「システムインテグレーション崩壊」を上梓したのは2014年6月のことでした。それまで講演や講義の中でお伝えしてきたことを1冊の書籍にまとめたいという想い、そしてあらためて自分の中にある曖昧な問題意識を言葉にすることで明示的に整理し直したいという想いから書き上げました。おかげさまで3版を重ね、多くの皆さんに現実に向き合う機会を提供できたことで、本書はひとつの役割を果たせたと思っています。
一方で、「崩壊するのは分かった。しかし、この事態に対処する具体的な方策は何も示されていないのは片手落ちだ。」というご批判を頂いたことも事実です。しかし、その答えは簡単ではありません。一般論や概念論は語れても、実践的な手順が示されていなければ役には立ちません。
ならば、それを整理することに取り組んでみようと思い立ち、崩壊のメカニズムやその先にある戦略を理論的に示すことに取り組みました。さらには、ポストSIビジネスの実践者たちを訪ね、彼らの描く未来やそこに至る取り組みを具体的に学ぶことで、その根底にある戦略やシナリオを体系的に捉えられるフレームワークを作ろうとしました。
しかし、想いはあってもそれを実現するとなると簡単ではありませんでした。このフレームワークで整理できそうだと思い描いてみると矛盾に突き当たり、描き直すとこれまでうまく整理できたはずのことがはみ出してしまいます。そんな試行錯誤を繰り返し、「3つの戦略と9つのシナリオ」として整理したのが「システムインテグレーション再生の戦略」です。
- これまでの人月積算の収益モデルは、サービス化や自動化、生産年齢人口の減少などの構造的な問題を抱えており、これを維持することは難しい。
- 実践者たちの取り組みから見えてくるポストSIビジネスの戦略やシナリオは、一時的な売上減少を許容するのであれば、将来の利益率の拡大を期待できる。しかし、売上を拡大に転ずるまでは、ビジネス・モデル転換のための人的、金銭的投資を受け入れなくてはならない。
- お客様のビジネスや経営に関わることに、これまでにも増して真剣に取り組まなければならない。もはやインフラやプラットフォームは、クラウドや自動化に置き換えられ工数を稼ぐことはできなくなる。ITを活かして、お客様のビジネスプロセスを変革し新たな競争力の源泉構築を支援することや、加速するビジネス環境の変化に即応できる経営基盤の構築を支援することなど、システムを作ることからシステムを活かす事業へと自らの事業価値の転換を図らなければならない。
このような取り組みを実践するのは容易なことではありませんが、その基盤となるスキルや人材はあるはずです。問題は、できるだけ早い段階で一歩を踏み出せるかどうかでしょう。
利益率が低く、高い稼働率を維持しなければ利益を維持できないという課題を抱えているSI事業者にとっては、稼げる人材を現場から剥がして新たな取り組みに関わらせなければならないことは大きな決断です。しかし、もはやそんな悠長なことをいっていられる状況ではないことも本書では定量的に示させていだきました。
「新規事業が成功する条件は、成功するまで資金が続くこと」
『イノベーションのジレンマ』の著者、クレイトン・クリスチャンセン氏の言葉です。新規事業は試行錯誤の繰り返しが不可避であり、資金が続かなければそれができません。だから工数需要で稼げるうちに取り組んでおかなければならないのです。
工数需要が減れば稼働率は下がり人件費はコストとして重くのしかかってきます。そのとき利益率が低い仕事しかできないままなら、すぐに資金が続かなくなってしまうでしょう。そのときに「すぐに新規事業を立ち上げろ」といっても無理だということを忘れないようにしなくてはなりません。
この本には、新規事業に取り組むときの「べからず集」も掲載しました。
ウォーターフォールで考えない
想像の産物としての「全部できる」システムではなく、本当ら使ってくれる人を特定できるビジネスからはじめることです。
最初はKPIの達成を求めない
SI事業者が、これまで手がけてきたビジネスの多くは、既存業務の改善でした。コストを何割削減する、あるいは、できなかったことをできるようにするというように、前提となる基準があるのでKPIを設定できました。しかし、これまでにない新しいビジネスはそれがないのでKPIを定めることはできません。試行錯誤を繰り返し、KPIそのものを探しながらすすめてゆかなくてはなりません。
ボランティア・サークルで取り組まない
専任ではなく別に本業を抱えたメンバーが、リソースも与えられずに自助努力を強いられるだけでは、成果をあげることはできません。
「みんな」でやらない
「新しいビジネスをみんなで一緒に考えましょう」といったゴールを定めない複数企業でのパートナーシップは、厳に慎むべきです。できない者同士が集まっても補完関係を築くことはできません。できないことを共に嘆き、慰め合うだけの残念会になりかねません。
