「受託開発からの転換を図りたい」
このような想いで、新規事業に取り組んでいる企業もあるかと思います。しかし、それら取り組みがなかなか成果をあげられず、中途半端なままに、むしろお荷物となって収益を圧迫するといった事例も耳にすることがあります。そのような事態に陥るケースには、次のような3つの共通点があるようです。
1.マーケティングの視点がなく、これまでの受託開発の文化をそのまま引きずっている
「クラウドを使ってサービスを1年やっていますが、使っていただいたお客様は1社だけです。これでは赤字の垂れ流しで、やっても意味がありません。」
SI事業者の社長から、このような話を伺いました。詳しく話を聞いてみると、あるお客様の要望にあわせてシステムを構築し、これを横展開すれば他のお客様にも使っていただけるだろうとの期待からサービスを作ったのだそうです。
しかし、次のようなことは十分に検討されていなかったそうです。
- そのお客様を含むターゲットとしている顧客層の需要を十分に満たす機能なのか。そもそも、ターゲットとする顧客層を明確に定義しているのか。
- 競合となる製品やサービスと比較し、どのような競合優位があり、それがお客様の選択に大きな影響を与えるのか。
- お客様の受け入れてくれる料金になっているのか。現行業務の何を代替し、そこにかかるコストをどれだけ減らせるのか。あるいは、新たな仕事の仕方によりできなかったことができる、新たな売上を獲得できる、といった料金に見合うメリットを合理的に示すことができるのか。
このような「マーケティング」の視点を持たないままに、これまでの受託請負と同じように、「そのお客様個別のシステムを受託開発し、お客様の費用負担を軽減させる手段として、サービスという形を取っているだけ」にすぎないようでは、顧客を増やすことはできません。
サービスやパッケージ・ソフトウェアは、多くのお客様を相手にした「プロダクト」です。受託請負開発のようにお客様からの個別のご要望に応えるものではありません。例えきっかけが個別のお客様からのご要望であったとしても、それが他のお客様でも必要とされているのか、また同様の競合製品やサービスに対して、明確な競合優位を示せるかなどを具体化しなければなりません。あわせて、その遡及点を訴えるためのシナリオを描き、プロモーションの方法についても検討し、これを計画的にすすめてゆく必要があります。
加えて、それを主導するPM(Project ManagerではなくProduct Manager)は、製品技術や研究・開発、運用といったエンジニアリング面ばかりでなく、ユーザーサポートや法務、広報宣伝や営業といった広範な取り組みをうまく進めなければなりません。
システム・インテグレーションのように個別のお客様に対応するのではなく、多くのお客様を相手にするプロダクトを作る取り組みです。このような取り組みがないままに、売れないことを営業の努力不足、あるいは、サービスの機能不足に押し込めてしまっているとすれば、うまくいかないのも当然のことです。
2.「新規事業」を作ることではなく、「新規事業計画」を作ることが目的になっている
「ところで、何を売りたいんですか?」
新規事業を検討する打ち合わせの中で、こんな質問を投げかけてしまいました。
「どのようなニーズがあるかは分かりました。皆さんが、何ができるかも分かりました。でも、それをどんなビジネスに仕立てようとしているのでしょうか。」
まだそこまでは考えていないとのことでした。
「一般論としてのニーズは分かります。しかし、具体的に、だれが、どのようなシーンで、何に困り、どのようにしたいと考えているのでしょうか。その実感を持っていらっしゃいますか?」
リアリティのある生身の「使う人」が想像できないビジネスがうまくいくはずのないことは、容易に想像がつくことです。それにもかかわらず、自分たちのできることと一般論を都合良くつなげて、新しい事業を描き、あたかも大きな可能性があるかのような合理性のある事業計画を作ってしまう。そんな現場に幾度となく立ち会ってきました。なぜ、そんなことをしてしまうのでしょうか。
それは彼らの目的が、「新規事業」を作ることではなく、「新規事業計画」を作ることになっているからです。
計画には承認者が納得できる合理性が必要です。そのために自分たちの経験や既存の顧客、巷の話題など、経営者に分かる言葉や数字をつなぎ合わせ、相手に無用なストレスを与えず、すんなりと納得してくれそうな計画を作ろうとします。わかりやすいことやロジックが優先され、それにそぐわない事実は切り捨てられてしまいます。その結果、自分たちのできることや既存顧客といった既存の事業資産に都合が良い市場を創造し、その市場でこちらに都合の良いように振る舞ってくれる顧客を創造し、その市場や顧客に都合の良いデータとその解釈を与えることで、いかにもうまくいきそうな事業計画を創造してしまいます。
そもそも新規事業とは、新たな市場や顧客の開拓なわけですから「既知」や「既存」がそのままでは使えません。それにもかかわらず、既知や既存の延長でしか考えられないとすれば、それはもはや新規事業とは呼べません。ならば、こんなことに無駄な時間を費やすよりは、既存事業をさらに改善し利益率を高めたり顧客の裾野を増やしたりといった取り組みに時間を費やす方がはるかに有益です。
Teachmeというサービスをご存知でしょうか。業務手順書や作業指示書といったマニュアルをスマートフォンで簡単に作ることができるサービスです。作業シーンや操作画面を作業の流れに沿って写真を撮って行くだけでマニュアルの基本的な流れが出来上がります。あとは、そこに必要に応じて解説を加えてゆくだけで完成します。
彼らは、もともと業務プロセスを改善するためのコンサルタントとして働き、改善したプロセスを現場に徹底させるためにマニュアルを作っていました。そのために多くの手間と時間を割いていたのだそうですが、これを何とかできないものかという発想から、このサービスを思いついたのだそうです。いろいろと苦労はあったのだろうとは思うのですが、いまは順調に顧客を増やしているそうです。
