「リモートワークになって、始業時と終業時に上司にメールを送るように指示されています。」
「働き方改革」が叫ばれて何年も経ちますが、いまだこのようなやり方を求められるというのは、真に改革が進んでいない証拠かも知れません。
「我が社の“働き方改革”のKPIは“時短”しかありません。結局は、家に持ち帰って仕事をしています。」
そんな「働き方改革」に甘んじている企業も少なからずあるようです。従業員に負担を強いて、カタチだけの成果をあげているようでは、優秀な人材が去って行くのは、仕方がないことかも知れません。特に意欲が高い若手にとっては、要領が悪いながらも、時間をかけて丁寧に仕事をしたいという人たちも多く、その機会を与えられることなく、成長の実感を感じられないと、転職を考える人たちが増えているとのことでした。
このような「働き方」を当たり前と考えている企業が、アジャイル開発やDevOps、クラウド・ネイティブやサーバーレスといったモダンITを受け入れることは、難しいでしょう。
これらモダンITに共通するのは、「自律したチーム」と、それを活かした「圧倒的なスピード」です。
現場に大幅に権限を委ね、現場を1番よく知る彼らが自らの責任で判断し、直ちに実行する。これを小さな単位で高速で繰り返すことで、お客様やユーザーのニーズに直ちに応えて、その時々の最適を維持すること。
モダンITの本質は、ここにあります。その前提にあるのは、現場への深い信頼と成果に対するコミットメントを大切にするという考え方です。つまり、従業員の時間を管理するのではなく、従業員の信頼とやる気を管理することです。
高度経済成長の時代には、ビジネスは「モノが主役」でした。たくさんのモノを作り、それを売りさばくことで、企業は収益を上げてきました。個々人の個別最適ではなく、汎用的な標準品を効率よく作り、広く市場に売りさばくためには、労働力が最も大切な経営資源であり、その効率や規模を維持することが、経営者には求められていました。そのために、従業員は、働く時間を管理され、長時間働くことが美徳されていたのです。
「24時間、戦えますか?」
1988年に健康ドリンクのCMに使われたこの言葉は、流行語大賞にも選ばれるほどに、世の中の共感を得たのを記憶されている方も多いはずです。まさに働くとは、労働力の提供であり、できる限り多くの人生の時間を仕事に費やすことが、求められてきたのです。定時での出社や退社を管理するという考え方は、その時代の常識であり、そうやって働けば、個々人の才覚にかかわらず役職が上がり給与も上がるという「年功序列」も従業員の時間を管理することと同根の思想が前提にあります。
もはや「モノが主役」の時代は終焉を迎え「サービスが主役」の時代を迎えたにもかかわらず、この思想が未だ引きずられています。それが、冒頭の「始業時と終業時に上司にメールを送る」や「“働き方改革”のKPIは“時短”」というカタチに現れているのです。つまり、成果ではなく時間を管理する思想です。
「サービス」の本質は、「効用や満足という価値を直接顧客に提供すること」です。「モノ」は、その効用や満足を提供する手段のひとつに過ぎません。一方、「モノ」の本質は、「効用や満足と言う価値を顧客が手に入れるための手段を提供すること」です。効用や満足を手に入れる責任は、顧客側にあります。もちろん、それらが手に入らないようなモノを提供されても顧客は困りますから、モノの使いやすさへの工夫に加え、使えるようにするための保守や研修などの「サービス」が、「モノ」の価値を高める手段として附帯しています。
5Gがまもなくサービスを開始します。回線のスピードが速くなることは、もちろんですが、それ以上に大きな変化は、「モノがつながることが当たり前」という社会が到来することです。つまり、モノがサービスを提供するためのインターフェースになるということです。
家電製品、住宅、設備機器、自動車などのモノが、サービスを使うためのデバイスとして、私たちの日常に深く入り込もうとしています。4G/LTEによってスーマートフォンがサービスを使うデバイスとして広く普及したように、あらゆるモノがサービスを利用するためのデバイスになろうとしています。そう考えると、「サービスが主役」の時代とは何かを想像しやすいかも知れません。
「モノが主役」の時代には、価値をつくる主体は企業であり、企業はモノに価値をつくり込み、顧客に手渡す時点で1円でも多くの価値を認めてもらうことを目指します。そして顧客は、企業がつくったモノに対して、その対価を支払い、消費する主体であると考えます。この考え方に立つと、顧客の手に製品やサービスが渡る瞬間に発生する価値、すなわち「交換価値」(value in exchange)=「販売価格」を最大化することが経営活動のゴールとなります。すなわち、企業による価値生産と顧客による価値消費が分業される考え方ともいえるでしょう。このような考え方を「グッズ・ドミナント・ロジック(Goods-dominant Logic)」と言います。
