「SI事業者が変われないのはお客様に責任がある」
新しい取り組みをはじめたい、でもいままでと同じ人月工数での契約形態ではうまくいきません。そこでお客様に契約形態を変えたいと申し出ると、これまで通りの人月工数の契約でなければ応じられないと押し返されてしまいます。そのことが分かっているから、はじめからいつも通りのやり方や見積を提示してしまうという悪循環が、結果として新しいビジネスへのチャレンジを妨げているという話しを聞くことがあります。一方で、情報システム部門しか相手にしたことがないので、いつも「少しでも安く」を求められ単金は頭打ちとなり、また社員の高齢化が進んでいるので利益率は下がり続けていることを嘆いているという話しも耳にします。
この状況は、もはやどうしようもないのでしょうか?
地方のある中堅SI事業者は、いつも通りの請負開発でお客様と契約を結んでいます。しかし、開発の実態はアジャイル開発です。アジャイル開発の本質は日々の改善活動にありますから、仕事を請け負ったチームは達成目標を日々確認しながら生産性や品質の改善に取り組んでいるそうです。もちろんお客様からの仕様変更の要求にもできる限り対応しているそうです。その結果、工数を徹底して低減し、常に二桁の営業利益率を確保しているのだそうです。
もちろんアジャイル開発ですから、バグフリーでの納品になりますので、お客様は大満足です。お客様はQCDを確実に守ってくれる会社を手放すことはできなくなり、確実にリピートが来るそうです。
開発に関わるエンジニアは、これもまた当然のこととして残業や休日出勤はありません。改善の成果は、そのまま自分たちの利益にもなりますから、モチベーションも上がります。またリファクタリングやペアプログラミングなどの取り組みを通じて若手の成長も早く、自分自身の成長の喜びを実感しながら、一層の戦力強化につながっているそうです。
このような実績を積み上げてきた会社ですから、お客様の信頼は絶大です。ですから、他社と比べてかなり高い単金でも成果が確実に見込めるので、お客様も喜んで受け入れてくれるそうです。また、新しいことへの取り組みにも積極的に応じてくれるそうです。
「SI事業者が変われないのはお客様に責任がある」というのは、言い訳に過ぎません。むしろ自分たちのやっていることを見直し、徹底して改善する努力を怠っていることに原因があると考えるべきではないでしょうか。
このSI事業者は、地方の企業です。決して都心の大企業のような一流のエンジニアが集まっているわけではありません。それでも、このような成果をあげているのです。
「お客様が変われない、変わらない」が、自らの改革の足かせになることを否定するものではありませんが、ここに紹介した企業のように、自らの取り組みを通じて実績を示すことで、お客様との信頼関係を確かなものにしてゆけば、自分たちでできることは増えてゆくはずですし、お客様を変えることもできます。
こういう話しをすると、「現場が主体的に動かないので難しい」という話が必ず出てきます。そして、「現場にいくら話をしても、なかなかその気になってくれない」と現場に責任を転嫁する経営者や幹部がいます。しかし、それは間違っています。
例えば、新規事業開発の取り組みを「放課後のクラブ活動」にしてはいないでしょうか。日々の業務責任を果たさせて、「おまえは優秀だから、ぜひ新規事業の立ち上げのためのタスクチームに入ってくれ」と勧誘してボランティアで活動させてはいないでしょうか。自分の業績が評価される本業があるわけで、それで査定されています。「優秀だから」と依頼された当初は悪い気はしないでしょうから、取りあえずは頑張ってみます。しかし、本業に忙しい時期もあり、トラブルもあるでしょう。それを優先するのは当然です。そして、気がつけば何の成果もあげられないままに、いつの間にか「放課後のクラブ活動」は成果をあげることなく雲散霧消となってはいないでしょうか。
経営者や経営幹部が取り組むべきは、「発破をかける」ことでもなければ、「危機感を煽る」ことでもありません。新しい取り組みを進めるための予算を付け、そこに関わる社員たちの業績評価の基準を変え、組織も変えることです。そういうカタチを作れるのは経営者や幹部です。そうすれば現場は動きます。そういう行動を起こさずして、新しいことに取り組むことは難しいでしょう。
また、「情報システム部門だけを相手にしていては限界があるので、LoBへのアプローチを増やしたいが、どうすればいいのか分からない」という話しを聞くことがあります。ちなみに「LoB」とは、Line of Businessの略で、業務部門を意味する言葉です。つまり、業務や経営に関わるユーザー部門に、ITがもたらすビジネス価値を直接遡及し、意志決定を引き出そうということです。そのためには、ITによるビジネス・プロセスの革新を提案できることや、業務知識を持って彼等と交渉できるスキルが求められることになりますが、それがなかなか容易ではないと言うのです。そして、決まって「そういう人材がいない」や「どのようなスキルを身につけさせればいいのか分からない」という決まり文句が出てきます。
ならば、まずは自分でやってみてはどうでしょうか。部下にやらせる前に幹部であり、経営者である人が率先して行動してみてはどうでしょう。そうすれば、自ずと何が難しいのかが分かるはずです。課題が見えてくるでしょうし、部下にどのようなスキルを身につけさせればいいのかも分かります。そういう行動を起こすこともなく、ただ頭の中でシミュレーションを繰り返しても、実践のノウハウなど見出すことはできません。
もちろん、それはリスクを背負うことです。だから幹部であり経営者だと言う自覚をいま一度思い返してみては如何でしょうか。
できない現実につじつまを合わせる理由を作り、だからできない、難しいと行動しないことを正当化するのは、如何なものかと思います。もちろん一兵卒である部下もまた、現状を改善すべく自らのスキル向上や行動力の向上は必要です。しかし、それを組織の力として束ねてゆくためのお膳立てをするのは、経営者や幹部の責任です。
「SI事業者が変われないのはお客様に責任がある」と言う前に、まだできることはあるのではないでしょうか。
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プラットフォーム&インフラ編
【新規】従来システムとハイパーコンバージド・システムとの違い p.136
【新規】ハイパーコンバージド・システムのメリット p.137
ビジネス戦略編
【新規】デジタル・トランスフォーメーションの定義 p.18
【新規】ITをビジネスの成果に結びつける考え方 p.48
【新規】事業会社の担うべき責任 p.49
【新規】注意すべきITベンダー・SI事業者の行動特性 p.50
サービス&アプリケーション・先端技術編/AI
【新規】人間は何を作ってきたのか p.10
【新規】知的介助: amazonの戦略 p.32
【新規】学習データと結果の関係 p.93
サービス&アプリケーション・先端技術編/IoT
【新規】デジタル・コピー/デジタルツイン p.25
【新規】amazonのデータ収集戦略 p.26
【新規】IoTビジネスはモノをつなげるのではなく物語をつなげる取り組み p.42
【新規】様々な産業に変革を促すデジタル・トランスフォーメーション p.95
運用と開発編
【新規】変わる情報システムのかたち p.6
【改訂】アジャイル開発の基本構造 p.17
【改訂】スクラム:自律型の組織で変化への柔軟性を担保する p.25
テクノロジー・トピックス編
【新規・改訂】armについての解説を新しい内容に置き換えました p.19-35
ITの歴史と最新トレンド編
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