「提案力を身につけさせたい」
経営者や管理者がよく口にする言葉だ。
お客様の求めるものが工数や製品からサービスへと変わり、意志決定者も情報システム部門から事業部門へとシフトする。
情報システム部門にしか営業チャネルを持たない企業は、既存システムの保守や機能追加が大半を占め、新しい、そして大きな仕事を得ることができない。そして、そのほとんどが「安い仕事」であり、頑張った割には儲けが少ない。
大手IT企業の下請けとなると、自分で案件をコントロールできないもどかしさがある。幸いにも仕事はあるが、お客様のコスト削減要求をまるまる引き受けさせられることも多く、自らの努力による利益の拡大は難しい。
いまは稼働率が上がり、売上と利益が伸びている企業は少なくない。しかし、その多くは「新しく自分たちで仕事を開拓した」からではなく「景気が上向いている」からであり、受身の業績向上だ。景気は浮き沈みがあるので、このままのはずはない。
このような状況を打開するには、新しいことを提案し、情報システム部門だけではなく、事業部門にもアプローチできる「提案力を身につけさせたい」となる。これは至極まっとうな考えではあるが、その先がいけない。
必要なことは、営業の提案スキル強化だと考えている経営者や管理者たちが実に多い。しかし、これは間違っている。何よりも大切なことは、業績評価基準を変えることだ。
例えば、AWSやAzureなどをベースに構築や開発、運用の需要を増やそうとすると、短期的には売上や利益の減少が伴う。多くのお客様が未だオンプレの現状であるとすれば、クラウドへの移行は技術的な問題以上に、情報システムの役割や存在意義、あるいは、彼らのアイデンティティにも関わることであり、この感情的課題をも解決しなければならない。言うなれば、土着信仰の原住民をキリスト教に改宗させる必要があるわけで、これは価値観や生き方の問題であって、容易なことではない。
そういうことをも乗り越えて、クラウドへの移行を進めても短期的な売上と利益は減少する。加えて運用は自動化され、開発のための方法もより生産性の高い手段へと移行するので、工数需要も減少する。大きな収益の支えとなっていた5年毎のリース更改に伴う需要も消滅する。
一方で、営業の業績評価基準が売上と利益であるとすれば、彼らが頑張れば頑張るほど、自分の業績の評価が下がり、出世から見放され給与やボーナスに関わる査定が下がる。これでは、提案力を身につけたいというモチベーションは生まれない。
「これからはクラウドやサービスのビジネスを伸ばしてゆかなければならない」
経営者は檄を飛ばすが、業績基準は旧態依然のままである。言葉では「これからのあるべき未来」を語り、評価は「終わりつつある過去」のやり方を変えようとしない。このダブルスタンダードが現場の不信を増長し、さらにモチベーションを下げてしまう。このような状況で提案力など身につくはずがない。
スキルの向上や新たなスキルの獲得は、それがなくては生きてゆけないという生存欲求と不可分だ。つまり、クラウドやサービスを売らなければ、自分は出世できないし、給与やボーナスが減ってしまうと言うので「ヤバイ、なんとか提案力を身につけなくては」という内発的動機付けがあってこそ身につくものだ。そこに取り組まずに、論理的思考力、ドキュメンテーション力、対話力などのスキルを向上させようとしても、実践で使えば自分の生存が脅かされるわけで、身につくはずがない。
このような研修に唯一価値があるとすれば、「息抜き」だろう。会社のお金で、しかも公認で日常の仕事から離れて、いつもと違う脳みそを使う。そんな頭の遠足を楽しむことができることだ。
「クラウドを売るための実践的なスキルを身につけさせたい。クラウドについての基本的な常識は教えたので、案件を引き出すコツや対話の方法、提案書の作り方など、実践的な能力を付けさせたいので、研修をお願いしたい。」
こんな相談を請けたことがある。「クラウドについての基本的な常識」と聞いて、すこし突っ込んでみたくなった。例えば、サーバーレスやFaaS、コンテナやマイクロサービスなどの最近の「常識」について聞いて見ると、初めて聞く言葉という。さらに聞けば、既存のオンプレのマシンを仮想化し、IaaSへ移管するための工数を稼ごうという話しのようだ。元々物理的なマシン販売や構築が売上に占めている割合は少ない。クラウドへ移行しても、開発や運用は変わらないから、移行に伴う工数が新たな収益源となるので、「クラウドを売る」ビジネスをすすめてゆきたいというのだ。
物理マシンとクラウドとではアーキテクチャーが変わってしまう。例え同じ機能を実現できても、スループットやセキュリティ、アベイラビリティなどの非機能要件が同じようにはゆかないこともご存じないようだった。そうなると、お客様にとっては、何ら付加価値が生まれず、むしろ未知のリスクを抱え込むことになる。ひとつ価値があるとすれば、「クラウドへ移管した」という「実績」あるいは「看板」を手に入れることぐらいだろう。
そもそも、クラウドの本来の役割は、お客様のビジネス・スピードを加速することだ。そうなると、開発や運用も含めて、それぞれのスピードを加速しなければ、全体のスループットはあがらない。つまり、アジャイル開発やDevOpsとクラウドは一体の取り組みとして考え、内製化も視野に入れなければ顧客価値は実現しないだろう。そのためには、クラウド・サービスについての広範な知識とクラウド各社のサービスに精通していなければならず、それを使いこなす技術力も求められるが、既存のオンプレを前提にした技術力でなんとかなると考えているようだった。
短期的な売上や利益の減少も覚悟しなければならない。クラウドを売るとは、自分たちの収益構造を変えてしまおうという取り組みであるということだ。当然、現場を動かすためには業績評価基準を変えなければ、戦略と行動を一致させることはできない。
このような「クラウドについての基本的な常識」をご存じないようだった。
提案力を強化するためには、自らの提案力を伸ばさなくては「ヤバイ」という現場の状況を作り出すことがまずはやるべきことだ。それは、ITの新しい常識を正しく理解し、事業構造を転換してゆくことでもある。そして、それに合わせた業績評価基準を作り、言行一致を実現しなければならない。これは、経営者の役割であり営業現場の役割ではない。
「営業の意識が足りない。スキルも不足している。」
だからうまくいかないというのは、経営者や管理者の常識と自覚の欠如だ。こんなことをしていては、優秀な人材は会社を離れてゆく。事業の成長どころか、生き残りさえ難しくなってしまう。
難しいのは、新しい考えになじむことではなく、古い考えから抜け出すことだ。
経済学者ケインズの言葉にあるように、これが一番難しい。自らの世界観を改めるよりも、現実を調整し自分たちに都合のいいように変えてしまうほうが楽だからだ。
現実に真摯に向き合うべきだろう。世の中は思っている以上に急速に変わってしまうことは、誰もが実感していることだ。
【締め切りました】ITソリューション塾・第29期
10月から開講予定のITソリューション塾・第29期は定員となりましたので、受付を締め切らせていただきました。多くの皆様のお申し込み、ありがとうございました。
次期は、来年2月スタートを予定しています。どうぞ、改めてのご参加をご検討下さい。
詳しくは、こちらをご覧下さい。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA
LiBRA 9月度版リリース====================
RPAのプレゼンテーションを作りました。(ITソリューション塾の最後にむに掲載)
他にもいくつかのプレゼンテーション・パッケージを新規追加・更新致しました。
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プレゼンテーション・パッケージ
【新規】RPAについてのプレゼンテーション(25ページ)
【更新】新入社員のための最新ITトレンドとこれからのビジネス(187ページ)
【更新】ビジネスリーダーのためのデジタル戦略塾・最新のITトレンド(203ページ)
【更新】フィン・テックとブロックチェーン (40ページ) *テクノロジー・トピックスより分離
ビジネス戦略編
【更新】デジタル・トランスフォーメーションの実際 p.16
【新規】デジタル・ディスラプターの創出する新しい価値 p.17
【更新】もし、変わることができなければ p.18
*人材開発・育成編をビジネス戦略編より分離し、新しくパッケージし直しました。
ITの歴史と最新のトレンド編
【新規】人類の進化と知識 p.12
【新規】自然科学発展の歴史 p.13
サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT
【新規】インターネットに接続されるデバイス数の推移 p.10
【新規】新規事業の選択肢とモノのサービス化 p.44
【新規】IoTのビジネス戦略 p.47
【更新】LPWAネットワークの位置付け p.72
サービス&アプリケーション・先進技術編/AI
【新規】AI導入/データの戦略的活用における3つの課題
開発と運用編
【更新】DevOpsとコンテナ管理ソフトウエア p.57
【新規】開発と運用の方向性 p.58
テクノロジー・トピックス編
*変更はありません。ただし、FinTechとブロックチェーについては、別資料としてまとめました。
ITインフラとプラットフォーム編
【更新】仮想化の役割 p.70
【新規】仮想化の役割/解説 p.71
サービス&アプリケーション・基本編
*変更はありません
クラウド・コンピューティング編
*変更はありません