一方、「サービスが主役」の時代には、世の中で行われる経済活動をすべてサービスとしてとらえる考え方です。顧客がサービスを使う過程において企業が行う活動や顧客が取る行動が価値を生み続けるという前提です。企業のみでは価値の最大化を実現することができず、企業と顧客が一緒になって価値を共創する(co-creation of value)という考え方が必要となります。すなわち、経営活動のゴールは、交換価値の最大化ではなく、その後の「使用価値」(value in use)を最大化することになります。このような考え方を「サービス・ドミナント・ロジック(Service-dominant Logic)」と言います。
まさに時代は、後者に大きく移り始めています。例えば、トヨタがソフトバンクと提携し、Monet Technologiesを設立し、自動車メーカからモビリティサービスを提供する企業へ変わると宣言したのは、2018年のことでした。さらにトヨタは今年の1月、静岡県に独自のスマートシティWoven Cityを建設することを発表し、3月24日にはNTTと資本提携してスマートシティのプラットフォームを作ることを発表しています。世界でもトップクラスの自動車メーカーが、自らのビジネス・モデルを「モノが主役」から「サービスが主役」へと大きく舵を切ろうとしているのです。
サービスは、顧客の「使用価値」を最大化することであるとすれば、顧客と対話し、顧客のニーズやその変化に即座に対応して、サービスを実現しているソフトウェアを改善し続けなければなりません。そんな顧客との対話の手段が「データ活用」であり、改善する手段が「モダンIT」なのです。
顧客のニーズが多様化し、変化が加速する時代には、「データ活用」も「モダンIT」も圧倒的なスピードが必要であり、それが顧客満足を維持するために不可欠です。品質は、バグが少ないことでなくバグを直ちに修正できることであり、顧客のニーズの変化に直ちに反応して、最適を維持し続けることです。
このような価値を引き出すために必要なことは、従業員の質とパフォーマンスを最大限に引き出すしかありません。そのために必要なことは、経営者が目指すべきビジョンとゴールを明確に示し、現場を信頼して任せることです。彼らの自発的なコミットメントを信じて、その障害となるものを取り払い、自律的に成果をあげられる環境を整えることなのです。リモートワークもまた、そのための手段のひとつと言えるでしょう。
冒頭のような状況に陥るのは、「モノが主役」の時代の思想をそのままに、カタチばかりを「サービスが主役」の時代に当てはめようとする時代錯誤的な無理が、背景にはあるように思います。自分たちが変わりたくなくても、社会は変わります。それが自然の摂理であるとすれば、もはや抗いようがありません。コロナショックは、この現実を露わにし、変化のアクセルを踏み込むことになるでしょう。
「東京都内への移動自粛が要請された千葉県。我孫子市から都内の不動産会社に通う男性(59)は、会社から急な指示を受けた。出社を続けるために来週は都内のビジネスホテルに宿泊せよ、というものだった。」
こんな記事が今朝のニュースで流れてきました。カタチを作るために本質を置き去りにした典型です。たぶん、このような「トンデモ」が、普通にまかり通ってしまうのは、個々人が自分でものごとを考えず、あてがわれた枠組みに無批判に身を置くことにならされてきたからかも知れません。「あてがわれた枠組み」が時代遅れであれば、それに従っていると、時代の流れから弾き飛ばされてしまいます。そのことに気付き、行動を起こさなくてはなりません。
定時の出社や退社が不要になり、「オフィスにいること」と「仕事をしていること」を混同していた人たちにとっては、リモートワークは仕事の成果とは何かを思い知らされることになるでしょう。成果よりも、会社に居るかいないかを監視・監督することを仕事と考えていた管理職の人たちは、自分の仕事がなくなってしまわないよう、「始業時と終業時に上司にメールを送る」というルールを作ったのかも知れません。
「面と向かって集まらなければ会議ではない!」と豪語していたエライ人たちは、オンライン会議で支障がないことに面目丸つぶれでしょう。そして、部下たちは、彼らが、自分たちのITリテラシーの低さを隠すために反対していたのだということに気付いてしまいました。
コロナショックは、未曽有の不況をもたらすことになりそうです。そして、社会構造の転換を加速することになるでしょう。その転換の軸のひとつが、本投稿で述べた「モノが主役の時代からサービスが主役の時代への転換」です。これに伴いテクノロジーの重心も変わり、働き方や求められスキルも大きく変わります。
もし、あなたが、この現実に気付いているのなら、会社を変えるべく行動を起こすべきです。それでも会社が変われないなら、転職すべきです。大切なのは、あなた自身の人生です。100年人生を生き抜くためには、自分の考えで会社を見極め、自分にふさわしい判断をすべきです。
コロナ・ショックは、会社の実態、そして自分の現実をあからさまにしてしまうでしょう。ピンチをチャンスに変える絶好の機会かも知れません。
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