「お客様のご依頼に応えることはそれなりにできています。でも、こちらから仕掛け提案する力がありません。」
経営者や営業の責任者がよく口にする言葉です。
お客様の求めるものが工数や製品からサービスへと変わり、意志決定者も情報システム部門から事業部門へとシフトしています。内製化を進めようという動きも拡がっています。
情報システム部門にしか営業チャネルを持たない企業は、既存システムの保守や機能追加が大半を占め、新しい、そして大きな仕事を得ることができません。そして、そのほとんどが「安い仕事」であり、頑張った割には儲けが少ない仕事に甘んじなければなりません。
大手IT企業の下請けとなると、自分で案件をコントロールできないもどかしさがあります。幸いにも仕事はあるのですが、お客様のコスト削減要求をまるまる引き受けさせられることも多く、自らの努力による利益の拡大は難しいのが実情です。
いまは稼働率が上がり、売上と利益が伸びている企業も少なくはありません。しかし、その多くは「新しく自分たちで仕事を開拓した」からではなく「景気が上向いている」からであり、受身の業績向上です。景気の浮き沈みに左右され、自分で自分の未来を描くことはできません。
「デジタル・トランスフォーメーション」という言葉をSI事業者やITベンダーのホームページで目にすることが増えました。しかし、その実態は「AIやIoTで新しいビジネスを立ち上げること。つまり新しい“デジタル”を使うこと」程度に留まっていることも多いようです。それを使って何を“トランスフォーム”つまり変革を起こすのかを語られていることはすくなく、現場は提案のネタ程度にしか受けとめていないようです。
一方で、ユーザー企業もデジタル化あるいはデジタル・トランスフォーメーションで何とかしなければと大騒ぎですが、何をすればいいのか分かりません。そんなお客様に「何をすればいいのか教えてくれれば、解決策を提供します」といったトンチンカンなことを平気で言う営業もまだまだ多いのも残念な限りです。
このような状況を打開するには、自らが積極に仕掛けて提案し、情報システム部門だけではなく、事業部門にもアプローチできる「提案力を身につけさせたい」となるのは至極まっとうな考えのようにも思います。この現状を打開するのは、営業の提案スキル強化だと言う考えです。
私はこの考え方は間違っていると思っています。何よりも大切なことは、業績評価基準を変えることなのです。
例えば、AWSやAzureなどをベースに構築や開発、運用の需要を増やそうとすると、短期的には売上や利益の減少が伴います。多くのお客様が未だオンプレの現状であるとすれば、クラウドへの移行は技術的な問題以上に、情報システムの役割や存在意義、あるいは、彼らのアイデンティティにも関わることであり、この感情的課題をも解決しなければなりません。言うなれば、土着信仰の原住民をキリスト教に改宗させる必要があるわけで、これは価値観や生き方の問題であって、なかなか手間のかかる話しです。
そういうことをも乗り越えて、クラウドへの移行を進めても短期的な売上と利益は減少するでしょう。加えて運用は自動化され、開発のための方法もより生産性の高い手段へと移行するので、工数需要も減少します。大きな収益の支えとなっていた5年毎のリース更改に伴う需要も消滅します。
一方で、営業の業績評価基準が売上と利益です。彼らがクラウドで頑張れば頑張るほど、自分の業績の評価が下がり、出世から見放され給与やボーナスに関わる査定が下がります。これでは、提案力を身につけたいというモチベーションは生まれません。
「これからはクラウドやサービスのビジネスを伸ばしてゆかなければならない」
経営者は檄を飛ばしますが、業績評価基準は旧態依然のままです。言葉では「これからのあるべき未来」を語り、評価は「終わりつつある過去」のやり方を変えようとしません。このダブルスタンダードが現場の不信を増長し、さらにモチベーションを下げてしまいます。このような状況で提案力など身につくはずがありません。
スキルの向上や新たなスキルの獲得は、それがなくては生きてゆけないという生存欲求と不可分です。つまり、クラウドやサービスを売らなければ、自分は出世できないし、給与やボーナスが減ってしまうと言うので「ヤバイ、なんとか提案力を身につけなくては」という内発的動機付けがあってこそ身につくものです。それがなくては、スキルを身につけるモチベーションも生まれませんし、身につくはずがありません。
ユヴァル・ノア・ハラリの名著「ホモ・デウス」に次のような一節があります。
私たちは物語がただの虚構であることを忘れたら、現実を見失ってしまう。すると、「企業に莫大な収益をもたらすため」、あるいは「国益を守るため」に戦争を始めてしまう。企業やお金や国家は私たちの想像の中にしか存在しない。私たちは、自分に役立てるためにそれらを創り出した。それなのになぜ、気がつくとそれらのために自分の人生を犠牲にしているのか?