リアリティのある現場ニーズが彼らにはありました。だから何が必要か、どうすれば良いかが具体的に理解できたのでしょう。統計的な裏付けはありませんが、使いたいと思う人が確実にいることが感覚として分かっていたのでしょう。たぶん、うまく行く新規事業というのは、こういう感覚的理解から発想するものなのかもしれません。
決して、数字的裏付けやKPIの設定を軽んじているわけではありません。しかし、そもそも新しい事業ですから市場も分からなければ前提となる数字もありません。だから、こういう具体的な現場ニーズから発想し、試行錯誤を繰り返しながら改善を重ねてゆくしか方法がないのです。ある程度、ビジネスが軌道に乗り始めてやっと数字が予測できるようになれば、KPIも設定できるでしょう。
また、このような「新規事業」を、既存事業の計画と同じフォーマットで説明できなければ承認しようとしない意志決定のプロセスであれば、いつまでたっても「新規事業」は生まれません。
「新規事業」を作っているのか「新規事業計画」を作っているのか。改めて問い直してみては如何でしょうか。
3.自分たちに「できること」で新規事業を考え、お客様の期待に応えるために「すべきこと」を考えない。
「いま、新たなクラウド・サービスを立ち上げようと検討しています。」
あるSI事業者の新規事業開発チームから、自分達のこれからやろうとしている新しいサービスの機能が整然と並べられたチャートを見せて頂いたことがあります。長年、ある業務システムの開発を手がけてきたこともあって、見事に業務機能が網羅されていました。
「このサービス、うまくいくと思いますか?」
そして、次のように申し上げました。
「うまくいかないと思います。そもそも、このサービスを使う人は誰でしょうか。何という会社の、どの部門の、どんな業務をしている誰々さんの顔を思い浮かべることができますか。具体的なお客様がイメージできないサービスが、うまくいくとは思えません。」
確かに必要そうな機能は徹底して網羅されているようにも思います。しかし、これを使うのは、特定の仕事に携わっている現場の「ひとり」です。その「ひとり」がどういう仕事をしているのでしょうか、どんなことに困っているのでしょうか、その人にとって何が必要なのでしょうか。そんな生身のお客様をイメージできていないようでした。
「これだけの機能を必要としている人を思い描くことができるでしょうか?」
まさに、長年の経験に培われたウォーターフォールの発想でした。「使うかもしれない」も想像して、漏れがあってはいけないという徹底主義がこのようなサービス構成を描かせたのかもしれません。
ほんとうにそういう機能をお客様は必要としているのでしょうか。そもそも、だれがそれを使うのでしょうか。そんな議論が十分になされないままに、自分達にできること、知っていること、想像したことをこれでもかと盛り込んで、自慢でもしているかのような内容では、お客様からしてみれば、「余計なお世話」になってしまいます。
このように自分達に「できること」を前提にすると、発想が拡がらず、魅力的な解決策を描くことができなくなります。まずは、自分達にできることを棚上げにして、お客様の「ニーズ」を満たすために「すべきこと」は何かを考えます。それを実現するために、「できること」と「できないこと」を洗い出します。そして、「できないこと」を実現するためには、どうすれば良いかを重点的に考えます。
「できること」は、悩む必要はありません。悩むべきは、「できないこと」です。提携、買収、あるいは新規開発などの選択肢を駆使して、どうするかを追求することです。「できること」だけでやろうとすると、お客様のニーズと乖離してしまうかも知れません。できることは、苦労しなくてもできるわけですから、むしろ「できないこと」をどのようにすればできるようになるかを考えることが、新規事業を考える上では大切になるのです。
この時、注意しなければならないことは、ITで全てを解決しようとしないことです。ITを使うよりも、もっと良い方法があるかも知れません。大切なことは、手段を提供することではなく、お客様のニーズを満たすことです。そのためには、必ずしもITを使うことが最善の手段とは限りません。ビジネス・プロセスの変更や人的作業による対応も選択肢に入れるべきでしょう。
「できないこと」を実現する手段と「できること」と組み合わせて、はじめてお客様の「ニーズ」を満たすことができます。
お客様は、手段ではなく結果を求めています。何をするかの前に、何を結果として実現するのか、すなわち「あるべき姿」を明確にすることが大切です。それを実現することが、お客様の「ニーズ」を満たすことになるのです。
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クレイトン・クリステンセンは、自著「イノベーションのジレンマ」の中で、新規事業参入のための最初の企画は、そのほとんどが失敗すると述べています。それでも新規事業に成功した企業が存在するのは、試行錯誤を繰り返し、失敗を重ね成功するまで資金が続いたからだと述べています。
やがて景気の高揚も収まり、次の谷間を迎えたとき、人月積算型のビジネスは、これまでにも増して厳しい状況に追い込まれるでしょう。そうなると、結果を焦り余裕のないままに新しいビジネスを立ち上げようとします。しかし、そうなっては、この原則が活かすことはできません。
受託開発をそのままに、業務領域を拡げ対象顧客を増やす、あるいは、付加価値を高めて収益力を高めるというのであれば、これまでのやり方の「改善」で乗り切ることも可能です。しかし、収益構造も変われば、売るものも変わり、売り方も変わる新規事業を目指すのであれば、業績の評価基準や働き方も変えなくてはなりません。もちろん全てを一朝一夕で変えられないとしても、そういう変化を許容し、積極的に経営や組織のあり方を変えてゆかなくてはなりません。新規事業開発とはそういう取り組みなのではないでしょうか。
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