「いま」から未来を考えない
答えは未来にあります。どんなに自分たちがもがいたところで、ITの未来は変えられません。だから答えを未来に求めるのです。未来に起点を置いて、そこに向かう道筋を逆引きすることで、ポストSIビジネスの戦略を描くのです。
では、具体的にどうすればいいのでしょうか。本書では、その具体的な筋道を示めそうとしました。それを実践する人たちの言葉も収録しました。
本書を出版して2年が経ちましたが、ここで描いたことは、いまもその本質は変わっていません。ただ、変化のスピードは、あきらかに加速していいます。例えばクラウドは、企業の基幹業務ばかりではなく銀行の勘定系システムにも範囲を拡げようとしています。IoTやAIなどのテクノロジーの発展と適用範囲の拡大は、競争優位を実現する手段としてITを戦略的に使っていこうという経営者や事業部門のモチベーションを高めています。
これに伴いITに関わる意志決定の重心を事業部門へとシフトさせつつあるのです。つまり、ITビジネスの役割は、「お客様のビジネスの成果に貢献する手段を提供すること」から、「お客様のビジネスの成果に直接貢献すること」へと重心を移しつつあります。お客様の視点で表現すれば、「ITは本業を支援する手段」という考え方から、「ITは本業そのもの」へと、変えてゆこうというわけです。
これは「守りのIT」から「攻めのIT」へという一面的な捉え方では理解できません。もっと本質的な変化が起こりつつあります。それが、「デジタル・トランスフォーメーション」です。
デジタル・トランスフォーメーションとは、「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念であり、これを実現するにはデジタル・テクノロジーを駆使して、業務プロセスやビジネス・モデルの変革を実現しなくてはなりません。
かつての情報システムは、紙の伝票の受け渡しや伝言で成り立っていた仕事の流れを置き換え、標準化された業務プロセスを現場に徹底させることで効率や品質を高め、維持するために使われてきました。「ITは本業を支援する手段」とはこのようなことです。
しかし、デジタル・トランスフォーメーションを実現するためには、基本的な業務プロセスをITで徹底して自動化し、そこから得られる膨大なデータを機械学習で解析して最適解を見つけ出し、即座に現場の業務プロセスに反映できる仕組みが必要なのです。
これにより人間の役割を、戦略やビジネスモデルの策定などの創造性を発揮することや、お客様へのホスピタリティを維持するなどの「人間にしかできないこと」へとシフトさせなくてはなりません。これにより、企業は変化への即応力と破壊的競争力を手に入れようというわけです。これが、「ITは本業そのもの」ということです。
ITに関わる戦略も求められるスキルも変わります。何よりも、お客様との係わり方が変わります。「共創」や「デザイン思考」という言葉が注目される背景はここにあります。つまり、お客様と一緒になって、お客様の事業の変革に貢献することを通じ、ITビジネスのチャンスを手に入れようという考え方です。
「共創」や「デザイン思考」を駆使して、お客様のデジタル・トランスフォーメーションの実現を支援することを通じて、これからのITビジネスを作ってゆくことに、直接関与してゆくことが、SIビジネスの次のシナリオです。
本業を支援するこれまでのITはクラウドや自動化によってコストの削減を徹底させることを目指すことになるでしょう。もちろんここにもビジネス・チャンスがあります。一方で、クラウドや自動化で浮いた予算や人材をデジタル・トランスフォーメーション実現のために振り向け、さらには戦略的な予算を上乗せし、本業の刷新を図るというわけです。そこには、さらに大きなビジネス・チャンスがあります。
本業とは企業のアイデンティティを形成する経営や事業そのものです。それを外部に丸投げするなどというところはありません。その行き着くところは情報システムの内製化です。アジャイルやDevOpsは前提となります。クラウドもまた前提であり、それを使ってスピードと変化への即応力を担保し、最先端のテクノロジーをビジネス・プロセスに組み入れることが当たり前になるでしょう。そんなお客様の取り組みを支援することが、SIビジネスの次のステージとなるでしょう。
この変化に対応できる備えはできているでしょうか。
デジタル・トランスフォーメーションとは何か、SI事業者やITベンダーはこの変化にどう向きあえばいいのかを1冊の書籍にまとめました。これが「SI事業者/ITベンダーのためのデジタル・トランスフォーメーションの教科書」です。PDF/A4版・109ページのデジタル出版です。紙の書籍にすると200ページくらいのボリュームにはなると思います。もちろん、前著同様に掲載したチャートは全てロイヤリティ・フリーでダウンロードできるようにしています。
