの実践
- 戸田孝一郎 氏/戦略スタッフ・サービス 代表取締役
- ゼロトラスト・ネットワーク・セキュリティとビジネス戦略
- 河野省二 氏/日本マイクロソフト CSO
- 日本のIT産業のマーケティングの現状と”近”未来
- 庭山一郎 氏/シンフォニーマーケティング 代表取締役
お願い
参加のご意向がありましたらまずはメールでお知らせく
直ぐに定員を超えると思われますので、その場合に備えて参加枠を
実施要領
- 日程 初回2020年5月13日(水)~最終回7月22日(水)
- 毎週 18:30~20:30
- 回数 全10回+特別補講
- 定員 100名
- 会場 東京・市ヶ谷、およびオンライン(ライブと録画)
- 料金 90,000- (税込み 99,000)
「コレ1枚」シリーズの最新版 第2版から全面改訂
新しく、分かりやすく、かっこよく作り直しました
デジタル・トランスフォーメーション、ディープラーニング、モノのサービス化、MaaS、ブロックチェーン、量子コンピュータ、サーバーレス/FaaS、アジャイル開発とDevOps、マイクロサービス、コンテナなどなど 最新のキーワードをコレ1枚で解説
144ページのパワーポイントをロイヤリティフリーで差し上げます
デジタルってなぁに、何が変わるの、どうすればいいの?そんな問いにも簡潔な説明でお答えしています。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー
【4月度のコンテンツを更新しました】
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・以下のプレゼンテーション・パッケージを新規公開致しました。
> 2020年度・新入社員のための最新ITトレンドとこれからのビジネス と事前課題
>デジタル・トランスフォーメーション 基本の「き」
・ITソリューション塾・第33期(現在開催中)のプレゼンテーションと講義動画を更新
>これからの開発と運用
新規プレゼンテーション・パッケージ ======
【新規】2020年度・新入社員のための最新ITトレンドとこれからのビジネス
【新規】上記研修の事前課題
【新規】デジタル・トランスフォーメーション 基本の「き」
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【改訂】総集編 2020年4月版・最新の資料を反映しました。
【改訂】ITソリューション塾・プレゼンテーションと講義動画
>これからの開発と運用
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ビジネス戦略編
【改訂】DXとPurpose p.21
【改訂】Purpose:不確実な社会でもぶれることのない価値の根源 p.22
【新規】デジタル・トランスフォーメーションとは何か p.29
【新規】「何を?」変革するのか p.30
【新規】「”デジタル”を駆使する」とは、何をすることか p.31
【新規】「共創」とは、何をすることか p.32
【新規】NTTとトヨタ 「スマートシティプラットフォーム」を共同構築 p.62
【新規】「両利きの経営」とDX戦略(1) P.82
【新規】「両利きの経営」とDX戦略(2) P.83
【新規】学ぶべき領域 p.272
ITインフラとプラットフォーム編
【新規】サイバー・セキュリティ対策とは p.132
【新規】サイバー・セキュリティ対策の目的 p.133
【新規】サイバーセキュリティ対策の構造 p.134
サービス&アプリケーション・先進技術編/AI
【新規】機械学習の仕組み p.61
【新規】モデルとは何か p.62
【新規】人工知能と機械学習の関係 p.93
下記につきましては、変更はありません。
開発と運用編
サービス&アプリケーション・基本編
ITの歴史と最新のトレンド編
テクノロジー・トピックス編
クラウド・コンピューティング編
サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT