「経団連本部の会長室にはじめてPCが設置される」や「PCを使ったことのないサイバーセキュリティ担当大臣」の話題が盛り上がっているが、日本の経営や政治のトップの多くは似たり寄ったりなのだろう。
攻めのIT、ビジネスのデジタル化、デジタル・トランスフォーメーションなどと巷では騒いでいるが、これでは現場が声を上げても、その意味や価値が実感として伝わらないわけで、適切な意志決定を期待することは難しいかもしれない。ましてや彼らが自社のデジタル・トランスフォーメーションにむけたイニシアティブをとることなど期待することはできない。
「IoTやAIでうちも何かできないか?」と平然と部下に指示する経営者もまた同類だ。「言葉を知っている」ということにおいては、某大臣よりもITリテラシーは高いと言えるかもしれないが、それが何かを知らないままに、世間の流行に乗り遅れまいと、このような指示を出しているとすれば、指示された部下もたまったものではない。
なぜ、我が国のご年配の指導者層はかくもIT音痴なのかについては、こちらの記事に整理してみたので、よろしければご覧頂きたい。
>> 「なぜ、我が国のご年配の指導者層はかくもIT音痴なのか」
しかし、これを経営者や年配の指導者層の問題だと考えるのも早計だ。
「社長からIoTでプロジェクトを立ち上げるように指示されたのですが、何から手をつけていいのか、ほとほと困っています。」
先日、30代半ばのリーダー・クラスの方からこんな相談を頂いた。このようなご相談をいだくのは彼からがはじめてではない。現場の実務を担当する方たちからも、このようなご相談を頂くことは珍しくない。
結局、何をしていいのか分からないままに、まずはIoTについてのネットの記事や書籍を探り、研修や講演で話しを聞いて「調査」と称する時間についやしているのが実態のようだ。そして、調査のままに終わることもある。
デジタル推進室やデジタル・ビジネス開発室などの組織まで作り、その取り組みを加速しようとしている企業もある。覚悟を社内外に示すというのは、意味のあることだが、ビジネスの第一線から離れた本社直下の組織であり、現場の第一線からは遠ざかっていた本社スタッフがその役割を担うことが多いし、ITに明るい人が関わっていることは希だ。しかも、早々に成果をあげることが期待され、「何をどうすればいいんだ?」と、こちらもまた調査と検討に時間を費やしているところもあるようだ。
このような状況に陥っている人たちに共通することだが、事業課題を明らかにすることなくテクノロジーを使うことが目的となってしまっているようにも見える。テクノロジーがもたらす社会やビジネスへのインパクト、これに対処するための課題の明確化、さらには時代に即した新しいビジネスの創出などを検討し、これからの事業のあるべき姿を描くべきであるが、そのような議論に至ることなく、既存の業務に当てはめて、使えるところを探すことに終始している。
一歩進めて、使えそうなところを見つけて使ってはみたものの効率や品質は現状とたいして変わらないという結論に達し、「使ってみた」という成果だけが残るという取り組みもあるようだ。これを称して「PoC」と言うのだそうだ。
ただ、本来PoCのC = Concept(概念)とは、事業の概念であり、実現したい事業のあるべき姿に近づいたかどうかを検証することが趣旨である。その実現に、IoTの手段は有効であったかどうかを検証することだ。しかし、IoTとは何か、あるいはAIで何ができるのだろうかといった機能や性能への興味や関心、好奇心を満たすためだけのPoCになっていることも多い。このようなPoCのCはCuriosity(好奇心、物珍しさ、詮索好き)であり、これでは、事業の成果に結びつくことはない。
では、どのように取り組めばいいのだろう。
このチャートは、いくつかのIoTに関わる成功事例を参考に、成功の要件を整理したものだ。どの取り組みにも共通しているのは、「IoTで何かできないのか?」と社長に言われて、それをそのままに実行しようとしたわけではないことだ。「IoTで何かできないのか?」という問いかけを、いま自分たちが抱える事業課題の解決や将来起こりうる事態への対処、新たな競争優位の創出と結びつけ、それを解決あるいは実現する1つの手段としてIoTを捉えることからはじめたことが、成果に結びついたと言えるだろう。
つまり、「IoTで何かできないのか?」を次のように読み替えている。
- 事業の存続や成長にとっていま何が課題なのか、これから何が課題になるのか
- この課題を解消するためにすべきことは何か
- 有効な手段は何か、IoTはその有効な手段になり得るか
例えば、人材の不足、競争の激化、変化の速さといった直面する課題を解決しようとしたとき、過去の経験や方法論にとらわれず、「いまできるベストなやり方は何か」を追求した結果、「IoT」が最適解であるとすれば、それがIoTで取り組むテーマとなる。しかし、他の手段が有効であるとすれば、なにもむりやりIoTで取り組む必要はない。大切なことは、事業の存続や成長のための戦(いくさ)に勝つことだからだ。
かつて我が国は、太平洋戦争に於いて、幾度も勝ち目のない戦に挑み、「玉砕」を余儀なくされた経験を持っている。そんな戦いの中には、指揮官の立場を忖度し、ああ言ったのだから恥をかかせてはいけない、あるいはその信念に報いるためにと情が優先し、戦略的合理性を欠いた決定が下され、尊い命が奪われてしまったケースも少なからずあったようだ。「IoTで何かできないのか?」と社長が言ったので、何が何でもやることが大切だと考えるのは、そんな「玉砕」思考と変わらないだろう。
また、「ビジネスのデジタル化」や「デジタル・トランスフォーメーション」を勘違いしている節がある。RPAを導入して作業効率を上げることではないし、Uberやメルカリのような新しいデジタル・ビジネスを創ることではない。既存のビジネスを、デジタル・テクノロジーを駆使して変革し、変化の激しいビジネス環境への即応力や新たな競争力の源泉を生みだす組織やビジネス・プロセスを実現することだ。
「デジタル・トランスフォーメーション」とは、2004年、スウェーデンにあるウメオ大学のエリック・ストルターマンが提唱した言葉で、「業務がITへ、ITが業務へシームレスに変換される状態」であると述べている。これは、本業は人間が行い、ITはこれを支援して納期短縮やコスト削減を実現するといったITの役割とは本質的に異なる考え方だ。
ITに任せられることは積極的にITに任せ、ITと人間が渾然一体となって、シームレスに一体連携したビジネス・プロセスを実現し、これまでにはないスピードやコストを実現しようというのが、デジタルトランスフォーメーションということになる。
その先駆的な事例と言えるのがAmazonだ。例えば、Amazon Prime会員であれば、商品を朝注文してその日の夕方に受け取ることができる。Amazon Prime Nowを使えば30分後には手もとに届いている。しかも手数料はかからない。これができる通販サービスは他にはない。この圧倒的な利便性に顧客は惹き寄せられてリピーターとなり、他を使わなくなってしまう。こうして他者を排除し、同時に大量の顧客情報を収集し、それを買ってくれそうな商品の紹介や予測発注に活かすとともに、さらに魅力的なサービスを生みだすために使われる。
また、顧客接点をさらに拡げ、一層の顧客情報を収集するといったサイクルを実現し、既存の産業を破壊するほどの競争力を生みだしている。そのために、IoTやAI、自動倉庫のロボットなど、デジタル・テクノロジーに膨大な投資をおこない、ITと人間が渾然一体となって、徹底した最適化を実現している。いわばビジネスのサイボーグ化と言えるだろう。何処までが人で何処までがITなのかを意識することなく、一体となってビジネスが進んでゆく。
このようなデジタル・トランスフォーメーションの本質を理解し、これを自分たちのビジネス課題の解決や来たるべき未来のためにどう使えばいいのかを考えられる能力がITリテラシーということになるのだろう。
このような思考回路を磨き上げるのは当事者である事業会社の人たちがやらなければならないことだが、そんなお客様を支援し、このような取り組みを支援することで収益を得たいと考えるITベンダーやSI事業者もまた、同様の思考回路を持つ必要がある。いやむしろ、そういう考えをお客様に埋め込む役割を担うことが、自らの役割であると自覚すべきだろう。
構築や開発はやがて機械に置き換えられてゆくが、事業課題を明らかにし、それを解決するためにテクノロジーをどのように適用すればいいのかを考え、その取り組みを主導する「技術力」は、人間の役割であり、ますます必要とされてゆく。ここに貢献できるかどうかが、今後のビジネスの成長の鍵を握ることになる。
いまや流行の「共創」ではあるが、いまの次代に即して考えれば、お客様と同じ思考回路で、一緒になってデジタル・トランスフォーメーションの最適解を見つけ出し、それを実現する取り組みと言うことになるのだろう。そのために必要なことは、実装力もさることながら、ここでいうところのITリテラシーを磨くことが、その取り組みの前提となる。つまり、様々なデジタル・テクノロジーをビジネスや社会の価値と結びつけて考えられる思考回路ということだ。
経営者のITリテラシーの低さを嘆くだけでは、なにも解決しない。むしろ積極的にお客様のITリテラシーを高め、お客様の未来を先導する能力を磨くべきだ。そういう取り組みを通じて、お客様の事業の改革を「共創」によって支援し、自分たちのビジネス・チャンスを切り拓いてゆくべきではないか。
かつての本業を支援する手段としてのITは、デジタル・トランスフォーメーションの潮流の中で、お客様の本業そのものへとシフトする。手段は少しでも安くすることが命題であり、外注はその方策として広く定着してきた。しかし、本業となれば、コアコンピタンスを生みだす源泉であり、自ずと内製へとシフトする。工数需要がなくなることはないが、クラウドや自動化との競争となり、十分な利益を期待することは難しい。ならば、本業の成果に貢献できる高い技術力をそれに見合う料金で提供し、お客様の内製化を支援することで、収益を得るシナリオを描くべきだろう。
多くの人にとっては、時代の変化は曲がりきった後で気付かされるものだ。しかし、その変化を曲がる前に先読みできた人たちが、ビジネスのイニシアティブを握ることができる。そのためには、ITリテラシーを磨くことが、益々大切になるのだろう。
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【新規】人工知能の2つの方向性 p.10
【新規】「人工知能」と言われるものの4つのレベル p.12
【新規】各時代のAI(人工知能)と呼ばれるもの p.13
【新規】機械学習がやっていること 1/2 p.14
【新規】機械学習がやっていること 2/2 p.15
【新規】ルールを作るとはどういうことか p.16
【新規】機械学習でできる3つのこと p.17
【更新】AIと人間の役割 p.18
【新規】機械学習の仕組み/学習が不十分な状態 p.56
【新規】機械学習の仕組み/学習が十分な状態 p.57
【新規】ニューラル・ネットワークの仕組み p.65
【新規】どんな計算をしているのか p.66
【新規】A12 Bionic p.150
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【更新】仮想化の役割 2/2 p.62
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