いまと未来を冷静に見つめ、SIビジネスのデジタル・トランスフォーメーションにどう向きあえばいいのかを考えるきっかけになればと願っています。
内容は以下の通りです。
- デジタル・トランスフォーメーションとは何か
- デジタル・トランスフォーメーションの定義
- デジタル・トランスフォーメーションを支えるテクノロジー
- SIビジネスのデジタル・トランスフォーメーション
- デジタル・トランスフォーメーション時代に求められる人材
ITビジネスの未来は大いに開けています。ITは私たちの日常や社会活動にこれまでにも増して深く関わり、アンビエント(環境や周囲に溶け込む)になっていくでしょう。そこには新たなビジネスチャンスが待っています。しかし、そのチャンスを見つけるためには、視線を変えなければなりません。もはやこれまでのSIビジネスの視線の向こうには、新しいビジネスチャンスはないのです。
じゃあどうすれば良いのでしょうか。本書で、そのための戦略と施策を考えるきっかけを見つけていただければと願っています。
【募集開始】新入社員ための最新ITトレンド研修
IoT、AI、クラウドなどのキーワードは、ビジネスの現場では当たり前に飛び交っています。デジタル・トランスフォーメーションの到来は、これからのITビジネスの未来を大きく変えてしまうでしょう。
しかし、新入社員研修ではITの基礎やプログラミングは教えても、このような最新ITトレンドについて教えることはありません。
そんな彼らに「ITトレンドの最新の常識」と「ITビジネスに関わることの意義や楽しさ」についてわかりやすく伝え、これから取り組む自分の仕事に自信とやり甲斐を持ってもらおうと「新入社員ための最新ITトレンド研修」を昨年よりスタートさせました。今年も7月17日(火)と8月20日(月)に開催することにしました。
参加費も1日研修で1万円に設定しました。この金額ならば、会社が費用を出してくれなくても、志さえあれば自腹で支払えるだろうと考えたからです。
社会人として、あるいはIT業界人として、厳しいことや頑張らなくちゃいけないことも伝えなくてはなりません。でも「ITは楽しい」と思えてこそ、困難を乗り越える力が生まれてくるのではないでしょうか。
- ITって凄い
- ITの仕事はこんなにも可能性があるんだ
- この業界に入って本当に良かった
この研修を終えて、受講者にそう思ってもらえることが目標です。
よろしければ、御社の新入社員にもご参加いただければと願っております。
詳しくは、こちらをご覧下さい。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA
LiBRA 5月度版リリース====================
- SI事業者/ITベンダーのための「デジタル・トランスフォーメーションの教科書」をリリース
- 「ITソリューション塾・第27期」の最新コンテンツ
- その他、コンテンツを追加
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【新規掲載】SI事業者/ITベンダーのためのデジタル・トランスフォーメーションの教科書
- 教科書 全109ページ
- PDF版
- プレゼンテーション 全38ページ ロイヤリティフリー
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「ITソリューション塾・第27期」の最新コンテンツを追加
メインテーマ
ITトレンドの読み解き方とクラウドの本質
ソフトウェア化するインフラと仮想化
クラウド時代のモバイルデバイスとクライアント
IoT(モノのインターネット)
AI(人工知能)
データベース
ストレージ
これからのアプリケーション開発と運用
これからのビジネス戦略【新規】
知っておきたいトレンド
ブロックチェーン
量子コンピュータ
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サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT
【新規】伝統的なやり方とIoTの違い p.19
サービス&アプリケーション・先進技術編/人工知能とロボット
【新規】人間にしかできないコト・機械にもできること p.100
インフラ&プラットフォーム編
【新規】仮想化とは何か p.68
【新規】仮想化の役割 p.70
【新規】サイバー・セキュリティ対策とは何か p.125
【新規】脆弱性対策 p.127
クラウド・コンピューティング編
【新規】コンピューターの構成と種類 p.6
【新規】「クラウド・コンピューティング」という名前の由来 p.17
【新規】クラウドがもたらすビジネス価値 p.26