会社というのは、そこで働く人たちが幸せになるための虚構です。それがあるから、その会社で働き続けているのです。それにもかかわらず働く社員を不幸にする虚構を持ち続けることに意味があるのでしょうか。世の中が大きく変わってしまったいま、過去の虚構に基づく業績評価基準は社員を不幸にしているのだと言うことに気付くべきです。
「クラウドを売るための実践的なスキルを身につけさせたい。クラウドについての基本的な常識は教えたので、案件を引き出すコツや対話の方法、提案書の作り方など、実践的な能力を付けさせたいので、研修をお願いしたい。」
こんな相談を請けたことがあります。「クラウドについての基本的な常識」と聞いて、すこし突っ込んでみました。例えば、サーバーレスやFaaS、コンテナやマイクロサービスなどの最近の「常識」について聞いて見ると、初めて聞く言葉だと言うことでした。さらに聞けば、既存のオンプレのマシンを仮想化し、IaaSへ移管するための工数を稼ごうという話しのようでした。元々物理的なマシン販売や構築が売上に占めている割合は少ない企業であり、クラウドへ移行しても、開発や運用は変わらないから、移行に伴う工数が新たな収益源となるので、「クラウドを売る」ビジネスをすすめてゆきたいというのです。
物理マシンとクラウドとではアーキテクチャーが変わってしまいます。例え同じ機能を実現できても、スループットやセキュリティ、アベイラビリティなどの非機能要件が同じようにはゆかないこともご存じないようでした。そうなると、お客様にとっては、何ら付加価値が生まれず、むしろ未知のリスクを抱え込むことになります。
そもそも、クラウドの本来の役割は、お客様のビジネス・スピードを加速することです。そうなると、開発や運用も含めて、それぞれのスピードを加速しなければ、全体のスループットはあがりません。つまり、アジャイル開発やDevOpsとクラウドは一体の取り組みとして考え、内製化も視野に入れなければ顧客価値は実現しません。そのためには、クラウド・サービスについての広範な知識とクラウド各社のサービスに精通していなければならず、それを使いこなす技術力も求められるはずですが、既存のオンプレを前提にした技術力でなんとかなると考えているようでした。このような「クラウドについての基本的な常識」をご存じないようでした。
「クラウドを売る」とは短期的な売上や利益の減少も覚悟の上で、自分たちの収益構造を変えてしまおうということです。当然、現場を動かすためには業績評価基準を変えなければ、戦略と行動を一致させることはできません。大切なことは、結果として目指すべき業績になるように、現場が評価される業績評価基準という虚構を丁寧に作り上げることなのです。
提案力を強化するためには、自らの提案力を伸ばさなくては「ヤバイ」という現場の状況を作り出すことです。それは、ITの新しい常識を正しく理解し、事業構造を転換してゆくことでもあります。そして、それに合わせた業績評価基準を作り、言行一致を実現しなければなりません。これは、経営者の役割であり営業現場の役割ではありません。
デジタル・トランスフォーメーションが話題となっていますが、これも同じことです。デジタル・トランスフォーメーションとは何をすることなのかを正しく理解し、それにふさわしい業績評価基準を丁寧に作るべきでしょう。
「営業の意識が足りない。スキルも不足している。」
だから提案力が伸びない、業績が伸びないというのは、経営者や管理者の常識と自覚の欠如です。こんなことをしているから、優秀な人材は会社を離れてゆくのです。事業の成長どころか、生き残りさえ難しくなってしまうでしょう。
後ろを向きながら前へ進むのは容易なことではありません。しっかりと前を向いて、その先に続く道の行く末を見通しながら歩みをすすめてゆくべきです。過去の業績評価基準が過去にあっては成果をあげたとしても、これからも通用すると考えるのは愚かな思いこみでしかありません。
業績評価基準を目指すべき業績目標に合わせて丁寧に設計することです。そこに手を抜くべきではありません。様々な取り組みに合わせて最適化された複数の業績評価基準を持てば、現場は自ずとそれにふさわしい行動をとり、必要な能力を自らが磨いてゆき、結果として、業績が達成されます。そう、業績とは業績評価基準の巧拙の結果に過ぎないのです。
世の中が急激に変化し続ける中、業績評価基準という虚構をダイナミックに変えながら、現場のモチベーションを維持し続けることが、経営者や管理者の役割ではないでしょうか。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA
【9月度のコンテンツを更新しました】
・デジタル・トランスフォーメーションについての記述を増やしました。
・新入社員研修の研修教材を改訂しました。
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総集編
【改訂】総集編 2019年9月版・最新の資料を反映しました。
パッケージ編
【改訂】新入社員のための最新ITトレンド研修・2019年9月版
ビジネス戦略編
【新規】IT投資並びに情報サービス産業の市場推移(1)p.3
【新規】IT投資並びに情報サービス産業の市場推移(1)p.4
【新規】コレ1枚でわかる最新のITトレンド p10
【改訂】デジタル・トランスフォーメーションとは何か(1) p.12
【改訂】デジタル・トランスフォーメーションとは何か(3) p.10
【改訂】デジタル・トランスフォーメーションとは何か(4) p.11
【新規】新規事業やイノベーションは「手段」に過ぎない p.89
【新規】成長を左右する2つのメンタリティ p.210
【新規】抵抗勢力に打ち勝つ方法 p.211
【改訂】「社会的価値」とは何か p.213
【新規】計画された偶発性理論 p.221
サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT
【新規】Microsoft Hololense2 p.55
【新規】IoTとAR/MR p.56
サービス&アプリケーション・先進技術編/AI
*変更はありません
ITインフラとプラットフォーム編
【改訂】システム利用形態の歴史的変遷 p.68
クラウド・コンピューティング編
【改訂】異なる文化の2つのクラウド戦略 p.108
サービス&アプリケーション・基本編
*変更はありません
開発と運用編
*変更はありません
ITの歴史と最新のトレンド編
【新規】前提となるITビジネスの環境変化(〜5年) p.12
【新規】スマートフォンとは何か? P.13
テクノロジー・トピックス編
*変更はありません